第二十八話 霧を晴らす光
彼の口から発せられた、人の名と思われる言葉。
「葵どn──」
呼び掛けた時には既に、隣にいたはずの彼の姿無く、疾風となって屋根を飛び降りていた。
団員達も突然飛来した団長に困惑するも、すぐに平静を取り戻し、事のあらましを伝えている。
「あの勇者のお二人が、『報酬はどうした、何故受け取ることが出来ない』と仰って、大司教様のいらっしゃる大聖堂の前で戦闘となり、『報酬』というのが我々も何であるかは分かりませんが、大司教様は『目的の当人が、処刑の途中に脱走した、との情報があったため、報酬は保留とする』と伝えられたそうで……」
「それで、騒ぎを起こしたと?」
「はい……それを聞いた勇者様方が大変お怒りになられ、直接乗り込もうとした所、大司教様を護衛している騎士団と揉めたらしく、我々はその仲裁に入っていたのです」
「それで、なんで副団長が倒れているんです?」
「それが、彼らの起こした騒ぎを抑え込もうと、副団長殿が先にお一人で向かわれ、それで……」
「……了解しました、ありがとうございます」
「いえいえ……あの、そちらの方は?」
「友人です」
淡々と会話が続いていく中、雪人と昌佳の声が響く。
「早く例の報酬を渡せ!さもなくば、この首都ごと火の海に沈めるぞ!」
「こっちは時間に余裕が無いのですよ!あなた達のような暇人とは違ってね!」
今まで聞いたことも無いような、荒々しい声が俺の脳内に響く。
本当に何かがおかしい。いつもの二人であれば、互いに揉めることはあれど、冷静さを失うようなことは無かった。
なのに、今の二人からは、まるで自我を何処かに落としてきてしまったかのような雰囲気さえ感じる。
それに、あいつらはあろうことか、女性に手を出した。
いくら友達でも、許せないことだ。
ヲタクとして、紳士として、人として、あいつらは犯してはいけないことをした。
「もう、ケジメを着けなきゃいけねぇな……」
そう呟いた俺を横目に、葵は「良いのか?」と聞く。
ただ一言「ああ」とだけ返し、彼の横に立つ。
「ごめんな、葵ちゃん。俺んとこの馬鹿がそっちに迷惑掛けちゃって……」
「いや、君のせいじゃない。僕ももっと早く戻っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。僕にだって、責任はある」
口ではそう言いつつも、確かな怒りを露わにする彼を見て、自分も覚悟を決める。
戦わなくてはならない。
友と戦うなんて、本当ならあってはならないことだ。でも、あいつらが本気で俺を殺しにかかったのも事実。ならば、こちらもあいつらを殺す気で行かないと、こっちがやられる。
友人を止めたい。
「雪人!!! 昌佳!!!お前ら何やってんだよ……!」
「し、柊馬!?貴様何故ここに……吾らの報酬を保留にされたのも、お前のせいなのだぞ!何故処刑されなかった!」
「あなたが捕まっていれば、小生らは大いなる力を手に入れていたかもしれないというのに……!」
「お前らの言う通りになってたまるかよ、馬鹿野郎。『報酬』だか『力』だか知らねえがな、俺は絶対に元の世界に帰るって決めてんだよ!リアタイ配信見逃したら、どう責任取ってくれるんだ!?」
雪人と昌佳は各々の専用武器を持ち、それに対し俺と葵も武器を構える。
「全てを切り裂くぞ、『マジェスティ』!」
「黒く染め上げましょう、『スカジ』!」
「共に往こう……『凪一文字』!」
「いくぜ『
闇夜を、煌々たる橙赤色の光が照らし、それに呼応するようにバスターソードが、黒き双剣が、そして日本刀を模した刀剣が、それぞれの刀身から個々の輝きを放つ。
俺は昌佳と、葵は雪人と対峙し、互いに相手の出方を
「葵よ、本当にそちら側で良いのか?吾らは共に勇者として召喚された身。であれば、こちら側に付くというのが筋ではないのか?」
「悪いな、海崎君。僕はもとより柊馬の味方だって決めてるんだ。……それに、うちの副団長が世話になったみたいだしね」
「そうか……では気兼ねなく相手が出来るというものだな!」
二人はそう言うと、互いの剣術をぶつけ合い始めた。
「───これで、戦うのは二度目ですね。柊馬殿……いや、花宮柊馬」
「そうでござるね、昌佳殿。拙者もあまり、友と剣を交えることは避けたいのでござるが、そうも言っていられなくなっているでござるし」
