第二十五話 イケメンってのは、いっつも良い所を持ってくもんだよな

── 柊馬視点 ──



 俺は今日、


 単に「処刑」と言っても、ギロチンだとか火炙りだとか、そんなのじゃない。

 もっと凶悪で、もっと醜悪な処刑。


 それは当人からすれば紛れもない「処刑」であり、また他の者からすれば……

 

 『娯楽』だ。



=====



「この…………どもが……」


 怒りに任せて、俺は口を滑らせた。

 それは、口にしてはいけない禁句タブーであるというのに。


 言い終えてから一秒も経たない内に、俺の左頬は鋭い痛みを訴えていた。


 同時に、何が起こったか訳が分からないままの俺は、3m程後方へ吹っ飛んでいた。


「ぐはっ……!」


 それが雪人から放たれた右ストレートであると気付くのは、難しいことではなかった。そのくらいのことを、彼らに言い放ったのだから。


 机に後頭部がぶつかり、鈍痛が走る。

 雪人が低く、そしてはっきりと言った。


「表に出よ……柊馬」


 ここは店内だ。話を着けるなら、まず外に出なければ。


 二人の後に続き、殴られた頬を擦りながら俺も外に出る。

 薄暗い路地の中に、殺気と緊張が入り混じっていた。


「柊馬、吾等が共に道を歩むと誓った時、交わしたことを覚えているか?」


「あぁ……『誰一人として、ヲタクを辞めることなく、推しだけをただ愛する』、だったな」


「貴様はそれを、今この時をもって、無かったことにしようと言うのか?」


「柊馬殿……!小生らと共に歩みましょう!きっと、この世界でも上手くやっていけるはずです!」


「俺は、元の世界に戻りたい……。本当に推しを応援したいという気持ちがあるなら、お前たちだって戻った方が良いんじゃないのか?」


「なら、どうすれば戻れる?何か戻れる確証でもあるのか?」


「戻ったところで、小生らのような者達は他の人々からSAN値を削られるだけです!それに、この世界でなら、剣の腕が立つだけで周りからチヤホヤされるんですよ?今更『二次元』に戻る理由などどこにも……!」


 昌佳の言っていることは分かる。確かに、この世界は美少女ばっかりだし……俺に至っては、リルという天使と時間を共にした経験すらある。


 でも、それを理由に俺の信念を曲げるなんて出来ない。俺の古参勢としての人生を否定されるなんて御免だ。

 今こうしている間にも、あの子は配信しているかもしれないのに……。


 アーカイブや切り抜きなんて見たくない、リアタイで配信を見るから価値があるんだ。もしかしたら今日はASMR配信をするかもしれない、それか新衣装のお披露目があるかもしれない、そのwkwkこそが、ヲタクの原動力なのだから。


