ノヴァ・ガラクシア
目の前に座る、自分より幼い子供を見る。
睨んだつもりは無かったのだが、怯えたように目を逸らされた。僕は目つきが悪い。まだ九歳だと言うのに、妹に泣かれたばかりだ。
親友のセオドールとは、また違った美形だ。あいつは優しげだが、この弟君は悪魔的な美しさと言ったところだろう。宝石のように輝く紫色の瞳は、特に目立つ。
「…菓子は如何か」
「あっ…い、いただきます…」
話しかけるたびにビクッと肩を揺らす。視線は常に床。それに、セオドールから聞いた、この子の辛い家での扱いが重なった。顔を青くして、ちらちらとこちらを伺うそぶりは、まるであのアダムス公爵家の次男には見えない。
そして。
彼の後ろに佇む、冬のような男。あまりにも儚く、美しい容姿だ。瞳は硝子で出来ているのだろうか。透き通った水面のように綺麗だった。しかし何より目を引くのは、白い頬に挿してある黒い薔薇だ。これが彼を人外だと語っていた。彼のこととなると、ノア様はよく話した。
「ミカはね、僕のものなの!ぜったいだれにもあげない。」
「ミカは優しいんだよ。寝るときに手をにぎってくれるんだ。」
「ミカエルはお人形だけど、こころがあるんだよ」
ミカエルという名の人形に、心から信頼を寄せているようだ。自分のことをこうも話されて、後ろの彼はどんな気持ちでいるのだろうと、そっと盗み見た。その瞬間、僕はぞっとした。
彼の目の中には、何の感情も込められていなかった。まるでただの人形のように、そこに居るだけなのだ。そうだ、彼は人形なのだ。いくらノア様が信頼していようと、命令されれば人を殺しもする、絡繰人形。
僕は痺れる頭で、ミカエルをノア様から引き離した方が良いのではないか、と考えた。ノア様は明らかにミカエルという人形に依存している。これはきっと、良くないことだ。
「……ミカエル殿」
「はい。何でしょう」
少し掠れた、落ち着いたアルトの声。彼にぴったりだな、と唇の端で笑った。
「少し二人にしてくれないか?」
「…それは」
「頼む。ノア様に危害を加えることは無いと約束しよう」
僕が言うと、ミカエルはかなり迷った様子でノア様を見たが、渋々といったように頷き、一礼すると部屋を出て行った。
「あ、あの」
「貴方は、あの人形から離れるべきだ」
「え?」
「ミカエル殿は人形だ。幾ら貴方が信頼していようと、優しかろうと、人形なのだ。貴方は信じられる人を見つけた方がいい。僕が手伝おう。」
僕はまだ子供だが、伯爵家の位と人脈がある。貴族には貴族の、友人の作り方があるから。僕は少しでもそれが手伝えたらと言う気持ちで、ノア様の目を見た。
僕はまた、ぞっとする。
ノア様の僕を見る目は、虫を見るようだった。先程までの戸惑いはなく、ただただ深淵を映した瞳が僕を見ていた。
「ノヴァ様」
ゆるく微笑んで、あどけない声で僕の名前を呼んだ。目の前に居るのはただの子供なのに、僕は何故かそれだけで鳥肌が立った。ノア様は席から立つと、軽い足音を立てて僕の傍まで来た。そして僕の耳のそばで、秘密話をするように話す。
「いらないよ」
「っは…?」
「僕はミカエル以外要らないの」
にこにこと笑いながら、異常なことを言う。後ろで腕を組んで、子供らしく体を揺らしている。
「ミカエルにも、僕以外いらないの」
わかってくれる?と問われる。正直、僕は混乱してまともに答えられる状況ではなかったのだが、無理矢理頷いた。
「でも、ミカエルは僕におともだちがひつようなんだって。だから、ノヴァ様。おともだちになってくれる?」
______コンコンコン
「ミカエルです。入ってよろしいでしょうか」
「いいよ!」
「ああ。」
素早く後ろ手で戸を閉める。ノア様の顔色を見て、ほっとする。よかった、何も無かったみたいだ。それどころかとてもご機嫌がいいように見える。ノヴァの方も私が出ていく時と変わらない。
「ミカエル!ノヴァ様がおともだちになってくれるって!ね!」
「…ああ」
私は心底安心した。ノア様に初めての友達が出来た。これは原作にはない展開。つまり、原作は変えられるという何よりの証拠なのだ。
「……貴方は」
「はい?」
「貴方は逃げないのか」
…どういうことだろう。意味が分からず首を傾げていると、ノア様が私に抱きついてきた。
「ミカエル、帰ろう!兄様にもノヴァ様のこと、おはなししなくちゃ!」
「はい。…では、ノヴァ様。失礼いたします」
「…また来るといい。」
私はノア様と手を繋いで、ガラクシア邸を後にした。帰りの馬車の中、興奮冷めやらぬノア様は足をぶらぶらさせながら、ノヴァのことを話した。
「ノヴァ様はね、手伝ってくれるって!」
「何をですか?」
「ミカエルにはないしょだよ。いつかおしえてあげる。」
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