第二十六話 馴染みの「彼」はデキる人

 俺には、幼馴染がいた。

 家も近所で、良く二人で遊んだものだ。


 幼稚園、小学校での六年間、その関係が途切れることは無く、俺達はいつも一緒だった。

 昔は俺もそこそこスリムで、今みたいな豊満ボディとは無縁の存在だったことと、妙に頭の回転が速かったことから、近所では悪名高いクソガキだったのだ。


 その上腕っぷしには自信もあり、幼少期は暴君として君臨していた。


 彼は、そんな俺をいつも「凄い」と言っていた。

 彼───翠川 葵みどりかわあおいは俺よりも小さく、ひ弱な少年だった。


 いつも誰かに虐められているような子で、いつもボロボロだった。

 そんな時は大体俺が、彼の知らないところで、彼を虐めたファ◯キン共に報復しに行き、日が暮れる頃には無傷のまま帰宅し、家でドラえもんを見ていた。


 いじめっ子達の母親からすれば、自分の息子がフルボッコにされて帰って来るのだから、俺という存在は憎しみでしか無かっただろう。

 何せ、自分の息子は「いじめ」なんていう野蛮な事は絶対しない、なのだから。


 だから俺は、死んでも謝るものかと固く自身に誓っていた。

 たとえ母に謝ることを強制されても、俺は絶対に頭を下げることはしなかった。


 俺は孤立していたが、彼だけは違った。


 俺が三歳頃に、元々住んでいた場所から引っ越してきて、初めてできた友達が彼であり、俺たちはすぐに仲良くなった。


 話も合う、同じ話題で何回だって腹を抱えて笑い合える、時には意見の食い違いもあって口喧嘩もするけれど、次の日には何事も無かったかのように挨拶を交わす。


 いつも何かをする時は、先頭を俺が行き、後ろから付いてくる形で彼がいた。

 二人がいれば最強で無敵だと、当時は本気で考えていた。


 ───その時までは。



「僕、私立の中学校に進学しようと思うんだ……」


 そう告げられたのは、小学生最後の夏。六年生の時だった。


「え?し、私立……?」


 一方、俺は勉強なんてしていなかったから、中学は地元の公立校に行くことが決定していた俺は、毎日遊び呆けては、馬鹿ばかりやっていた。

 だからこそ、その言葉は俺に大打撃を与えたのだ。


「この辺に私立中なんて無かった、よな……?」


「うん……中学受験をしなくちゃいけないし、その為に塾とか行かなくちゃいけないから、都内の方にことにしたんだ……」



 そこには決して「喧嘩別れ」だとか、「すれ違い」なんていう個人間の問題は絡んでいなかった。

 ただただ、「引っ越しをする」というだけの事実に、俺は何も言う事が出来なかった。


 俺の住んでいた地域はド田舎とまでは言わないが、地方の住宅地程度の発展しかしていなかった。

 彼は元々成績も良く、要領の良い少年だったから、この土地には向いていないのだと頭では分かっていた。


 ──分かっていたはずなのに。



「好きにしろよ………」


「え……?」


「何処へでも行けよ!もう良いだろ、別に!」


 そう言って、俺はその場を走り去った。

 俺よりも小さな少年を見捨てて、俺はその場を去ってしまった。


 その時俺は、どんな顔をしていただろうか。思い出したくもない。



 それからの半年間は顔も合わせない日が続いた。

 彼はその頃、俺のことをどう思っていたのか、今でも分からない。


 程なくして、彼は引っ越していった。

 お別れの当日、母が見送りを勧めてくれたが、俺はそれを全力で拒否した。顔を合わせたくなかったのと、合わせる顔も無かったのが理由だ。


 それから先のことは知らない。

 彼がどんな生活を送っているのかも、どこの学校に通っているのかも……。


 だけど分かる。



 今、俺の目の前にいるのは、紛れもなく俺が初めて『親友』と呼べた幼馴染だということが────



=====



「来てくれたんだね………葵ちゃん……」


「何言ってんの!『親友』のピンチに駆け付けるのは、ダチとしての責務だろ?」


 涙で顔面がぐしゃぐしゃになっている豚に、イケメンナイスガイはそんな言葉を掛ける。


 そして、俺よりもずっと高身長で、俺なんかよりもずっとナイスなボディで、かつ黒髪ショートが妙に似合う超絶好青年は、泣きっ面の俺に屈託のない笑顔を向けている。


 まるで、あの時俺が言った言葉をすっかり忘れているかのように。


 思いっきり遊んで、思いっきり笑って、思いっきり喧嘩した彼の──の姿が、そこにはあった。


