出会った日

 ベルさんを安静にして馬車に乗せ、その後私とノア様が乗る。暗い車中で、ノア様はずっと俯いていた。小さな拳が、力を込めすぎて震えていた。やがて何かを飲み込んだように、話し始める。


 「ベルは、」

 「はい」

 「僕なんか守らなくてよかったんだ。


 _____僕はずっと独りで、誰にも愛されなくて、誰も助けてくれなくて。ミカエルが来てくれるまで、死体みたいだったんだ。今は、ベルやアリスも居てくれるけど、僕が忌み嫌われる子供ってことには変わりないんだよ。どれだけ願ったって、この色は変わらない。」


 だから、


 「ベルは僕を助けるべきじゃなかった。護衛長も刺された。僕のせいだ」


 一瞬で川が決壊するように、涙が溢れ出た。大粒の涙はノアの頬を伝い、ズボンに染みていった。


 「ノア様」


 私は手を握った。握り締めすぎて冷たくなった手。私の手も冷たいけれど、この手には温度があった。


 「ノア様は決して貶められていい存在ではありません。それがノア様御自身によってでも」

 「っでも…」

 「それに貴方様は変わりました。努力して、自信がついて、人が周りに集まるようになりました。もう過去の貴方ではありません。」


 なおも不安な顔をするノア様に、私はこの方の心の傷がどれだけ深かったのかを知る。私はもっと強く手を握って、目を合わせて言った。紫水晶の目を見つめた。


 「ベルは、貴方のことを自らの命を賭けて守りました。」


 それが何を意味するのか、貴方はそろそろ気付くべきだ。


 「信じてください。私達は貴方を心から愛している。」

 

 ノア様は呆然とした様子で私を見つめていたが、言葉の意味が飲み込めたのかくしゃくしゃと顔を歪めた。


 「僕、貰ってばっかりだな」

 「いいんですよ。貴方はもっと欲しがるべきだ。」


 顔を拭うと、ノア様はすっきりとした顔をして前を向いた。そしてずっと膝の上に置いていた、ラッピングの施された箱を私に差し出した。


 「これ、ベルと一緒に選んだんだ」


 中に入っていたのは、紫色に輝く宝石のループタイだった。楕円形にカットされたアメシストは、まさしくノア様の色。他は黒一色で統一され、上品な仕上がりだった。


 「これは……」

 「覚えてないでしょ。今日はミカエルと初めてあった日だ。」


 二年前のあの日。私は前世を思い出して、ノア様を幸せにしなければと必死だった。一年前も、まだ祝えるような環境は整えられていなかった。


 「私の為、だったんですか」

 

 ノア様はループタイを手に取ると、私の首に付けた。そして宝石に手を翳し、魔力を込め始める。魔力に呼応して、段々と宝石が光と熱を帯びていく。


 「お守りだよ。いつでもミカエルのことを護れるように、魔法をかけた」

 

 ノアはミカエルの手を握り、冬の湖畔のような瞳を覗き見た。そしてニッと微笑みかける。


 「ミカエル、約束だよ。ずっとずっと、傍にいてね」



 

 _____二週間後。

 「ノア様、ミカエルさん、おめでとうございます!!!」


 パンッとクラッカーを派手に鳴らして、ベルとアリスは二人を祝福した。この部屋にいるのは、二人のメイドと専属執事、そしてアダムス公爵家の次男、ノア・アダムスだ。


 ここは公爵家の離れ。かつて忌み子と呼ばれ蔑まれていたこどもの、箱庭だった場所だ。だがもう、彼を縛るものは何も無い。


 「二週間遅れてしまいましたが、無事お祝い出来てよかったです〜!!」

 「本当に!ベルも怪我が早く治ってよかったわ!」


 二年の間に、彼には実の兄と、友人と、二人のメイドと、世界で一番大切な人形ができた。それらは彼の恐れを取り払い、世界を広くした。


 「ベル、ありがとう。君のお陰で大切なことに気付けた」

 「いいいいいいえ!!光栄です!!!」


 彼の傍でいつも佇む人形は、彼の為にだけ笑った。頬に咲く黒薔薇を、大切そうに撫でて、優しく微笑む。




 ____物語はここから、彼の青年時代へと移る。彼に待ち受けるのは過酷な運命と、数奇な出会い。それが決められたものとは外れていることを、人形だけが知っている。

 

 

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