第二十九話 一難去ってまた、百難
つい数時間前に食らった、地獄を体現するかのような苦痛が俺を襲う。
ヤツの持つ武器の剣先には、どうやら霧を射出する機構が組み込まれているらしい。
更に言うと、俺が弾き飛ばした方向は、どう考えても俺の背中に突き刺さる軌道では無かった。つまり、この双剣は持ち主の場所に勝手に帰っていくことが出来るというわけだ。
昌佳自身から放出される黒霧にもかなりの痛みが含まれていたが、直接体内に流し込まれるのと比べればむず痒いくらいだ。
「ぐッッ………!!!」
本当なら今すぐにでも声を上げて叫びたい気分だが、相手に弱気な姿勢を見せれば、狩られるのはこっち側になる。
じっと堪え、ひたすら我慢を通す。
「苦しいのではないですか?痛みが全身を駆け巡り続ける。それに、小生らに捕まってからさほどの時間は経っていないため、傷もまだ新しいはず……。いくらその棒風情で身体を強化しようと、限度というものがあるでしょう」
「笑わせてくれるでござるね……御主も、拙者と同じく棒風情で闇夜を照らしていた同族では……?」
「五月蝿いッ、黙りなさい!今優位を取っているのは小生なのですよ?ご自分の立場を理解していらっしゃられないとは……なんとも悲しいことです」
こいつ………
キャラ変わり過ぎじゃねぇか??
従来の新藤昌佳という男は、やたらと饒舌で、でもいつも意見する時は奥手で、ヒョロヒョロの「もやし」みたいな奴だったはずだ。あと、チー牛だし。
それが、何があったかは知らないが、今立っている男はまるで悪役を自ら演じている……というより、「フラグ」が立ちまくってる気がする。
まあ、その相手が「俺」ってのが不幸中の幸いか……。豚とチー牛の対決なんて、誰が見たいんだか。
度重なる痛みのせいか、戦闘中にどうでも良いことを考えてしまう。
なんで、俺って、転移してまでこんな目に遭ってるんだろう……。
元の世界でもスクールカースト最底辺を低空飛行しているような奴って、転移した瞬間世界を変えられるくらいの力を持てるってのが常識じゃないのか?
なのに、実際はめっちゃ苦労するし、
次第に、
……そういや、この世界で死んだら……どうなるんだ?
もっかい転移?それとも、今度こそ転生?
それはそれで良いかもしれないな。
別に、人じゃなくても良いか。
スライムでも、龍でも、アンデッドでも。
人に拘る理由なんて無いじゃん─────。
=====
『 あなたは、まだ─── 死なないよ 』
『 君は、まだ死なないよ─── 柊馬 』
いや………ある。人に拘る理由が、生きる意味が。
唐突に、俺の脳裏を、二人の声が通り過ぎていった。
俺が大切に思っている人達の声が。
それに、一人は俺と同じ場所で戦っている。今この瞬間にも。
「もっかい、力を貸して欲しい………『ふぅたん』」
最推しにして、最愛にして、最高の
帰ったら絶対、赤スパ投げて、月額2000円(お友達)プランを10000円(しゅきぴ)プランに変えると誓った瞬間、俺は物凄くやる気になった(小並感)。
そう───物凄く、だ。
「 【
そういや、近々ファ◯マでコラボグッズ販売するって、前の配信で言ってたな……。
「 【
あっ、新衣装のお披露目とボイスの限定販売もやるって言ってたっけ……?