「とりあえず、このくまさん倒せば良いのかな?」


「あ、あぁ……」


「おっけー、任せて!」


 先ほどの一撃を、肩で諸に受けてご立腹・巨大くまさんは、ヘイトを葵ちゃんに向けたかと思うと、唸り声を上げながら突進を始めた。


「グルルルルルゥゥゥアアア!!!!」


「中々硬いな……。 【汪碧おうへき剣術:霽月時雨せいげつしぐれ】 」


 彼の周りを透き通った清流が包み込み、浮遊する水を従えてくまさんを迎え撃つ。


 すれ違いざまに、目で追えぬほど高速の連撃を何発も叩き込まれ、くまさんは遂に成す術も無く、地に頭を付けた。



「──大丈夫か?柊馬」


「お、おう……ていうか俺って良く分かったな。昔みたいに、スリムバディじゃないのに……」


「なんていうかな……『勘』って、やつ?」


 こいつはどこまでイケメンなんだろう。


 「眉目秀麗」という四字熟語が良く似合う整った顔立ちに立ち振舞、それを強調するかのような、紅色をしたベルベットのマントが、なんとも「騎士」の風格を際立たせている。


 しかし、彼の持つ剣は「剣」というより「日本刀」に近い武器で、美しくしなやかに曲がった刀身は、剣の素人でも綺麗だと思ってしまう程だ。


「ん……??」


「えーっと……あー、そのぉ……」


 観客のさっきまでの「突然の乱入者に度肝を抜かれた驚き」とは、驚きが、周囲をざわつかせている。


「あ、あれ、『勇者様』じゃね……?」


「そう、だよな……俺も思った」


「私も……」


 そういえば、俺が病みかけだった時に、ちょうどこいつに良く似たイケメンナイスガイを凄い強そうな騎士団と一緒に見かけた気が……。


 観客の盛り上がりが、より一層顕著になる。


「──柊馬!ここは一旦、逃げるよ!」


「は、はぁ!?おい、ちょっっ……!」


 そう言って走り出す彼の背中に、俺は「盗られた武器が無いと、力が使えない」という旨の話をすると、最近やっと70kg台に乗ってきた俺を担ぎ上げ、猛スピードで走り出した。


 俺を持ち上げることが出来たのは、こっちに来てからこれで二人目となる。


「で、どっち!?」


「あっちだ!」


「おk!」


「『おk』って……」


 薄汚いパンツ一丁の豚を抱えて走る聖騎士様………。


 なんという構図、これを「芸術」と言わずして、なんと申しましょうか!

 これを「芸術」と言わずして、なんと申しましょうか!(大事な事なので二回言いました)



 こ れ は ひ ど い


 私は断じて、羞恥心を煽って楽しむような変態趣味は無いのです。

 そう、無いのです。


 途中、監視みたいなのが居たような、居なかったような……。


「多分盗られてるとすれば、中央の監視塔みたいな所だと思う。俺がここに来る前に、チラッと見えた建物」


「りょ」


 う、うーん……?何か現代っ子というより、少しズレてる気が……まあ、いいか。


 それから数十秒で、監視塔に到着した。


「は、速いな……葵、ちゃん……」


 何故か、担がれていただけの俺の方が息を切らしていて、彼はなんとも涼しげな顔のままである。


「僕は、を扱えるからね」


?」


「そう、僕の『ユニークスキル』」


「そっ、か……」


「?」


 俺の抱いている劣等感に、全く気付いていない彼は、何の曇りも無い表情をこちらに向けている。その無垢さが、俺の醜い心を更に抉った。



「──お、あった!」


 ようやく目当ての物を見つけ、俺は安堵を覚える。

 探索中、監視みたいなのが居たような、居なかったような……。


「探しものって、それ?」


「ああ、俺を《肯定してくれる》武器なんだ……」


「そっか」


 自分でも可笑しなことを言ったつもりが、意外なほど納得してくれる彼に疑問を抱きつつも、俺は衣服と砕流夢サイリウムを身に着ける。


 さて、ここからどうしたものか……。


 雪人と昌佳には、「裏切られた」って認識で良いんだよな……。

 ……ってことは、葵ちゃんも例外では無いのではないか?

 どうしても、そんな不安を拭いきれない。


「大丈夫?」


「あ、うん……」


 言っても良いものか。

 俺が転移してから、今まであったこと全て。


 でも、きっと今の俺を分かってくれるのはコイツしかいないと、「俺」が言ってる。


「──腹、括るか…」


「柊馬?」



「葵ちゃん───俺さ……」

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