第二十七話 友と親友

「そんなことが……」



 俺は今まで自身に起きたことを、処刑場からダッシュで逃走しながら、包み隠さず全て話した。


 転移したのが森の中で、同族に共食いされそうになったこと。天使みたいな娘と運良く巡り会えたこと。そして、その子との生活を共にしたこと。ケモミミロリに、ここまで連れ来てもらったこと。


 ──そして、雪人と昌佳に裏切られたこと。


 彼は俺の話すことを真剣に聞いてくれていた。

 話している最中、時に笑い、時にツッコミを入れてくれて……その姿は、小学校まで一緒だった俺の知る、彼の人物像そのものだった。


 そして、全てを話し終えた時、彼は顔を曇らせていた。

 同時に、「彼らが、そんなことをするようには見えなかった」とも言った。


「すまぬでござるな、こんな暗い話ばかりで」


 俺は砕流夢サイリウムの副作用で「いつもの語尾」になっているし、葵ちゃんのことを「葵殿」なんて呼んでいるが、彼はそんなことを気にするタマでは無かった。


「いやいや!話してくれてありがとう。僕のことを信用してくれてるんだろう?だったら、こっちだって腹を割って話したい。あの頃みたいに」


「そう、でござるか……」


「それに……」


「ん?」



「実は、僕……今、んだよね……」


 走りながら、彼が苦笑を浮かべて、実に話しにくそうな雰囲気を作る。


「それは、何からでござる?」


 彼ほどの者が、一体何から逃げると言うのだろうか。

 外観からしても、かなりの実力者だと思うのだが。


「その───……騎士団から」


 コイツ、やりやがりましたよ。

 とはどういうことだい?


「えと、しばし待たれよ……状況が掴めぬでござる」


「えっと、僕は今『白龍の紋章』っていう騎士団で、団長を務めてるんだけど、その……皆の隙を見て逃げちゃってね……」


「その騎士団は今どこに?」


「この街に来てから逃げ出したから、まだこの街に……」


 …………huh?


 何言ってんだろう、この人。ヤダ怖い。


 益々何言ってるのか分からない。

 ていうか、騎士団の「団長」って……。

 脳内コンピュータが処理落ちして、フリーズしてやがりますよ。


 でも、そんな超良さげな待遇であるにも関わらず、逃げ出したってことは何かしらの理由があるのではなかろうか。


 例えば、残業代払ってもらえなかったとか、労働環境が悪くていじめられるとか、上司がウザいとか。

 大人の世界は良く分からないが、そういうので心が折れるというのはよく聞く話だ。


「何か、理由があるのでござるか……?」


 思い切って、尋ねてみる。

 一度腹を割って話すと言ったからには、もう踏み込むしかない。

 空気が読めない奴なのは重々承知の上で、俺は聞く。


「その、えっと……」


「あ、別に言いたくなければ、言わなくて良いのでござるよ!?」


「そう、だね……」


 どうやら、余程思い詰めるような事があったらしい。

 俺は誇り高き豚として、それ以上のことは聞かなかった。


「──あ、あれ出口じゃない!?」


「そうでござるね!」


 葵の指差した方向に、以前俺がここにぶち込まれる時に通った門が、確かにあった。


 俺たちは各々の全速力で、処刑場から脱出を謀った。



=====



──シルツェンベルク内某所──



「あー疲れた!久々に走ったなあ!」


「はぁ……はぁ……、良く、、そんなに、走れる、、な……」


「まあ、前世?元の世界では、普段から走ってたしね」


「へえ、高校は何部?」


「剣道部」



 こ、コイツぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!

 心も体もイケメンな上に、部活までイケメンなのか!?(←は?)

 イジメか!?虐待なのか!?(←違う)


「柊馬は?」


「お、俺……?」


 ッッッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………。


 言えるわけがない。部活などというなぞで、自分の時間を取られたくないからと、放課後に慌ただしく奔走する部員達を横目に、ヲタク話を展開させていた「帰宅部」だなんて……。


「え、えっと……」


 言葉に詰まる俺に、イケメンは哀れな豚メインターゲット目掛けて、容赦なく撃龍槍(from モ◯ハン)をぶち込む。


「どうせ帰宅部とかじゃないのかー?」


「デュフォ」


 もう辞めて!俺のライフはゼロよ!

