第2話 祝福されなかった子(後編)


青く澄み渡る空に、白い雲。

昼時の太陽に照らされながら校舎外を走るイケメン主人公、千尋アリス。

背中には太陽光で気持ちよく寝る、ニューマリア女性人気率一位の警官見習い、狩野ヴィンディ。

横にはともに、汗水流しながら走る学園一の美少女ドジっ子、氷崎結花。

まさに青春の一ページ。





だとみんな思った?


「キシャアアアアアア!!」

「「いつまで追ってくるの~~~!」」


骸骨顔のストーカーが青春を妨害している。

普通に無理。マジ萎えぽよ。


「とゆうか、これ二人で逃げなくてもいいよな。ゆい、

おとりになってくれ」

「なんでそんなこというの!一緒に育ち、苦楽を共にした仲でしょ?

見捨てないで!」


半泣きになりながら訴えてくる。しっかり袖をにぎったまま。


「そもそもあいつを怒らせたのはゆいでしょ。なら責任もって対処すべき。

俺はさっきの攻撃が頭を擦れたことが気になって仕方がない」

「剥げても大丈夫!みんなが見限っても私だけは味方だよ?」

「大丈夫な要素はどこにあるの!?味方より育毛剤のほうが嬉しいわ!」

「ああ!今、育毛剤より下に見た?この完璧美少女より育毛剤が大事?

謝って!私のほうが大事って謝って!!」

「謝るから!謝罪おかわり券もあげるから、早くあいつをなんとかして!」

「聞いたからね!男に二言無しだよ」


そう言って立ち止まり、振り返ると魔法の発動動作に移行した。


「氷創成魔法「白兎の戯れ」」


周りに水色の魔法陣が形成され、中から無数の氷でできた兎が出現。


「いって、うさちゃんズ!」


兎の大群は掛け声とともに、一斉に魔物へ走った。

そのスピードのまま懐に入り、体中を駆け巡る。

冷気を帯びた兎たちは、そのまま魔物を霜だらけにし、動きを鈍らせた。


「よし、いい感じだな!」

「いいよ、うさちゃんズ!そのままやっちゃって!」


兎たちは目を光らせ、コアへ一斉に飛び掛かり、攻撃した。

攻撃後、兎たちは白い霧となって次々と消える。

しかし、


無傷の赤いコアが、霧から晴れて見えた。


「無傷じゃん」

「コアが硬すぎるよ…」


勝機から一転、皆の顔が暗くなる中、霜が解けて魔物が再び動き始めようとしていた。


「やばい!ひとまず校舎の中に逃げるぞ。今なら視認されていない」

「そ、そうだね。戦略的撤退!」


校舎の窓ガラスを割り、中へ避難した。

目の前の一室のクラスに身を潜める。


静まり返る校舎には三人の鼓動とゴクリと喉を鳴らす音。

そして、獲物を探す魔物の足音。

赤い瞳が教室をのぞき込んだその瞬間、校庭の方角から先生生徒と集まった警察部隊の声が聞こえた。

当初の目的を思い出したかのように上半身を起こし、数秒声の方を見つめて歩き出した。


「アリス、ゆい。あ、あいつはどうした…」


驚いた様子の二人は一斉に声の主に話しかけた。


「気がついたのヴィン?体は大丈夫?」

「多分な…魔力は残っているが、体中が痛いな。戦うにしても数秒というところだな。それよりも…」

「あのドクロ顔の鎌百足は校庭のほうに行った。」

「まずいな。今も避難は続いてるはずだ…。俺は校庭に戻るから、避難してくれ」

「その体じゃ無理だよ!落ち着いて他の警官に任せよ?あんなのまだ私たちじゃ勝てっこないよ…」

「けどそれじゃ…!」


ヴィンが何か言おうとしたそのとき。

ゴゴゴと教室が揺れる音と同時に物が次々と落ち始めた。


「なんだこの揺れは…。まさか、ゆいのお腹の音が!?」

「レディに対して何言ってんの!」

「違う!校舎ごと揺れてるぞ…!」


天井に亀裂が入り、大きな鎌が地面に突き刺さった。


「外に出ろ!」


ヴィンの声と同時に三人は窓を破り、外に出た。

ふと校舎へ視線を移した先では、

校舎を上から二つに割った骸骨の悪魔がいた。


「こいつやば…桃じゃないんだから」


その魔物がこちらを見るなり、おもちゃを見つけたかのように不気味な笑みを浮かべると、猛スピードで襲い掛かってきた。

鎌が頭上に落ちてきて、もうダメかと諦めた瞬間。


ガキンッ


目を開くと大きな槍を両手で持って受け止めるヴィンがいた。


「は、早く逃げろ…!」


そう言い放った後に、ヴィンは体から風を起こし、その風圧で大きな鎌を弾いた。

魔物の骨身の体がのけ反ったスキを見て、足の周りに風を纏わせ、大きく飛んだ。

あばら骨の奥にあるコア目掛けて槍を構え、空中を蹴り一直線に飛び込んだ。

しかし、


あばら骨が槍を白刃取りした。


「こいつ、骨を自在に操れるのか!」


魔物はとった槍ごとヴィンを校舎へ投げ飛ばした。

瓦礫へ落ちたヴィンは起き上がろうともしても力が入らず、戦闘不能の状態になってしまった。


「こいつ!」

「どいて!あーちゃん!」


ゆいはすでに戦闘態勢に入っていた。


「氷創成魔法「白兎の戯れ」!」


ゆいの目の前に青い魔法陣が出現。

中から無数の氷の兎が飛び出し、魔物へ走っていった。


一方、魔物はあばらの大きな骨の形状が変わっていき、八つの鋭い骨が形成された。

それを兎の大群へ向けると、勢いよく伸び始めた。

鋭利な骨は伸縮自在で、次々と兎の氷の体を砕いていった。

最後の一匹が破壊されると、魔物の前には氷の塵のみ残っていた。

あまりの戦闘力の差を実感した。


「私の可愛いうさちゃんズが…」


失意の中、ゆいは腰を落としてしまった。


事の終わりを理解した魔物はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

アリスの元へ歩き出す。


「や、やるしかないか…」


頬を叩いて自分を奮い立たせると、近くの壊れた物置小屋へ走りだした。

瓦礫の中から腕くらいの長さのハンマーを見つけ、取り出した。

ハンマーの土埃をはたくと、そのまま魔物へ向けて突き出した。


「こいよ中二病百足!このマリア町の番長、千尋アリス様が相手してやるよ!」


存在しない番長の威厳を見せつけ、地を駆ける。


その矛先で対する中二病魔物。

体中の骨から枝分かれするように、先を鋭く伸ばし、何十というほどの骨の槍を作った。

対象に照準を合わせ、素早く一気に伸ばす。

当たれば五体満足では済まないような槍の雨で、隙間に糸を通すよう避ける。

時には飛び、時には壁を使い、時には飛び交う骨を壊す。

日頃のトレーニングや、孤児院での畑仕事でついた筋肉のおかげか、意外にも戦えている戦況に、戦闘不能の二人は驚いていた。


「あーちゃん、すごい!」

「なかなかやるな。だが…」


壊し、避けながら着実に進み、猛攻のテンポが次第に弱まる。

そのスキに赤いコアへ一直線に飛んだ。


「当たれ!」


次の瞬間、横から大きな鎌が薙ぎ払うように、飛んでいるアリスにヒットする。

ギリギリのところでハンマーで受けるものも、その衝撃で飛ばされて、地面に衝突。

砂埃とともに立ち上がるも、ダメージのある表情をしていた。


「あの鎌が厄介なんだ。懐に入れても大きすぎてカウンターをもろにくらってしまう」

「解説のヴィンさん。では、どうすればあのコアへ直接攻撃ができますか?」

「これはゆいナレーター、説明しましょう。俺は今の戦いにヒントをもらいました。我々二人の力があれば一太刀入れることができるでしょう」

「ええー?ほんとですかあ?」

「そんな茶番はいいから、早く手伝え!」


二人の作戦会議をよそに、一人奮闘する魔力無し男子高校生。

次々くる骨の槍に体力が減っていき、捌く手が遅くなっていく。

さらには、ハンマー自体の耐久面も心配になるほどボロボロだった。


カキンッ


パリイし続けていた矢先、当たり所が悪かったのか、ハンマーが手から落ちてしまった。

拾う時間も無く、その合間に鋭い一突きがアリスを襲う。

間一髪で避けるも、次の二撃目が命中しそうになった瞬間だった。


氷の薔薇のツタが瞬時に絡みつき、骨の槍の動きを止めた。

ハンマーは風に乗り、アリスの元へ戻った。


「大丈夫だった?アリス!」

「体力は十分だ。やるぞ」

「遅いんだよ!お前ら!」


さもヒーローのように腕を組んだ二人が、壊れた校舎の上から見下ろしていた。


「作戦は決まったか?優等生!」

「ああ。手筈通りに頼む。ゆい」

「まかせて!いくよ、あーちゃん!!」


そう言い放つと、アリスの周りに青の魔法陣を形成し、うさちゃんズを召還した。


「走って、あーちゃん!私たちが援護するよ!」

「了解した!軍曹!」


地面を蹴り、アリスは走り出した。

その後ろをうさちゃんズもついていく。


巨大な骸の悪魔は、目を光らせながら笑みを浮かべ、構える。

変形した骨が、アリスを襲う。

しかし、それらを悉くうさちゃんズがカバーする。

体当たりしては凍らせ、骨を地面や壁に固定し、無力化させていった。

身動きが取れなくなった魔物は怒りを露わにし、咆哮した。


「このまま一気にいくよ!」


ゆいは魔物の方向へ空をなぞりながら、一本の氷の橋を生成。

その終点はコアだった。

空からヴィンも合流した。


「即席の魔法はイメージが難しくて、すぐ壊れちゃう!」

「このまま駆けるぞ」


ヴィンとアリスが橋のスタート地点に着くと、二人の足に風を纏わせ、

氷の上を猛スピードで滑る。


危険に感じたのか、コアの周りをあばら骨で覆い、防御態勢。

両手の鎌を一気に振り下ろした。


「もうその技は見た」


そうヴィンが小声で言うと、大きく飛翔し、槍を構えて、投げ飛ばす。

風の勢いも相まって、音をも置き去りにするほどのスピードで、振り下ろされた鎌を

二つ同時に破壊した。


ウィンド・ゲイボルグ

最大限に風を纏わせ、そのスピードとパワーで相手を滅する、

ヴィンの十八番。


懐がガラ空きになったところ、風の力で大きく飛んだアリスが

魔物のあばら骨にハンマーをヒット。

大きな衝撃波と骨の砕ける音がした。


「壊れろおおおおおおお!」


ひびの入った骨に力の限り押し込み、あばら骨の盾を砕いた。


「畳み掛けるぞ!」


ヴィンの掛け声とともに、姿を現した赤いコアに二人揃って攻撃を仕掛ける。

その瞬間、コアが光り、魔法陣が出現。攻撃を受け止めた。


魔法陣と武器が衝突した衝撃波の中、ヴィンは飛ばされてしまった。

近くにゆいが駆け寄り、二人して粘るアリスに叫ぶ。


「あーちゃん!踏ん張りどころだよ!」

「チャンスはもう無い。あとは任せた!」


ギシギシとハンマーが軋む音がする。

それでも、攻撃の手は緩めない。

チャンスはもう無い。ここで決めなければ、自分はまた、敗者となる。

ヴィンのような知恵も、ゆいのような発想力もない。

魔法もない。

なにもないけれど、今、この瞬間だけは、負けられない。

あいつらが繋げた一撃、無駄にできない。


「この思いだけは、曲げない」


そう口にした瞬間、意識が落ちる。




目を開くと、周りに見慣れた光景が広がっていた。

白く、何も無い世界。目の前の全身白人間。

毎度のように聞いた声で問いかけてくる。


「お前の望みはなんだ」


そんなもの、決まっている。

アリスは笑みを浮かべて、言い放つ。


「友の望みを叶えられる力が欲しい」


理由は分からないが、いつもは声がでないこの世界で、初めて発することができた。


「まあ、いいだろう。ちょっとだけだからな?」


不敵な笑顔になった全身白人間は、いきなり眩しいほど光りだす。

意識が戦闘中のアリスに戻った。


拮抗したこの勝負は、どちらかの敗北で決まる。

その時は、すぐに訪れた。

ボロボロのハンマーがとうとうリタイア、破壊されてしまった。


その次の瞬間、アリス本人もなぜ、そのような状況になったか理解できない出来事が起きる。

突如として右腕が輝き、虹色のオーラを纏う。

その光に、魔物も困惑と共に一瞬怯む。

一瞬思考停止したが、その力の奔流を感じると拳を握り、コアの魔法陣を勢い良く殴った。

魔法陣はパリンッという音を出しながらいとも簡単に割れ、拳はコアを突き破る。


コアは砕け散り、消滅。

魔物は頭が痛くなるほどの発狂をし、たちまち煌めく塵となっていった。

足に纏っていた風で、アリスは安全に着地する。


「今の現象はなんなんだ!」

「ほ、本当にあーちゃんが?一体全体どうなってるの…」


困惑する二人の中、本人はただ手のひらを見つめ続ける。

自分の身に何が起きたのか。思考が全く機能しない。

ただボーっとし、太陽が落ちそうな夕焼けに視線を変える。

好奇心も恐怖もある、反対の色が混じった不思議な心境に、気持ち悪さを感じた。

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