【書籍化進行中】異世界に転移したら山小屋もついてきたので、快適なスローライフを送ることにした〜山小屋が快適すぎて美少女のS級冒険者達がここから離れようとしてくれない〜

東田 悠里

1~31

第1話 どうやら俺は死んでしまったらしい

「おぉ……すまん。間違ってお主を死なせてしまったのじゃ」


 気が付くと白い空間にいた。


 ここには何もない。暑くもなければ寒くもない。

 文字通り『無』を体現したような空間に俺、相沢あいざわ 幸人ゆきとは立っていた。


 そんな困惑している俺の目の前に、ご立派な白髭を伸ばしたご老人が申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 神様……そう言われても納得するような風貌をしていた。


「つまり俺は死んだってことですか……?」


「そういうことじゃ」


 立派な髭を伸ばしたご老人は肯定する。

 

 俺は昨日、過酷だったブラックな会社を辞めて、自然に癒されるために山小屋に来た。


 思えば、毎日毎日上司から怒鳴られっぱなしのパワハラ祭り。


 同僚はみんな死んだ魚のような目で仕事をしているから上司以外と話すこともない。


 それに加えて残業祭りなのに薄給だったせいで貯金も多くない。だけどその貯金を全部叩いて俺は山に登った。


 後ろにある山小屋で温泉に浸かり、初日の疲れを疲れ、2日目を満喫……といった前に死んでしまったらしい。


 なんというか、あっけない人生だった。


「えっと、一応どなたかお伺いしてもいいですか?」


「ワシはこの世界の管理者じゃ。お主らでいうところの神様ってことになるかの」


「おぉ……そうなんですね。それじゃあ俺は神様と会っているってことですか?」


「そうなるのぉ」


 おぉ……すげぇ。本当に神様だった。


 人生何が起こるか分からないな。あ、いや、死んでるんだっけ?


「お主は怒ってないのかの?」


「まぁ……誰だってミスはありますから」


 俺だって間違えることもある。だから怒るのは間違いだ。神様だって間違えるのだ。誰にだって間違えはある。


 それに俺は昨日まで勤めていたブラックの会社で理不尽に怒るクソ上司を見て、こうはならないと心に誓ったのだ。


 ここで怒ってしまえば、俺はクソ上司と変わらない。


 そっちの方が死ぬよりも嫌だ。


「そうか……お主は優しいのぉ」


「まぁ、なってしまったものはしょうがないですからね」


 どちらにしろ遅かれ早かれ死ぬ気がしていた。


 それに、これといって仲の良い友人も疎遠になってしまったから心残りもない。


 職場の人間関係もないに等しいし、俺に残っているものも何もない。


「それにしても……お主は本当にかわいそうじゃのう」


 神様は本を広げていた。どこから取り出したのか謎だ。


「仕事もこれだけ頑張ったのに怒鳴られっぱなし……休日出勤は当たり前。しかも残業だらけで家にも帰れてない……今まで本当に頑張ったのぉ」


「……あ、ありがとうございます」


 そういえば、社会人になってから誰かに労われたことはなかったかもしれない。


 ちょっと嬉しい。

 それに、どこか照れくさい。


「そうじゃ、お詫びにしては足りないかもしれぬが、違う世界でのんびりと暮らせるようにしてあげようではないか!!」


「のんびり、ですか?」


『のんびり』――その言葉に俺の心が躍った。


「そうじゃな。お主、山小屋に興味があったじゃろ? 山に登ったのも自然に癒しを求めていたからだったのじゃろ?」


「そう、ですね」


「だったらお主に山小屋を授けてよう。別の世界で思う存分ゆっくりするのじゃ」


「おぉ、まじですか」


 まさかの異世界で家を持てるなんて。しかも神様公認。


「あと山小屋にあるもの電気、水道、ガスにそれ以外の食べ物も尽きないようにしてあげよう。不便になってしまったらかえってのんびりできないからな」


「それは心強い……!」


 飢え死の心配がないのは、生きていく上で大きい。


「もちろん、山小屋は絶対に壊れないように頑丈にしておこう」


「そこまでして頂けるなんて……!」


 それなら、安心してこの世界で暮らせそうだ。神様に感謝しないと。


「名残惜しいがそろそろ別れの時間じゃ。存分にゆっくりと過ごすといい。今後もお主のことを見守っているぞ」


 神様から白く発光し始めた。ただでさえ白いこの空間を白で上塗りするように。


「それでは相沢 幸人よ! 異世界で思う存分、ゆっくりと過ごすのじゃ!」


 俺は眩しさに目を細めた。きっとこれで神様とお別れなのに、この眩しさには耐えられそうになかった。


「分かりました。それなら思う存分、ゆっくりと過ごさせて貰います……!」


 俺は神様の『存分にゆっくりと過ごすといい』という言葉を噛み締める。


 せっかくなら、異世界でスローライフを満喫してやろう。


 俺はそう思いながら目を閉じるのであった。

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