第5話『ロックな夜ごはん』



「今日はもう遅いので、ご飯にしましょう」



 そう言って、彼女が晩ご飯に出してきたのは、あんパンとホットミルクだった。


「えっと……食事はいつもこれ……なの?」

「あ、いいえ! そ、そうではなくてですね……っ!」



 すると、彼女が慌てたように否定した。良かった……どうやら、ここはいつもあんパンしか食べないという縛りの食生活をしているわけでは無いようだ。


 きっと、今日は食材が無いとか――



「今日は特別に牛乳も付けてます!」

「……なるほどね」



 どうやら、あんパンは変わらないらしい。

 ……嘘だろ?



「あ! も、もしかして……牛乳じゃなくてコーヒーの方がよかったですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「で、でも……夜にコーヒーを飲むと眠れなくなるんですよ……?」


 うん、そういう意味でもないね。


「何でご飯があんパンだけなの? もしかして、お金が無いとか?」

「そ、そういうわけでは無いのですが……」



 すると、彼女はキッチンへと向かいたまごとフライパンを取り出した。


 どうやら、目玉焼きを作ろうとしているようだ。


「えっと……ちゃんと見ててくださいね?」

「うん……」


 そして、彼女がフライパンの上に卵を割って落とすと――


「てりゃあ!」




 ――次の瞬間、できたのは『あんパン』だった。




「何でそうなった!?」

「私はあんパン以外の料理ができないんです……」


 目玉焼きは料理と言えるのだろうか?

 いや、そういう次元じゃないな!?


「さっきまで完全に目玉焼きを作る流れだったのに、何であんパンができているの!?」

「えっと、そうですね……具体的にはどの料理を作ろうとしても、最終的にあんパンになってしまうと言いますか……」



 そんな説明で納得できる現象ではないと思うけど……目玉焼きとあんパンでは料理過程も何もかもがまったく違うよね?



「そもそも、目玉焼きは何処に行ったのさ」

「えっと……とりあえず、食べてみてくれますか?」


 そう言われて、ボクは恐る恐る彼女が作ったあんパンを一口食べてみた。


「こ、これは!」



 なんと……あんパンの中身が目玉焼きだった!


 しかも、あんこの代わりに目玉焼きとかじゃなくて普通にあんこも入っている!?



「えっと、美味しくない……ですよね?」

「……うん」


 何か絶妙に……マズイ。


 これで、美味しければまだメニューとしてなり立つのだろうけど、あんこと目玉焼きがゴミクソなハーモニーを叩き出して不愉快極まりない味を醸し出している。



「料理はママからあんパンの作り方しか習わなかったので、どんな料理をしようとしても最終的にあんパンしか作れないんです」

「なるほど……?」


 それはもう、特殊能力とかの領域なのではないのだろうか?


「すみません! ですから、ごはんはあんパンしか出せないんです」



 そう言って謝る彼女を残し、ボクはキッチンに何があるのかを確認した。


 あんパン以外の食材であるのは調味料だけか……。



「少し、待っててくれるかな?」

「え? あ、はい……」



 ……こうなったらボクが料理をするしかないようだね♪







「――というわけで、簡単な魚の塩焼きとスープを作ってみたけどどうかな?」



 数十分後、そこにあるのはボクが料理した焼き魚とニラ中華スープだった。



「す、すごい! とても美味しそうです!」

「一応、食べてくれるかな?」

「い、いただきます……」


 そう言って手を合わせると、彼女はボクの作った料理を食べた。

 そんなお行儀よくするような料理でもないのにな。


「お、美味しいです!?」



 よし、美味しそうに食べてくれた。

 良かった……少し不安はあったけど、どうやらボクの料理は彼女の口にもあったようだ。


「キミが良ければだけど……できれば、料理はボクに任せてくれないかな?」

「い、いんですか!?」

「一応、これからお世話になるわけだしね」


 じゃなければ、ボクの食生活がこれから、毎食あんパンになってしまう危険がある。


「で、では……よろしくお願いします!」


 よかった。これでボクの食生活は守られたようだ。


「えっと……ください」

「え」


 すると、彼女は申し訳なさそうに言った。


「あの……できれば、名前で呼んでくれますか?」

「えっと……なんで?」

「そ、それは~……だって! わ、私だけカオルくんなのは……何かズルい……です」


 なるほど……?


「まぁ、いいけど……」


 確かに言われてみれば、ボクはさっきから彼女のことをキミとしか呼んでなく『愛坂さん』みたいに苗字ですら呼んでないな。


「じゃあ『モモカ』でいい……かな?」

「も、モモカ!? あわわ……っ!」

「だ、ダメかな?」


「ぜぜ、是非! よ、よろしくお願いします!」



 流石に呼び捨ては馴れ馴れしいかと思ったけど、彼女はボクのことを『カオルくん』とわざわざ親しみやすいようになのか『くん』付けで呼んでくれるくらいだ。


 だとしたら、ボクもそれなりに親しい呼び方をするべきだろう?



「そ、そう言えばお料理の材料は家に無かったですよね? 材料のお金払います!」

「ああ、それなら無料だから大丈夫だよ」

「え、無料ですか?」

「うん」



 だって、この料理は――



「そこのドブで泳いでいた魚と道ばたに生えていた草を使っただけで食費はゼロだからね♪」

「……へ?」



 ボクはある理由によりよくサバイバル生活をしていたから、釣りの経験もあるし、その辺に生えている食べれる草には詳しい。


 だから、あの料理に使った食費は0円なのだ。



「じゃあ、さっきの料理は……」

「まぁ、名付けるなら『ドブで泳いでいた魚の塩焼きと雑草のスープ』かな?」




 次の瞬間、何故か彼女は口からゲロゲロしたものを吐き出しながら気絶した。






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