第3話『一目惚れ』



『桃香、いいかい? 偽善でもいいから困っている誰かに手を差し伸べられる人間になるんだ』



 私が物心ついた時から、それが私はパパにそう言われて育ってきました。


 そして、同じようにママも私に小さい時から言い続けてきた言葉があります。



『桃香、運命の出会いをしなさい』

『ウンメイの……であい?』


『はい、運命の出会いです。例えば……一目会った瞬間に心を打ち抜かれるような衝撃的な出会いです』


『ママ、それがウンメイのであい……なの?』

『そうです。桃香、貴方にもいつか……きっと、その時が来ます。そしたら――』

『そしたら……?』



 そんな私のパパとママはもの凄い自由な人達でした。


 パパがコーヒーのおいしいカフェを始めたいと言えば、ママがコーヒー似合う最高のあんパンを作り、ママの趣味でメイド服が制服のカフェを初めたと思えば……



『桃香、パパはこのママが作ったコーヒー似合う最高のあんパンをさらに極めるためにブラジルに言って最高のコーヒー豆を見つけてこようと思うんだ!』

『パパはママがいないと飛行機どころか、電車にも乗れないから、ママも一緒に付いて行くわね。だから、桃香、パパとママが戻るまでこのお店は任せるわ』



 そんな感じで、パパとママはお店を私に任せてブラジルへと旅立ってしまい。私はこのカフェ『あんマルク』を一人で経営する羽目になってしまいました。


 しかし、もう高校は卒業してると言ってもまだ成人にもなっていない私にお店の経営なんてまともにできるわけも無く、カフェ『あんマルク』いつも閑古鳥が鳴いている状態でした。



 そんなある日、私は見つけてしまったのです。



『お、お願いします』


 それは、少しでもお客さんを呼び込もうと路上販売で売れ残ったあんパンを街の人に配っている時の出来事でした。




 食べるものが無い!


 お金もない! 住む場所もない!


『誰か……食べ物をくだ……さい……』




 それは、まるでジャイア……じゃなくて、オンチ……じゃなくて……と、とても、個性的な歌声でした。



 そこには一人の『男の子』がギターを片手に路上で歌っていたのです。


 でも、道行く人はその騒音から一秒でも早く遠ざかろうと足を速めるように、男の子を無視していて……



(私ってあんなにみじめなんだ……)



 その姿が、まるで路上販売で誰にもあんパンを買ってもらえない自分の姿に見えてしまいました。

 だから、なのか――



「あ、あの……あんパンはいかがですか?」

「え……」



 気付けば、私はその男の子にバスケットの中のあんパンを一つ差し出していました。

 すると、その男のはすがるような目で私を見つめて……


「…………」

「あうぅ……そんな見つめないでください……」

「あ、うん……ゴメン」


 その瞬間、私は彼がとてもイケメンな事に気づき思いました。




 あ、これがママの言っていた『運命の出会い』なんだと――





「ボクは桜井薫。大学生なんだけど……実は大学の寮から追い出されて、ここ三日何も食べてなかったんだ」

「それで、あんな場所で倒れてたんですね!」

「うん、あのあんパンは本当に美味しかったよ」


 桜井カオルくん、それが私が拾った男の子の名前でした。


 あの後、あんパンを食べて気を失った彼をお店へと急いで運んだのですが、お店が目の前で助かりました。


 しかし、私が運んだ彼の体重は男の子だというには驚くほどに軽くて……多分、ここ三日何も食べていなかったというのは本当のことなのでしょう。



「じゃあ、ボクは失礼するね。あんパンとっても美味しかったよ」



 そんなことを考えているうちに、彼はお礼だけを言ってお店から出て行こうとしました。

 でも、何故か私はそれが嫌で……


「あ、あの……っ!」

「……?」



 気付けば私はお店を出ようとする彼を呼び止めていました。



 彼も何故私に呼び止められたのか分からずに首をかしげています。


 私だってそうです。ここで彼を呼び止める理由なんて私には無いのに……


 でも、ここで別れてしまったらもう一生彼と会えないという危機感に襲われたのです。


 そして、何を言うべきか迷った時、パパとママの言葉が私中に蘇りました。




『桃香、いいか? 偽善でもいいから困っている誰かに手を差し伸べられる人間になるんだ』



『桃香、運命の出会いをしなさい』

『ウンメイの……であい?』


『そうです。桃香、貴方にもいつか……きっと、その時が来ます。そしたら――』

『そしたら……?』



 次の瞬間、私の口から出た言葉は――



「よ、よかったら……ここで働きませんか?」




『――それが、貴方の一目惚れ運命の人です』



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