第4話『メニューはロックです』
「よ、よかったら……ここで働きませんか?」
お店を出ようとしたボクに向かって彼女はそう言った。
「それは……何で?」
「あわわ! そそ、それは……別に、下心なんて無くて――んっ!」
ボクが理由を尋ねると、彼女は慌てたかのように理由を語り出した。
「……じゃなくて、寮から追い出されたって聞いたから、その……このお店の上は私の家で部屋も開いてますし、私だけなので……で、でも! ささ、誘っているというわけでは無くてですね!? えっと……あ、あーと……」
そこまで言うと、彼女はとどめとばかりにこう言い放った。
「あんパンの代金分だけでもいいので、ここで働いてください!」
所持金が無いボクにとって、その言葉への選択肢など無かったのだ。
「えっと……か、カオルさんの制服はこれでいいでしょうか?」
そう言って、彼女から渡されたのは執事服のような制服だった。
「あ、うん……いいけど……」
一応、手渡された執事服を体に合わせて彼女に尋ねてみる。
「に、似合うかな?」
「はい! よく似合うと思います!」
てっきり彼女みたいなメイド服で働かされるのかと思っていたけど、これならあまり恥ずかしく無いから助かるか。
……別に、ボクに胸が無いからこれ(執事服)を渡されたのだとは思いたくない。
「カオルさんには、キッチンの方をお願いしたいんです」
そう言われて案内された所はキッチンと言ってもコーヒーを入れるだけの簡単なスペースだった。
「あんパンは作らなくていいの?」
「はい! あんパンは私が毎朝作っているので注文が入ったら温めてくれたら大丈夫です」
なら、ボクにもできそうな仕事で良かった。
「今までは一人でこのお店を回していたの?」
「は、はい……」
「凄いね」
見た感じ、このお店の席数は五十席くらいはあるし、これだけのお店を一人で回せるものなのだろうか?
「そ、そうですかね……でも、何故かお客さんがあまり来ないので、一人でも間に合っていると言いますか……あんパンは自信があるのですが何でお客さんがこないでしょうか……」
多分、あんパンの値段設定がおかしいからじゃないかな?
――とは、雇ってもらう身なので控えておこう。
「そう言えば他のメニューは何があるの?」
「ありません」
「え」
いま……何て言った?
「このお店のメニューはコーヒーとあんパンだけです」
……はい?
「えーと、今は在庫が無いとかそういうこと……?」
「いえ、パパとママがいなくなったので私ができるメニューがそれしかないんです」
……致命的だった。
ボクはこのお店で働いて本当に大丈夫なのだろうか……?
「因みに、値段は?」
「コーヒーとあんパンのセットが1480円です」
「たっ――」
――たけぇえええええええええええええええええ!?
ちょっと、待って! ……え? さっきのあんパンは一個480円だったよね?
つまり、このお店はコーヒーが一杯1000円もするのか!? 価格設定バグってるじゃないかな!?
「で、でも! コーヒーはおかわり無料ですし……あ、あんパンはお持ちかえりもできます!」
「因みに、あんパンの値段は?」
「一個、480円です!」
いやいや、どう考えても高すぎるよ!
……なんか、このお店にお客さんがまったく来ない理由が分かったような気がした。
「因みに、なんだけど……君は何でメイド服なの?」
「パパとママの趣味です」
「趣味か……」
ようは、この喫茶店は彼女のご両親が完全に趣味で始めたお店なのだろう。
だから、値段設定もガバガバなんだ。
しかし、彼女の話からすれば、ご両親は既にこの世には……だから、彼女はその両親の意思をついでメニューも値段も変えずにこのお店を守っていると……
「なんともロックな話じゃないか……!」
なら、いなくなったご両親の代わりに、ボクが彼女を助けよう。
それが、彼女のあんパンに救われたボクにできるせめてもの恩返しだろう!
「分かった! ボクは君のために働くよ!」
「……ふぇ?」
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