転生者、現る。

 「ベルさん、おはようございます。」

 「はい!ミカエルさん、おはようございます!!」


 すれ違った廊下で挨拶する。今日もベルさんは元気だ。彼女は私が引き抜いたメイド。薄い金髪に茶色い瞳のベルさんは、美人というのもそうだが、その場に居るだけで人を笑顔にさせるような、不思議な魅力があった。


 __私がノア様に出会ってから、二年が経った。

セオドール様の牽制により、公爵の締め付けは殆ど無くなって、本邸から人員を借りられるようになった。正直、私一人の手では回り切らない部分があったので、本邸に行って見込みのある数人の使用人をスカウトした。ベルさんはその一人だ。優秀な人材なのだが、最近気になることがある。


 「ミカ!おはよう」

 「おはようございます。ノア様」


 「でゅごふっ…笑顔尊い……」


 彼女、転生者じゃないか?ノア様を一目見た時からというもの、彼を見かけるたびに「ふごっ!」とか「でゅふふ」と言う笑い方をし。私を見ては「こんなキャラ原作にいたっけ?まぁ、お顔が尊いので…」などと言うメタ発言を繰り返す。どれもかなり小声だっが、私は聞き逃さなかった。正直、同じ穴のムジナ感がすごい。


 取り敢えず害悪転生者ではないようなので、折を見て話そうと思っている。


 「……ミカ、ミカ!」

 「はい。ノア様」

 「どうしたの?ぼうっとしてたよ」

 「いえ。何でもございません。ご心配いただきありがとうございます。」


 にこりと微笑む。すると後ろで、何か液体が勢いよく流れ出る音がした。振り向くと、ベルさんが顔面、特に鼻あたりを抑えて蹲っていた。


 「ベル!大丈夫!?」

 「だい、大丈夫でふ…尊…尊すぎて……」


 赤いカーペットに、更に赤い彼女の鼻血が染みていた。これは掃除のとき大変だな、と他人事のように私は思った。


 「ノア様、ベルは大丈夫なようです。お部屋に参りましょう。」

 「そう…?」


 ああなった時のオタクは、そっとしておくに限る。まだ心配そうなノア様を連れて、部屋まで連れて行った。




 二年前とは違う部屋。離れであることは変わらないが、前よりも断然広くて清潔な部屋だ。ノア様は椅子に座ると、私を向かいに座らせて聞いた。


 「ミカエルは何が好き?」

 「ノア様です。」

 「僕以外でだよ」


 二年は、子供にとって大きい。体の成長も、心の成長も著しい。ノア様も例外ではなく、すくすくと背が伸びた。それに、人を怖がらなくなった。まだ威圧感のある人や、公爵と同じ年くらいの男性は怖いようだが、過度に怯えることはなくなった。


 大きな猫目が凛と輝き、常に柔和な笑みを浮かべる唇は、性格の温厚さを感じさせる。ノア様は立派な少年に育った。


 ____私は、昔のままだ。この世界に転生してから、あまり感じていなかった、自分が人外であるという事実。特殊な陶器や歯車で出来た私には、前世の記憶のお陰で「心」が宿った。体は成長しないけれど、心があれば大丈夫だと、自分に言い聞かせている。


 「では、紫色が好きです。」

 「……そっか」


 ノア様は唇を緩めてにこにこと笑うと、突然立ち上がり、クローゼットを開けた。中から外套を取り出しているのを見て、街へ出るつもりだと思い当たる。私はテーブルの上の茶色いリボンが結んであるベルを鳴らした。


 「はい!ベル、参上いたしました!!」

 「ベルさん、ノア様が外出なさるそうです。同行していただけますか?」

 「もっちろんです!!!」


 何故か敬礼しながら、バタバタと部屋を出て行った。護衛への連絡と、彼女には彼女の支度があるのだろう。メイドという職業柄、中々街へ行くことも無いだろうから、かなり嬉しそうだった。


 「何か手に入れたいものが?」

 「うん。」


 ノア様はそれ以上何も言わず、大人しく私に身支度を整えられている。成長したノア様は、私に隠し事をするようになった。ノヴァ様との手紙のやり取りの内容や、最近では他の使用人と小声で話しているところ。


