第3話 毒親

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめなさい、、、、。」

彼女の念仏は続く。そして徐々にフェードアウト。


俺の腕の中で、おとなしくなった彼女は、

小さく震えながら、「ごめぅんなさい、、、、。」の後で、

俺の胸に顔を埋めた。


彼女の涙は、キラキラ輝いて、

はかない泣き顔が、切なくて、苦しくて、

俺は心臓がキューーンって痛くなった。

こんなにも弱さを表に出した人を見たのは、初めてだ。


「私、人が信用できないんです。

裏切られるのが怖いんです。

被害妄想もあるんです。

その不安が極度に極まると、

キレて自分では押さえが効かなくなっちゃうんです。

それがわかっているから、人と親しくするのが怖いんです。」


「ごめんなさい、怪我はなかったですか?」


「うん、大丈夫。

ちょっとびっくりしただけ。

俺のことは心配しなくても大丈夫。」


「ごめんなさい。

、、、、だから、もう私には関わらない方がいいです。」


そう言われても、ハイ、そうですか、と言うわけには、いきそうもない。

何の縛りも義務もないけれど、

彼女を守ってあげなくては、と強く強く思った。


「俺は、ただの高校生で、まだ子供で、

何の役にも立たないかも知れないし、

何をどうしたらいいのかもわからないけれど。

とにかく花木さんを守りたい。

迷惑ではなければ、なんだけど。」


彼女の目からは、また大粒の涙が。


「迷惑だなんて、迷惑だなんて。

私が迷惑をかけているのに。」


俺は彼女を抱き上げて、ソファーへ腰を下ろす。

彼女は俺の膝枕で横になる。


「ずーーっと、一緒にいてほしい。」


そう言われたところ、深く考えずに返答した。


「うん、ずーっと一緒だよ。」


このずーーっとは、

今夜のことなのか、当面の何年かなのか、一生なのか。

そんなことを考える余裕は、この時はなかった。

この状況に、自分に、酔っていたのかもしれない。

今思えば、本当に無責任だ。


彼女はソファーで眠ってしまった。

側にあった膝掛けを彼女に掛ける。


「このまま帰れないな。」

とりあえず、友人宅に泊まる、と母親にメッセージを入れる。

きっと、マーくんのところにでも泊まるのだろうと思うはずだ。


「嘘はついていないよな。」

1人で納得すると、強烈な睡魔がやってきて、床で寝てしまった。







朝、アラームなしで目が覚めた。

「やべぇ、遅刻だ!」

一瞬、アラームをセットし忘れたかと思ったが、

今日は日曜日だと思い出した。

「あれ、でもここはどこだ!?」

クッションを枕にして床で寝ている。


「おはようございます。」


声は隣の部屋のキッチンから。


思い出した。あのアトリエだ。

「花木さん、おはよう。」


「朝ごはんできるまでにシャワー使ってください。

私は先に済ませましたから。」


「ありがとう。では、お借りします。」







女の子とお泊まりだなんて、嬉し恥ずかしだな。

まあ、何があったってわけではないが。

シャワーを浴びながら、昨日のことを振り返る。

彼女のために、俺は何ができるのだろう。






キッチンからお醤油が焦げるいい匂いがしてきた。

服を着て、タオルで頭を拭きながら、

バスルームを出る。


「美味しそうな匂いですね。」

俺は、タオルで視界が限られた状態で、アトリエに入る。

頭をゴシゴシしている隙間から、二人の足元が見えた。


二人ぃ!!??


「こんにちは。初めまして。」

初老の男性が、彼女の隣にいる。


彼女の父親かと、速断した。

「はっ、は、初めまして、さ、坂口 武佐士です。」

こ、こいつが彼女の悩みの元凶の一人か、、、、。

思わず拳を強く握っていた。

何をしようというわけではないが。

睨みつけながらも、愛想笑いをしてしまう情けない俺。


「パパ、帰ってくるならちゃんと連絡ちょうだいよ。」

「パパも朝ごはん食べる?」


「あぁ、空港から直行してきたから。

美鳥の朝ごはん楽しみにしてきたよ。」






3人で食卓を囲む。

昨日までは、こんな光景は全く想像できなかった。


「いやぁ、武佐士くん、僕は安心したよ。

美鳥は仲の良い友達があまりいないようだったので、

心配していたんだ。

クラスメートなのかな?」


「い、いいえ。アルバイト先で知り合いました。」


「そうか、あのカフェか。

あそこのバケット美味しいよな。」


「はい、俺も、、、私も好きで、あのお店を選びました。」


「おぉ、緊張しなくてもいいよ。

僕も若い頃、ママの父親に初めて会った時は、そりゃぁ、緊張したけどね。

ママは、その時ね、、、」


「パパ、ママの話はやめて。」


「そうだな、ごめん。そうだったな。」


「武佐士くん、美鳥のベーコンエッグはホテル並みだろう、

僕はトーストに載せて食べるのが好きなんだ。

美鳥、トーストもう一枚焼いてくれる?」


「いいわよ。」


そうなんだ。

彼女が言った通り、普段の父親は優しい、いい人なんだ。

彼女も、父親のことが、少なくとも嫌いではないんだな。

こんな風に、僕が間にいれば、彼女と父親はうまくいくのだろうか。

少なくとも、僕がいる時に、ヌードになれ!とは言わないだろうし。


「武佐士くん、この絵、見てくれたかい?」


父親は、壁の裸婦を指さした。

「この子は、15歳の美鳥なんだよ。綺麗だろぅ。」


花木さんはキッチンへ逃げていった。

ダメだ!!!!この親、最悪の毒親。

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