「 【魔力供給:制限無し】 」
み な ぎ っ て き た
背中に剣を突き刺したまま、俺はもう一度
痛みも、迷いも、嫌な気分すらも、何一つ神経は受容しない。
必要なのは、「動く力」。ただそれだけ。
黒霧による激痛など忘れ、俺の体はただひたすら光剣を振るうことを渇望していた。
「ひっ……、く、来るな……来るなぁぁ!! 【
再度、彼の体から霧が放出される。
奴の双剣は二本とも俺の背中に刺さったままで、武器を持たない昌佳は、謂わば仔羊同然だった。
俺はその必死の抵抗に、容赦なく、残忍な……もしくは快楽的な心で、技を放った。
「 【閃光剣術:
『桜華』の派生技、『桜龍』。
優雅さと力強さを受け継ぎ、尚且つ「龍」を体現する技。
俺が初めて覚醒したあの時と同じ光量で、桜風に舞う龍の一撃が、彼を襲う。
=====
「終わったな……」
結論から言うと、俺は奴を───殺さなかった。
俺が
その光景を見て我に返り、首筋に寸止めをしたところで、筋肉の動きが停止した。
本当に危なかった。
友人を殺めるだけでなく、また感情に呑まれるところだった。
戦闘によって快楽を得るのは、そういう変態的思考のある奴だけで良い。
「ぬ………」
黒霧は依然、俺の体内に残ったまま。
アドレナリンが切れ、またも激痛が神経を刺激する。
安心と共に、俺はそのまま地面に倒れた。
「あとは、頼んだぜ……葵、ちゃん……」
=====
──葵視点──
「ハァ……ハァ……か、勝った……」
本当にギリギリだった。僕の技が少し遅れていれば、今頃は確実に切り刻まれて死んでいた。
水を凝縮した玉が、偶然彼の首元に高速でぶつかり、彼はそのまま地面に倒れた。
『残空剣術』……。なんとも厄介な剣術だった。
使い様によっては、カイの剣術にも匹敵するんじゃ……。
いや、それは今考えることじゃない。
柊馬は新藤君と戦っていたはず。
大分向こうの方で戦闘を繰り広げていたせいか、何処にいるか分からない。
それに、まだ戦闘の最中かもしれない。
状況によっては、加勢しなければ。
その必要は無かった。
だが、その光景は僕の背筋を凍らせた。
「柊馬……?」
つい数時間前の姿が、今この瞬間にも起こってしまっている。
多量の出血と、青ざめた顔。
僕が怒りに身を任せて、戦闘に身を投じたせいで、とうに限界を超えていた柊馬を巻き込んでしまった。
「僕の、せいだ……」
自己嫌悪を超えて、ただひたすら自分が憎らしい。
「何……勝手に俺を、殺してんだよ……葵ちゃん」
「柊馬!?」
生きている。
その実感が持てただけで、僕は救われた気がした。
「ごめん……柊馬、君はずっと前に限界だったのに……」
「なーに言ってんだ……俺が、引き起こした原因でも、あるんだぜ……?」
彼はいつもそうやって、全てを背負う。
僕が小学生時代にいじめられていた時も、彼はずっと守ってくれていた。
「そうだね……お互いに、悪い所ばっかりだ……」
「はは………わりぃ、ちょっと疲れすぎて、これ以上動いたら、筋肉が破裂しそうだ。ちょっと、寝る……わ」
「おやすみ」
彼を石レンガの上で寝かせるのも忍びないので、他の団員に預けることにした。
全てが、終わった。
新藤君と海崎君には申し訳ないが、騎士の方で拘束してもらうつもりだ。
僕も一度は騎士団から逃走した身だが、全うすべき責務があることに変わりはない。団長として、『白龍の紋章』を引っ張っていく立場にあるのだから。
「団長、あとの事後処理は任せて、今はお休みください」
「ええ、すみません……あっ、副団長は!?」
「大丈夫です、たった今目を覚まされましたよ」
「そう、ですか……」
本当に、色々と終わったんだな。
副団長も───いや、ティナも無事なら、本当に良かった。
────そう思っていた。
「神に背く叛逆者どもが……!!」
突然、周囲に響き渡る声に驚きつつ、声のする方向に顔を向けると、大司教のいらっしゃる『サン=ベルメリア大聖堂』の屋根の上に人影が。
「あれは……『大司教様』……!?」
「この聖なる国での背信行為……神を冒涜するに等しい!散々暴れてくれたな……一体復興に、どれだけの支出がかさむと思っている!!」
大司教は顔を真っ赤にして、怒り狂っているご様子だ。これが「怒髪天を衝く」というやつだろうか。
しかし、弁解しようにも、僕は先ほどまで暴れ回っていた張本人でもあるので、返す言葉も無い。
「許さん……こうなったら、あの禁術を使う他無いな………」
その言葉と共に、彼が脇に抱えていた本を開き、何やらぶつぶつと唱え始める。
「………神として崇められ、悪魔として恐れられ、世に忌み嫌われ、蔑まれし蝿の王よ。今、禁じられし力を解き放ち、世に破壊と混沌を刻め。 ───来い、
『 ベルゼブブ 』 」
詠唱終了と同時に、大司教の持っていた本から、大量の黒い「何か」が空を埋め尽くす程に出現し始める。
空気を震わせ、鳥肌が立つような羽音を立てる何万、何億もの「何か」。
───そして、それらがある一つの姿を形成し始める。
それは………
「『ハエ』………」
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