「………わりぃ」


「そうか……」


「そうですか……」


 こいつらの提案を拒んだ途端、二人の顔色が変わった。

 俺はその異様な空気感の変わりように、思わず腰のベルトに付けてある鋼の棒に手をかける。


「実は……吾らは『ギルド』に加入していてな。そのギルドを運営している『議会』とやらから、現在進行系で依頼を受けている所なのだが……」


「その依頼が、その……『という人間を捕らえよ』とのことでして……」


 一瞬、二人が何を言っているのか分からなかった。

 俺が狙われている……?馬鹿な、何もやらかした覚えなんてないぞ。


 強いて言えば、リルの仕事の手伝いをしたくらいで……でもそれは、ギルドにとっても利益となるはずだ。


「なぁ柊馬よ。吾らと共に来ないか?吾らには力と発言力がある。だから、話せば許してくれるかもしれぬだろう?」


「雪人殿の言う通りです。柊馬殿、少しの辛抱ですから……小生らと行きましょう」


「………何を言われた?」


 いつものこいつらじゃない。どこか、焦っている様子が伺える。


「わりぃな……お前らと一緒には行けねぇ」


「そうか……」


 吹っ切れたように、二人の顔から迷いの色が消える。

 そして、俺を明確な敵と認識したのか、各々が佩帯はいたいしている鞘から艶のある輝きが覗く。


 友情ってのはいとも簡単に崩れ去るものなんだな、なんて張り詰めた緊迫感の中でそんなことを思ってしまう。


「……… 【解放リベレーション】 」


 両手に構えた棒に魔力を注ぎ、片脚を一歩後ろに引く。


「それは……サイリウム、か……?」


 その問いに、無言でもって返答する。


 雪人の武器は、大剣と直剣の間を取ったような「バスタードソード」とも言うべき、幅広なブレードを携えた銀色の剣。

 つばの部分には深緑色の文字が刻まれたルーンの宝石が嵌め込まれている。


 一方、昌佳のは俺と同じような双剣タイプの武器だが、かなり短く、何より

 鍔や柄は勿論のこと、剣身に至るまで、黒と紺がグラデーションとなって剣全体に不気味に馴染んでいて、かなりの異質さを感じる。


 砕流夢サイリウムによって路地裏が照らされ、互いの影が伸びている。


 何処からか水滴が地面に落ちる音が、戦闘の合図となっていた。



「 【閃光剣術:村正ムラマサ】 」


「 【残空剣術:帯刃十文字たいじんじゅうもんじ】 」


「 【黒霧剣術:宵霧ヨトゥン】 」



 三つの技が同時に放たれる。

 一つは輝き、一つは空を裂き、一つは周囲を闇へといざなう。


 そして、変則的な斬撃が二人を掠めた後から、雪人の放った衝撃波ソニックブームが俺の肩を掠めた。

 どうやら、あいつの剣術はことが出来るらしい。



「……!?」


 雪人から食らった痛みとは、また別の痛みが瞬間的に俺を襲う。


 それは、周りに充満している黒い霧によって成されたものだった。

 体内を蝕まれているような、全身を切り刻まれるような、そんな激痛が走る。


「流石ですね、これを食らって立っていられるなんて……」


「おい昌佳!それは吾にも危険が及ぶから、止めよと言ったであろう!」


「すいませんね、ですが念には念を入れた方が良いでしょう?」


 痛みが継続的に俺の体を傷付けながらも、俺はもう一度砕流夢サイリウムを構える。


「辞めておけ。これ以上動けば、本当に死ぬぞ?」


「忠告感謝でござる……。しかし、拙者はまだ立っているのでござるぞ……?」


「そうか……」


 俺は次の技を放とうとし───結果、それが叶うことは………無かった。


「 【黒霧剣術:暗荒カーラ】 」


 音も無く、俺の後ろに移動していた昌佳に俺は気付くことなく、絶え間ない連撃によって滅多切りにされたのだった。


 砕流夢サイリウムで身体強化をしているとはいえ、想像を絶する痛みが脳を通じて全神経へと流れていた。


「ガハッ………!」


 それから先のことは覚えていない。


 何やら雪人と昌佳の口から「司教」という言葉が出ていた気がするが、その時の俺には、地面に臥すことしか出来なかったのである。



=====



 ───んで、今俺の目の前には、超絶デカくて角とか生やしやがったが立っているというわけだ。


 場所は元の世界でいう「コロッセオ」に近いような場所で、まるで刃牙の大擂台賽で使われたような作りの建物だ。観客もギッシリ。

 俺、地上最強でも、海王でも無いんですが……。


 これが中世の……というか、このファンタジー世界でいう「処刑」ですかい、あーそうですか。

 ……悪趣味にも程がある。


 どうやら、あいつらは俺を「司教」とやらに突き出したらしいが、あいつらこの国とどういう関係で繋がってやがる……。


 身ぐるみを剥がされ、武器すら無い俺がどうやってこんなバケモンと戦えと言うのだろうか。やっぱ頭おかしいんじゃねえのか、この国。

 いっそのこと、このまま諦めて食われるというのも、せめてもの逆張りになるかもしれない。


 とにかく、生身でこんなのと戦えるハズが無い!


「──というわけで、することと言えば……」


 逃げる!


 俺は走った。

 出血多量で、酸素もまともに入ってこないような最悪のコンディションで走った。



 ……つもりだった。


 無論、手当もせずにそのまま処刑に駆り出されて、その上羞恥心に苛まれる俺に走れる気力なんて残っているわけがなく、俺は足がもつれて頭からぶっ倒れた。


「グルルルルルゥゥ!!!」


 お腹、空いてるのかな……?

 

 終わった。

 ありがとう、異世界。ありがとう、皆。


 お母さん、お父さん、いつも気遣ってくれてありがとう。

 最近ちょっと反抗期気味だったけど、決して嫌いとかじゃ無かったよ(クソババア、クソジジイとは言ったけど)。


 ごめん、親不孝な息子で。彼女の一人も出来ないようなチー牛で。


 巨大熊が迫ってきている。観衆の盛り上がりはクライマックスに達しようとしている。

 俺は既に、全てを諦めていた。


 ───でも、もし生きられるのならば……生き残れるのなら………



「まだ……死にたくねぇぇぇぇ!!」


 喉を震わせられるだけの最大音量で、みっともない事を言う。

 いつぞやのように、俺の強化された肺活量で同じ事を、言う。



 ───────────



「 君は、まだ死なないよ───『柊馬』 」



「え………?(泣)」


「 【汪碧おうへき剣術:波濤濫觴はとうらんしょう】 」



 突如現れたそのイケメンナイスガイに、俺は確かに


 久しく会うことの無かった、その人物は───


「あ、………!!?」


「遅れてごめん、──── 柊馬」

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