第三十一話 悪魔への叛逆

 全てを飲み込まんとする炎嵐が、詠唱をしている部隊に迫ろうとする。



「 【汪碧剣術:水澄鏡すいとうきょう】 」


 僕の放った水の壁が燃え盛る竜巻と衝突し、徐々に威力を下げてゆくが、それでも進行は止まらない。


「これでも駄目か……!」


「団長の剣術でも防ぎきれないとはっ……!これほどまでに、『蝿の王』の力は強大なのか!?」



 次の技を放とうと、構えた瞬間───


「生命を紡ぐ偉大なる大地よ、其の脈動を以て我を守護する壁と成らん─── 【地属性魔法:塵唱鉄壁『絶』】 」



 僕の真後ろでの声が聞こえたのと同時に、巨大な土壁が轟音を伴って出現した。


 二つの魔法が激突し、遂に、複合魔法の勢いを完全に消失させることに成功した。



「ティナ!すまない、助かった……!」


「え、ええ……」


 あんなに凄い魔法で皆を助けたのに、彼女は何処か曇った表情で返事をする。


「どうした?」


「えっと、あの………大丈夫です」


「グッドジョブ!」


「……え?」


 僕は一言だけ残し、すぐさま反撃に出る。


 特大の聖属性魔法を放つには、もう少し時間が掛かるな。


 巨大蝿もまた、もう一度複合魔法を打ってくる気だ。


「さぁ、どう出る?『ベルゼブブ』」



 蝿の口元から放たれたのは、氷と雷の二属性を……いや、水の混じった───



「三属性の複合魔法………!?」


 おいおい、勘弁してくれよ……。

 ただでさえ人間では、二属性の適性を持つ者なんてそう居ないのに、それを超える三属性なんて……。


 ただ魔法を別々に打つのは簡単だ。

 しかし、性質の違うもの同士を同時に放つことなど、不可能。


 ごく一部の人間は、それをやってのける者もいるが、魔力消費も効率も非常に悪いため、まず使おうなどとは思わない。


 断言しよう。

 奴は、魔法においてのプロフェッショナルだ。


 精度も威力も、魔力操作も、桁違いの実力を持っている。


 たかがハエ如き。

 そう思っていたが、どうやら『ベルゼブブ』というのは名ばかりではないらしい。


 反撃に転じるはずが、いつの間にか防戦一方になっている。


 しかも、あの三属性の魔法を放たれたら、今度は防ぎきれるかどうかも分からない。


「だけど……それほどまでに、嫌がってるってことだよな!」


「団長殿!あと少しで詠唱が終わります!」


 あと少し。


 あと少しだけ、時間を────。




=====



── 柊馬視点 ──



「んぁ……?何処だ、ここ?」


 俺の頭上に見知らぬ天井が見える。


 寝ぼけた視界には、女将さんの宿屋と良く似た色をした木材の天井が見えている。



「シュウマ様、お怪我は大丈夫ですか!?」


「え、あっ、はい……」


 唐突に、俺の耳元で声が聞こえて、反射的に返事をする。

 声の方向を見ると、美しい女性が俺の方を心配そうに見つめている。


 見たところ、葵と似たような格好をしていることから、『白龍の紋章』の関係者だと分かる。


「がっはっは!あんちゃんも丈夫だな!あんなに死にかけの状態だったのによ!」


 続いて、とても元気な声が聞こえる方を見れば、部屋の天井に頭がつきそうな程デカい白髭の巨漢が立っていた。


 こちらもどうやら騎士らしく、多分オーダーメイドであろうクソデカい外套マントを羽織っている。


「は、はぁ……」


 一体何が………ってそういや俺、昌佳と打ち合って一応は勝ったけど、その後確かぶっ倒れたはずじゃ……。


 薄れていた記憶が蘇ってくる。


 しかし、その後どうなったのかはまだ分からない。


「あの、葵は?」


 美しい女性に聞くものの、巨漢が先に喋り始める。


「団長は今、少々とやり合っててな……」


「デカブツ!?……って、いたたた!」


「おいおいあんちゃん、無理するんじゃねぇぞ!あんちゃんの怪我は、すぐに治るような軽いもんじゃねえ。こっちの治癒師の技術を持ってしても、まだまだ完治には程遠いんだからよ」


「治癒……」


 そうか、俺また他人に迷惑掛けちゃったのか……。


「私もなんとか頑張ってはみたのですが……すみません」


 きっと俺を治療してくれたであろう治癒師のお姉さんが、隣で申し訳無さそうに頭を下げる。


「そ、そんな……頭上げてください」


 葵のことが心配だが、未だに体内に違和感を覚える。

 黒霧が、大分浸透しているせいだろうか。


「それで、そのというのは……?」


「ベルゼブブとか言ったかな?とにかく、馬鹿デカいハエだ」


 ベルゼブブ、『蝿の王』か。


 名前からして、どう考えてもヤバそうな奴だ。

 一刻も早く助太刀に参りたいところではあるが、今の状態では足手まといにしかならない。


 フルパワーで出力したせいで、体に力が入らない。

 拳を握る手が震えている。


「あんちゃん、団長んとこに行きてぇのは分かる。俺だって、今すぐにでも参戦したい。だが、俺は団長直々に命令を受けてここにいるんだ。容易に動くことはできねぇ」


 白髭を撫でながら、彼はそう言う。


 出来ることが何も無いと、打ちのめされているところに、お姉さんが重そうな口を開いた。


「あ、あのぉ……これは、本当に危険でリスクが高いので、あまりおすすめは出来ないのですが……」


「……おい、まさか『アレ』を使う気か?」


 巨漢がお姉さんに、何かを察したように聞く。

 それに対し、お姉さんは無言のまま頷いた。


「一時的に、人間のエネルギー回転を底上げするポーションがあるんです。まだ試験段階ですが、効果は実証されています。……ただ」


「ただ……?(息を呑む音)」


「こいつぁ、どうも後の疲労が半端なくてよ。使った奴らは、確かに驚く程動けるようになったんだが、片っ端からぶっ倒れちまったんだ。だから、これは今じゃ使用を禁止してるのさ」


「な、なるほど……」


 普通に薬物じゃねーか!と口から出そうになったが、堪える。

 何にせよ、まだ動けるんだ。断る理由は無い。


 一回だけ、本当に一回だけ……。


「お願いします」


「わ、分かりました……今、お持ちします」


 そう言って、彼女は席を外した。


 この部屋には、俺と白髭筋肉巨人の二人しかいない。


 気まず過ぎる空気の中、白髭が口を開いた。


「……なぁ、あんちゃん。団長とはどういった関係なんだ?」


「うぇっ!?どういうって……あっ、関係ですか?」


「?」


 びっくりした……。

 何処ぞの、真夏のインタビューかと思った。


「俺とあいつは幼馴染なんです。長い間会ってなかったんですが、最近になってようやく再会できたっていうか……」


「そうか……」


 何かを考えているかのように、また髭を撫で始める。

 それにしても、でっかいなぁこの人。

 2m近くはあるんじゃないか?


「お、お持ちしました……!」


 お姉さんが帰ってきた。

 手には……ジャイアンシチューの改良版みたいな色をしたポーションが握られている(しかもなんかコポコポしてる)。


「えっと、これが……?」


「はい、『狂走薬_VIPERヴァイパー』です」


 名前がアカンよ……名前が。

 何かの略称かもしれないけど、名前がアカンよ……。


 しかし、ここで退いては男が廃れる。


 というわけで……いざ、イッキ!(よい子は真似しないでね)


「景気よく行こうぜ、あんちゃん!」


「柊馬、行きまああああす!」



=====



──葵視点──



 すぐそこまで魔法が近づいている。


 あと少しで詠唱が終わるというのに、あと数秒あれば放つことが出来るというのに、現実は残酷に迫ってきている。


 ここまでか……。


 『蝿の王』に、人間の能力では届かないのか。

 奴らの羽音が、僕には嘲笑っているかのように聞こえる。


「団長!これでは間に合いません!」


「団長……!」


「団長!」


 僕のせいだ。僕が、彼らに無謀な命令を出したからだ。

 どんな技も、この魔法には通用しない。


 ティナの作り出した障壁も突破された。


 そして、絶望を決定的に突きつける高範囲攻撃。

 逃げ場が無い。


「無理だ……」


 ごめん、皆。ごめん、カイ────



「 【閃光剣術:旋風天照大神アマテラス】 」



 宙を舞う、一筋の光───。 



「ふぅーーー、間に合ったでござるな!まさに、危機一髪!」

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