第2話 山小屋と異世界肉
目を開けると異世界だった。
昼間だというのに空には大きな月が二つあって、見たことのない大きさの赤い鳥が飛んでいる。
いや、鳥というには明らかに巨大で異世界にいるドラゴンと呼んだほうがしっくりくる。あっ、なんか火とか吹いてるし。
火を吹く生物なんて聞いたことないし。
ちなみに、ダメ元で開いたスマホは圏外だった。そりゃそうなんだけど。
これはもう明らかに異世界。日本どころか地球じゃない。
そんな俺の目の前に、神様からのご褒美である山小屋が建っている。
「ありがとう。神様。俺、頑張るよ」
山小屋は俺が死ぬ前に宿泊していた建物と同じ形をしていた。
ということは、きっと中の構造も同じなのだろう。
そんなことを思っていると、『ぐぅ~』とお腹がなった。
「……まずは腹ごしらえをするか」
俺は山小屋の中に入り、昼飯の用意をするために台所に向った。
予想通り、建物の構造は死ぬ前に泊まっていた山小屋と同じのようだ。
台所は思ったよりも広く、道具の場所を把握するのに時間がかかりそう。
俺は最低限の包丁、まな板、フライパンを出す。
冷蔵庫の中は様々な肉や野菜が入っている。有難いことだ。
山小屋ではあるが、宿泊施設には変わりない。そのおかげで食材に関しては申し分ない。
「おぉ……これだけあれば、しばらくは飽きなさそうだな」
それに冷蔵庫はしっかり生きている。冷凍庫も問題なく動いているから、今後新しい食材を手に入れたとしても、保存には困らなそうだ。
神様に感謝しつつも、適当な具材で肉野菜炒めを作ることにした。
したんだけど……。
「なんだろうこの肉」
冷蔵庫の中には見たことのない肉がラップに包まれていた。
まず色が違う。濃いピンクと言えばいいのだろうか。色だけ見たら鯨ベーコン。
でも鯨ベーコンとは違う。
おそらく異世界のお肉なのだろう。
まぁ、神様が用意してくれたから食べられるものなんだと思う。なんのお肉なのかまったく見当がつかないけれど。
備え付けの電子レンジで軽く異世界肉を解凍する。これも問題なく動いた。
キャベツや玉ねぎを水で洗い、雑に切っていく。
火を付けてフライパンにサラダ油を挿して異世界肉を炒めると『ジュ~!』という音と胡椒の香りが食欲をそそる。代償として鼻が少しムズムズするのが玉に瑕だ。
その後、切った野菜をフライパンに入れる。
味付けは塩と胡椒。
さっと炒めて、半分の量を皿に盛る。
簡単ではあるが、腹を満たすにはちょうどいい。
残りの半分は夜ご飯用。
電子レンジが使えると分かった以上、今日はなるべく動いて夜に備えたい。
「いただきます」
一人では大きすぎるソファに座る。
机は大人数を想定した長机。一人ではちょっと寂しい。
俺は肉野菜炒めIN異世界肉を口に入れる。
シャキ、シャキ、ゴクン。
うん、美味い。
ザ・男の料理という感じだが、今の俺にとってはご馳走だ。
「というか、なんだこの肉。めちゃくちゃ旨い」
肉単体を口の中に入れたら、肉本来の甘さを残して溶けてなくなった。
友人の結婚式で食べたA5ランクのサーロインステーキよりも旨味が強い。
はぁ~。これが異世界肉か~。
実はめちゃくちゃ高価なものなのかもしれない。
腹を満たした後、ゆっくりと背筋を伸ばす。
「ちょっと試してみるか」
俺はご飯を食べるのに使った食器を片付けがてら実験をする。
洗剤を別の皿に移し替える。結果、空っぽになったはずの洗剤の容器は満タンになっていた。皿に移した洗剤は容器に満ちたまま。
「うおっ……すげぇな。これが神様パワーか」
念のため、使えるか試すために満タンになった方の洗剤をスポンジに垂らす。
結果、しっかりと泡立った。
俺はそのまま食器を洗った。
うん。洗剤は問題なく使える。
「この後は物の把握でもするか」
今のままでも快適であることには違いない。
ただここで過ごしていく以上、この山小屋に何があるのか分かっていた方がより快適になる。
ちなみに倉庫の鍵を含め、鍵関係は机の上に置いてあった。
探す手間が省けて助かる。
俺は倉庫のタグがついた鍵を持って、倉庫がある外に向かう。
倉庫はスチール素材だが、結構な大きさをしていた。
俺は鍵をカチャリと解いて、スライド式の扉を開ける。
「これはすごいな……」
倉庫の中には、スコップやクワを始め、果ては発電機やチェーンソーまで置いてあった。
なにをするにも困らない。これだけ用意されているのに、何もしないのはもったいない気がした。
そうだ。折角なら野菜を育ててみよう。
自分だけの農園を作るのも楽しそうだ。
そうだ。手始めに冷蔵庫の中にあった白い果実から育ててみよう。
大きさはリンゴくらい。
これも見たことない植物だけど、食べられるものならなんだっていいだろ?
そのためには、畑を耕さなきゃいけないな。
他の作物に関しては、後で考えればいい。
この果実以外にもこの世界にしかない美味しい植物だってあるはずだ。
「それじゃあ、次は本命だな」
その後、俺は浴室に移動した。
昨日も入ったが、ここのお風呂はとても良かった。山登りでそれなりに疲れていたからというのもあるけれど、俺はそもそもお風呂が好きなのだ。
浴室を開けると開けた空間に出た。
「……露天風呂?」
俺の記憶が正しければ、露天風呂じゃなくて普通のお風呂だった気がするけれど……神様が気をつかってくれたのかな? でも異世界で露天風呂か……ひょっとしたらすごく贅沢なことなのかもしれない。
湯舟の中のお湯は常に流れている。無色透明の上には湯気が立ち登る。
俺は湯舟に手を突っ込む。
湯加減は申し分ない。少し熱いくらい。
指を擦ると少しだけヌルヌルする。このお湯が天然の温泉である証拠だ。
日本人として、お湯の張った風呂に入れることは何よりの癒し。
しかも露天風呂。最高だ。
「あぁ……ありがとう神様」
俺はこの世界で生きていけそうです。
「そうだ。折角だし風呂でも入るか」
バスタオルを探し、一枚は腰に巻く。
シャンプーもボディソープも備え付け。シャワーももちろん丁度いい温度。
身体を簡単に洗って、いざ入浴。
俺はしっかりと肩まで浸かる。
「くぅ~~!!! しみるわぁ!!」
そうそう!! これこれ!! 全身を軽く刺すような熱さ。筋肉がほぐれていく感覚。
マジで良い湯だ。
「しかもいくらでも湧いてくるからな。それに気兼ねなく入れるって素晴らしい」
しかしまずいな。油断しているとずっと入ってしまいそうだ。
まぁ、何回でも入っていいんだけどさ。
とはいえ、今後の事を考えなきゃな。
今までブラックだった会社を辞めて、苦手だった上司もいない。
少なくとも今は人間関係で悩むこともない。
ただ自堕落な生活を送るだけではダメな気がする。
この山小屋でゆっくりと過ごすのも悪くないけれど、折角なら神様がまたここを訪れた時に驚いてもらいたい。
「それなら、やることは決まりだな」
俺は風呂からあがり、明日に備えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます