第2話 祝福されなかった子(前編)
懐かしい記憶が蘇る。
孤児院の農場、焼け焦げたにおい、空からの涙に打たれている三人の子供。
一人の女の子は空にも負けないほどの涙を流しながら、男の子の袖を掴んでいる。
一人の男の子は俯いたまま、涙を我慢している。
一人の男の子は目の奥は暗く、ただ
空を見上げていた。
******
「あーちゃん、起きて!」
「んん…」
目線の先には、自室の天井と幼馴染の顔
「ゆい。おはよう」
「おはよう。アリス。って、毎朝起こしに来ないとダメ?」
「いつもゆいの目覚ましがあるから、悪夢から離れられるんだよ」
「調子いいこと言っちゃって。ほら、朝ごはんできてるよ」
朝の日差し、焼き立てのパンの香り、和気あいあいとしたリビングルーム。
いつも通りの朝、あの夢を除いて。
「おはようアリス。いつものごとく、朝から嫁に起こしてもらって幸せものだな」
「おはようヴィン。朝に会うのは久しぶりだ」
「しばらく非番なんだ。学業に励めってしつこいからな」
「そうか。じゃあ一緒に登校できるな。それと朝の特権は俺のものだから、泣いたって渡さないぞ?」
「何言ってんのあんたたち!嫁だってまだできる年齢じゃないし。そんな特権ありません!」
座って朝食をとっていた女の子が朝とはおもえないほどの声量の中、回りで笑いが起こった。
「まだってなに?ゆいねーちゃん。予定でもあるの?笑」
「なにを言いたいのかな?一成。お姉ちゃん直伝鉄拳制裁を食らいたいらしいね」
「嘘嘘!冗談じゃん。ね?優斗」
「僕関係ないじゃん!」
罪をなすりつける弟に慌てふためく弟、今にもお姉ちゃん直伝鉄拳制裁
が出そうな姉の構図にまた、笑いが起こった。
やるな我が弟子、優斗よ。教えたことがよくできている。
こうして朝食も終わり、二人の幼馴染と一匹を連れて孤児院を出た。
「日に日に優斗が変なこと言うようになったよもう。何を覚えさせてんのよあんたは」
ゆいが歩きながら、今朝のことに愚痴をこぼす。
「さっきのは良かった。笑いの基本を押さえつつ、自然の川のように他人へ流す高テクニック。あれは常人じゃあ真似できない。そう思うだろ?ヴィン」
「ああ。心理学的な観点ではまだ甘いが、もっと敷き詰めれば、人を魅せるクオリティに近づくと思う」
「冷静に分析しないで!これは一家の大問題だよ!」
「「お前こそおおげさだよ」」
あんまりの発言に、二人してツッコミをいれてしまった。
こうして桜道の河川敷を抜け、門をくぐり、学園に到着するや否や、
「「氷崎さん!」」
三人とも立ち止まり、振り返ると、すぐさま五人の男子生徒がバラやら白い箱やら持ってゆいを囲んだ。
いつものやつです。
「入学式から好きでした!」
「昨日から好きです」
「ダイヤの指輪です。受け取ってください!」
「あなたにお似合いの赤いバラを持ってきました。いかがですか?☆」
「僕と永遠の架け橋を築こう!」
「ごめんなさい。無理です。いりません。結構です。誰ですか?」
こうして、男子生徒一発KO勝ちの連勝記録を更新した。
てか、見覚えがあるやついるんですけど…
その光景を前に、ヴィンは唖然としていた。
スタスタと帰ってくる我らが氷姫にヴィンが言葉をこぼした。
「まさか。毎日じゃないよねこれ」
「そのまさかだよ。呆れるでしょ。男ってこれだから…」
「もう名物になってるんだよ。すごいでしょ。氷姫の実力」
「ああ。アリス。正直あの返し方には震えた。歴戦の戦士より恐ろしいな」
「なに馬鹿なこといってんの。凍らすわよアリス二等兵、ヴィン伍長」
「「滅相もございません。軍曹」」
今日も軍曹は鬼軍曹でおそろしい。
そんなこんなで授業が始まる。
魔法学。
現代の基盤であり、必要不可欠な学問。
この学園では、魔法に関する学問はすべて揃っている。
その中で、より専門的に学ぶため、魔法学は多くの学科に細分化されている。
生徒はその学科を自分で選んで、専攻するのが基本的な教育方針。
もちろん複数専攻することも可能だ。
ゆいは青魔法科で、ヴィンは緑魔法科を専攻している。
俺?
もちろん魔法歴史科で睡眠学習中なう。
「アリス!起きなさい!」ビシッ
「痛っ!」
遠くからの飛来物によって、額に赤く丸いチョーク痕ができた。
鬼の形相でこちらを見る老体の割には筋肉質なドワーフ、コシリ先生。
「今なんの時間だね?アリス」
「睡眠とと学習を両立し、効率的に勉学に励む時間です」
「それほど寝たいなら、ワシが寝かしてやろうか?」
それは末永く起きれないでしょう。
変な汗を流しながら苦笑いした俺を見て、DV教師は呆れた様子で咳払いをし、授業を再開した。
「いいかい。現代の発展は主に魔法によって築かれたのはよく知っているね。中でも
まさに現代を支えている、なくてはならない物となった。
「このように、社会に必要となる、必要とされる者になってほしいと、ワシは思っとる。」
淡々と語り続ける先生を前に、生徒たちはまるで読み聞かせの絵本でも見ているかのように、目を見張る。
頬杖をつく、ただ一人を除いて。
*****
昼時の食堂にて…
「あの....アリスくん!お昼食べた?」
一人の女子生徒が声を掛けてきた。
「んん?ひょっとしてこの間の猫の…」
「そう!この前はうちの猫を助けてくれてありがとう!そのお礼にお昼は一緒にどうかなって」
「そうか。実はこれからゆいとヴィンの三人で食べるつもりだったけど、大丈夫か?」
「え!えーとお…。一緒にってのは二人きりでって話なんだけど…」
「分かった。なら…」
「なんの話してるの?」
話を遮るように、ゆいが小柄な体で間に割って入ってきた。
「この間、木から降りれなくなっていた猫を助けたお礼に、昼を二人でどうだって話をしていた」
「そう!なら四人で食べましょ。多人数のほうが食もおいしくなるって言うし」
「それもそうだな。じゃあ一緒に食べようか」
「あの…そっその…」
「私とも仲良くなりましょうよ。ね?ね?」
遠目で見ていたヴィンは後にこう語る。
「あの時のゆいは威圧感をも超える何かがあった。」
後ろから精神力の強い者だけが出せる守護霊のような何かが見えるくらいには恐怖心があったと。
「ま…また今度にしようかなっ。アリスくんまたね!」
彼女は小走りで去っていった。
何か悪いことでもしたかな?
そんな理解が追いつかない心境ではあったが、お昼は大事。
颯爽と席に着いた。
「もうっ!あーちゃんったら。このスケコマシ」
ハムスターのように膨れた顔でごはんを頬張りながら、彼女は愚痴をこぼした。
「スケコマシってなんだ?」
「そんなのどーだっていいのっ!」
あんまりの理不尽大王に唖然としてしまった。
「いい?あーちゃんは黒の髪に似合うほどの金色の瞳に、整った顔立ちなの。
それでいて、細見の体なのに筋肉がしっかりしてるとことか…
しかも誰にでも優しいし…ごはんはおいしいし…それで…あれで…」
最初の意気揚々とした姿勢は次第に両手の人差し指をつんつんしながら
小さな声に変っていった。
ハッと我に返った彼女は気を取り直し、再び説教モード。
「とっ…とにかく。すぐ狙われるんだから気を付けて!
さっきのだって、どう見てもデートの誘いじゃんっ!」
「よくわからないけど、そうなのか?でも、デートの誘いってむしろ…」
「なに?笑」
「なんでもございません…」
笑顔の裏が妙におそろしい。
こうなった彼女を止めるすべはないので、
おとなしくするのが吉とでました。
続いてヴィンが言葉をを発する。
「そこまでにしとけ…。まあ、ゆいのやり方はともかく…確かにアリスはよく狙われすぎだ。
ただでさえトラブルメイカーなお前は自重すべきかもな」
「ほらね!」
ヴィンの言葉にゆいが乗っかった。
こうなっては歯が立たないな。
そう渋々受け入れた矢先だった。
校庭の方角から生徒の悲鳴が聞こえた。
「きゃー!」
「助けてくれ!モンスターだ!」
「逃げろっ。逃げろっ!」
逃げてくる生徒を見て、顔を合わせた三人はすぐさま外へ出た。
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