 コイツは優しいのか毒蛇なのか、もう分からなくなってきた。


 昔から、たまに毒を盛ってくる傾向はあったけど、この際もう毒じゃなくてベノムショックだよ。ホント。


「てか、そんなことより葵ちゃん、騎士団には本当に戻らなくて良いのか?やっぱ団長が居ないと、締まらないんじゃないのか?」


「まあ、そうなんだけど……」


 事情があるとはいえ、彼は「団長」という立場にある。

 いつまでも、こうして隠れているわけにもいかないだろう。



「───いたぞ!」


 突然、大きな声が響き渡る。

 それは、俺を牢にぶち込んだ兵士達だった。


「脱走した奴だ!それに、王国騎士団の……だ、団長殿!?」


 あまりにも摩訶不思議なコンビに、驚きの声を上げる兵士達は、何を思ったか安心の色を見せていた。


「これから、そこにいる不届き者を成敗する所だったのですね。これは失礼しました」


「え、あの僕は……」


「───葵ちゃん、目瞑って! 【解放リベレーション】 ッッ!!」


 先ほどよりも少し魔力量を増やして、発光させる。

 真夜中の中、砕流夢サイリウムの橙赤色の輝きが辺りを照らす。

 兵士達の目が眩んでいる内に、俺たちは一気に地面を蹴り、民家の屋根へと飛ぶ。


「目がぁ、目がああぁぁ……!」


「あ、あいつらが居ないぞ!」


「探せ!」


 混乱は嵐のように過ぎ去り、俺たちは一旦助かった。


「危なかったな、柊馬!」


「なんでそんなに楽しそうなんだよ……」


「だって、大人とのかくれんぼって、なんだかwkwkしない?」


「それを言うならwktkだろ……」


 彼は幼稚園時代から、ひ弱でこそあったものの、好奇心は人一倍強かった。

 だからこそ俺と気が合っていたのだろうが、今考えると結構危ない奴である。


 高校生になっても、そういう心を持っていられるのは凄く良いことだと思います、本当に。

 俺なんて捻くれてて、人生を斜に構えて、社会を上から目線で知ったかぶるカスなんでね。


「そういえば、聞きそびれてたけど……その、『ユニークスキル』って、一体どんなのだ?」


 今までずっと疑問に思っていたが、中々聞くのに勇気がいる事だったので言えなかった。

 だが、情報は多い方が良い。ヲタクとしての教訓だ。


「えっと、僕のは『統べる者』と言ってね。通常の『バフ』や『デバフ』といった付与できる系の術の『効果範囲の拡張、効果持続、効力の大幅上昇』の三つを行えるスキル。正直、初めて見た時はハズレ枠かなとも思ったんだけど、このスキルはかなりの汎用性があることに気付けた。だから、僕はこのスキルのお陰でここまで来れたんだと思う」


 なるほど、くまさん退治もあんなに一瞬で、なおかつ俺を持ち上げるだけの筋力と、走力をあれだけ引き出すことが出来たのも、そのチートみたいなスキルの効果だと言われれば納得だ。



 再燃する劣等感と、純粋に凄いと思う二つの感情が渦巻く中、俺の耳に何やら騒ぎのような声が聞こえてきた。


 どうやらそれは彼も同じらしく、俺たちは顔を見合わせると直ぐ様そちらの方向へと、屋根を飛び移りながら走り出した。


 声の方向には黒煙が立ち昇って、空を覆い隠している。

 騒ぎの声が近づくにつれ、それがどうやらによるものだと分かった。


「葵殿、あれは……!」


 葵のマントの下から覗く鎧と同じ模様の入った鎧。

 間違いなく、彼の所属する騎士団『白龍の紋章』の団員が大勢いる。


 そして、彼らが取り囲んでいる二つの人影───。



「雪人と、昌佳………」


 それは、遠目からでも見間違えるはずも無い、俺の『友達』の姿が。


「行こう!」


 一瞬足を止めるも、彼の言葉で俺はまた走り出す。


 あいつら、一体何をやっているのだろうか。

 一体、この街で何が起きているのだろうか。


 現場から一番近い民家の屋根から、俺たちはその光景を見る。

 その瞬間、葵の感情に一瞬だけ、禍々しいほどのを感じた。


「葵殿……?」


 突然の変化に、俺は彼の顔を見ることが出来ない。

 表情こそ変わってはいないものの、それは明らかと言っていいほど、外に現れている。


 その視線の先を恐る恐る辿っていくと、その先には倒れている「一人の団員」の姿があった。


 彼が重たい口を、ゆっくりと開ける。



「ティナ……?」

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