 支度を整えると、ノア様と一緒に馬車に乗り、街へ向かう。この世界は異世界なのだと思い知らされる、一つの瞬間だ。大通りに建ち並ぶ店は、西洋風なものもあれば日本風だったりもする。何よりも、歩いている人々の服装が違った。


 「ミカエルは好きに回ってきてくれる?」

 「……しかし、護衛が」

 「これだけ居るんだから大丈夫だよ。」


 お任せください、と胸を叩いている逞ましい護衛長とその他護衛の人たち。私は仕方なく、この場から離れることにした。



 ____ミカエルが離れたあと、護衛を引き連れたノアは、ベルを伴ってある店を訪れていた。どうやらここは貴族御用達の雑貨店のようだと、ベルは当たりをつける。そしてすぐ傍にいる、幼い主人に問い掛けた。


 「ノア様、よろしかったんですか?」

 「うん。ベル、君に手伝ってもらいたいことがあるんだ。」

 「な、何でしょうか!?」

 「ミカエルは覚えてないみたいなんだけどね……」


 ノアがベルに耳打ちすると、ベルは納得した顔をした。そういう話なら自分の得意分野だ。


 「そういうことならお任せください!!」


 あの美しい上司も、この計画を知ったら破顔することだろうと言う自信を持ちながら。


 

 side:ミカエル

 ____暇だ。

 私は一通り店を見て回ったあと、柱の前で棒立ちになっていた。そもそも人形に日用品は必要ないし、服は支給のものがあるし、食べ物は食べなくてもいい。要するに、見るものが無かった。しかも絡繰人形は珍しく、無遠慮にかなりの人に見られた。


 道の中央の噴水にある時計を見る。二時間経った。もうそろそろ戻ってもいい頃だろう。


 私はノア様達と離れた店の方に歩き出した。5分ほど歩いたあと、ふと、妙にざわついた空気を感じ始めた。今までショッピングを楽しんでいた通りの人々が、一点を見つめて息を呑んでいる。その方向には、ノア様の居る店があった。私は嫌な予感がして、人混みを掻き分けて中央の人の開けた場所に出た。


 「ミカエルッ…!!」

 

 ベルさんが、ノア様に覆い被さって倒れていた。彼女は頭から血を流していた。ノア様に怪我がある様子はない。護衛は何をしているのかと周りを見る。すると護衛達は、一人の男を抑えるのに必死になっていた。少し離れたところで、護衛長が腹から血を流して地面に倒れている。ああ。


 「ミカエル…ベルが……」

 「大丈夫です。今止血します」


 ベルさんの傷を診る。よかった、出血の割に傷は浅い。まだ意識が朦朧としているようなので、油断は出来ないが。私は彼女の頭の下にハンカチを敷き、横に寝かせた。


 「よくノア様を守ってくれましたね」


 怖かっただろうに、彼女は身を挺して主人を守ったのだ。私も彼女に報いねばならない。私は騒ぎを聞きつけて来た衛兵にノア様を託し、男のもとへ向かう。私の目の色が、ノア様の魔力の色である紫に変わる。


 「クソっ!!!」


 男は何人もの護衛を振り払い、私に一直線に向かってきた。瞳孔が開き、口からは涎が垂れていた。明らかに正気ではない。


 男は両手にナイフを握り締めていた。それを私に突き刺そうとする。私は首を動かせ避ける。そして体勢が崩れてよろけた男の腕を持つと、思い切りぶん投げた。


 男は重力を無視して軽く宙に飛んだ。


 そのまま勢いよく店の壁にぶつかると、ずりずりと崩れ落ちた。だが、まだ意識があるようでナイフを手放さない。


 私は走って男に近付き、軽くジャンプすると、身を捻って蹴りを叩き込んだ。メコッという音がすると、男は動かなくなった。


 「と、捕えよ!!!!」


 私の後ろから、控えていた衛兵達が一斉に走り出した。男を魔法で拘束する。


 「ノア様」


 私はずっとベルさんに付き添っていたノア様に、膝を吐いて頭を下げた。


 「申し訳ありません。私の落ち度です」

 「違う。僕のせいだ」

 「いいえ。ノア様は悪くありません」

 「僕がミカエルを遠ざけたから、ベルはこんなことになって、」

 「大丈夫です、ノア様」


 私はノア様を抱きしめると、背中を撫でた。恐怖で強張っていたノア様の体が、次第にもとに戻っていく。


 「家に帰りましょう。」


 


 


 

 

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