「では、こちらも手短に始めましょうか」
「……うむ」
=====
自身の気配を瞬時に消し、相手の死角から例の『黒霧剣術』とやらを見舞う。というのが戦闘スタイルらしい。
あいつの出す霧には激痛を伴う術が付与されているらしく、スキルとの相性はバツグンだ。
霧には認識阻害の効果も付与されているので、俺もあいつが真後ろに立っているまで、気付けなかった。
確か、あいつが言っていたスキルの名前は……『影潜み』と言ったか。
───そう、今まさに黒き霧が支配している戦場に、俺は居る。
「 【黒霧剣術:
ヤツの体から大量の霧が放出され、俺の視界からは何も見えなくなった。
以前の激痛が、俺の体内を蝕み続ける。
普通にコンディションは最悪、メンタルも衰弱気味。追い打ちをかけるように、激痛の走る継続ダメージ系のスキル……。
「最ッ悪でござる……」
「こっちは、とてもとても最高ですよ!花宮柊馬ァ!」
なんてハイテンションだ。
そういう快楽主義者は、エジプトのカイロで一生陽の光に当たれない人生を送ってしまえばいい。
「戻ってくるでござる、昌佳殿!! 【閃光剣術:
これまでの鍛錬で身に着けた技、それが『桜華』である。
文字通り「桜」をイメージした技だが、元の世界でいう『桜華』というサビ技には、ちょっとしたテクニックが必要となる。
「弥七」と言って、腕が頭の上を通過する際に手首を回転させることで、頭上に円を描くという小技だ。
だが、この小技は他の技にも良く用いられる技であり、完璧に引き出すことができれば、より多くの技へと発展できる。
桜風が美しく、優雅に、そして───強く、全てを包み込むように吹く。
光によって形成された桜の花弁が、斬撃となって、風と共に舞う。
光の華はやがて、暗く沈んだ世界を照らしはじめ、遂には完全に
同時に昌佳の体を、桜風が抉っていく。
「ぐっ……!何故……、何故に何故に何故に………!」
「余所見している暇など無いでござるよ! 【閃光剣術:
今まで打った中でも最速の突きを放つ。
筋肉の瞬間的な収縮と、未だ体内に残留する黒霧に心身共にへし折られながらも、昌佳目掛けて技を放つ。
……だが、俺は躊躇した。
自らの手で友を殺すことに、一瞬
「本当に、甘いですね……。 【
視界からヤツの姿が消え、俺の
だが、内心安心していた。詰めが甘いことを恨みつつも、昌佳を殺すことができなかったことに、酷く安堵を覚えていた。
だが、ヤツは今どこにもいない。
姿を捉えることさえできない。
対応出来なければ死ぬ。体内に直接黒霧を食らったら、今度こそ死ぬ。
見極めろ、落ち着け……。
どこから来る、どう対処する……。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……… ─────。
「………いや、動け」
「もらったァァ!」
俺の右の横腹を正確に狙う昌佳が見えた時には既に、俺の体は動いていた。
「 【閃光剣術:
広範囲の射程距離を持つ、炎を纏った神を模す技。
そして、技の中でも魔力をバカ食いする大技。
全方位を範囲内に収めるこの技を前に、ヤツの持つ双剣は見事弾き飛ばされ、虚空へと舞い上がった。
「………ッッ!」
困惑の顔を見せる昌佳の喉元に、赤橙色の燃えるように輝くプラズマを突き立てる。
「終わりでござる……昌佳殿」
「あ、あぁ……ああ………いやです、辞めてください……死にたくない!小生らは友人でしょう!?」
先ほどまでDIO様気取りだった奴が、途端に青ざめた顔で、震える口調で、必死に命乞いをしている。
こいつは、本当に友達だったのか……?
今まで積み上げていたものが、一挙に崩れ落ちていく音がした。
「……残念でござる」
俺が覚悟を決め、プラズマを振り下ろそうとしたのと同時に、奴の口元には不気味な笑みが貼り付いていた。
「残念ですよ、花宮柊馬」
「何を言って………ガフッ───」
足元を見る。
血………?
いや、待て。
奴の武器は確かに両方とも弾き飛ばしたはずだ。
何故だ……?
おかしい。
背中を灼かれるような痛みがあることに気づき、背面にある「それ」を見る。
黒色ベースに、紺色のグラデーションが成されたヤツの双剣……。
「マジで、ござるか……」
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