第二十四話 もう一人の転移者③

「本当ですか!?学園長!」


 カイのテンションが更に上がる。

 でも僕にはそれが、虚言のようにさえ思えた。


「偽る必要も無かろう。君達は歴代の生徒の中でも、異例の存在だ。主席と次席、共に騎士団に入団するには十分だ」


「しかし、それでは先輩方が納得しないのでは……?」


「年功序列など、くだらぬ物だとは思わぬかね?実力ある者が上へ行く、それが自然の摂理だと、私は思う」


 理解出来なかった。確かに、僕はユニークスキルも固有の剣術も保持している。だけど、自分なんかよりも先輩達の方がよっぽど剣の腕が立つはずだ。

 未熟な自分なんかよりも、ずっと戦場で成果を挙げられる人達なのだ。


 早く騎士団に入れるというのは、確かに美味しい話だ。だけど、今の自分では完全に実力不足だと痛感している。


「どうした、不満かね?」


「そうだぞ!こんなチャンス、二度と来ねぇかもしれねえのに」


「………」


 少しの間返答に迷い、やがて口を開いた。


「やります────やらせてください」


「良い決断だ」


 こうして、僕は『白龍の紋章』の団長として就任することとなった。

 無論、このような事例は王国史上初であり、僕達は最年少で『団長』と『副団長』の任に就いた。


 例の異形は、今僕達のいる王都から東側にある沿に現れたそうだ。

 数日の内に、討伐へと赴くそうだ。僕達も早急に準備を進めるようにと言い渡された。



=====



「二人とも、聞いたぞ!正式な騎士として認められたって」


「お前ら凄いな!史上最年少で『白龍の紋章』に入団かつ、団長と副団長になるんだってな!


「尊敬するぜ〜、


「てめぇら、余計な言葉が多いんだよ!」


 クラスメートが口々に称賛の声を掛けてくれる。カイはとても不服そうな顔をしているが、内心とても喜んでいるに違いない。

 騎士になりたいという思いが一番強かったのは、紛れもなくカイだったのだから。


 彼の父親はかつて『白龍の紋章』の団長を務めていたらしく、その父親の背中を追ってるカイもまた、剣の道に生きると決めたそうだ。


 王国の保有する騎士団は『白龍の紋章』だけでなく、色々な騎士団が王国内の領地に存在するが、特に実力派の揃う精鋭部隊がそれだ。


 『中央大陸議会』が運営しているギルドとは、あまり馬が合わないようで、どうしても冒険者の集まるギルドに、騎士は近づきたがらない。


 まあ、プライドを重んじる騎士と冒険を求める冒険者で気が合わないというのは分からないでもないけど……。


 しかし、王国自体が議会と強く癒着した状態にあり、その実態は謎に包まれて入るものの、議会の発言力や権限はかなり強いとのことだ。


 同級生の噂を小耳に挟んだだけの情報だけど、こっちの事を何も知らない僕にとっては全てが有力になる。たとえそれが、生徒間の恋バナでも……。


「なぁ、お前からもなんとか言ってくれよぉ……」


「はいはい、騎士になれて嬉しいんだよね。分かるよ」


「ふざけやがって!この野郎!」


「ウワーコワイコワイ」


「待てゴラァ!」


 ふざけて教室内を走り回る。

 それを微笑ましく見守る男子、呆れた様子で観察している女子、そして無言で仁王立ちをし、殺気立ったオーラを放つティナ……。


「何か言い訳は?」


「「何もございません」」


「はぁ……あと数日で騎士になる二人が揃って何馬鹿なことしてるんですか……」


「面目ねぇ……」

「ごめん……」


 僕らよりもずっと身長の低い彼女は、いつも大きく見える。それはきっと血の滲む努力と、怠らない研鑽あってのことだろうと確信している。


 彼女が人一倍、いやそれ以上の苦労をする理由、それは明確だ。


 彼女は、ティナはからだ。


 どこまでも基本の型に忠実で、かつ自分の剣術を持たない。


 剣術を持たないこと自体はおかしいことじゃない。誰しもが使える技術では無いからだ。だけど、この学園に通っている生徒の大半は何かしらの剣術を持ち合わせている。


 だけど、彼女はスキルこそあれど、剣術を持たない。

 それでも学年で三番目の実力の持ち主である彼女は、ある意味では僕やカイ以上であると言える。


「ちょっと……聞いてるんですか?」


「ん?ああ、ちょっと考え事してた……」


「はぁ……ま、頑張ってくださいね。私も一緒に入団したいところですが、今は叶いそうに無いので……。でも、いつか絶対に追いついてみせますから!」


「うん、お互いに頑張ろうね」


「ボソッ(いつになるのやら、分かんねぇけどな)」


「カイは黙っててください」


「すいません……」


 こうして、僕とカイは正式に入団を認められ、異形の討伐へと出発するのだった。





=====



── 王都より東部の沿岸にて ──




「ごめん、カイ……ごめん………!僕の、僕のせいで……」


 僕の目の前には、陽に照らされて光っている、紅い海が広がっていた。


 もう誰の物であるかどうかさえ、分からない。


「嫌だ……嫌だ……いやだ、なんで……僕なんかを………」


 涙と充血でぐしゃぐしゃになった視界の中、カイに向かって必死に言葉を投げる。


「カイ!!なんで………、父親のような立派な騎士に……なるんじゃ、なかったのか……!?」


 僕らの傍らで、黒い塵となって消えゆく討伐対象バケモノが、今はただ心の底から憎らしい。


 ……いや、違う。本当に憎らしいのは自分だ。この僕だ。


 

 ───カイは、僕を庇って死んだ。


 騎士の皆も多く犠牲となった。僕は団長としての責務を、全う出来なかった。

 先輩達は、僕やカイが敵にダメージを与えるための囮や陽動を、自ら買って出てくれた。


 その結果、先の騎士団では倒せなかった相手を打ち倒すことが出来た。

 それでも……僕はあまりにも多くの物を、一度に失った。


 この世界は、あまりにも残酷過ぎた。

 自身は異世界人だからと、なんでも出来るのだと、錯覚し、勘違いしていた自分が、少なからず心の中に居た。


 でも、決してそんなことは無かった。ただ残酷で、容易く奪われる。

 いっそのこと、全てを投げ出してしまいたい。そんな気持ちになるのは当然だろう。


「でも、それは……『逃げ』なんだよな……カイ」


 僕や、残った騎士達は、王都に帰還した。

 次の命を受けるために。



=====



「今回の出陣、ご苦労であった。初の実践にしては、上出来過ぎる戦果だ」


「……はい」


「カイのことに関しては……残念だった。彼も優秀な子だったのだがな」


「……はい」


「今はまだ、上からの命を受けていない。寮でゆっくり休むと良い」


「……はい」



 それからというもの、僕は自分の部屋に引きこもった。

 カイと一緒に過ごした部屋。僕は何かが壊れたように、空っぽになった。


 時折、クラスメートや先生が声を掛けに来てくれたが、それらに返事をすることは無かった。


 そして、それはティナも同様だった。


「───カイだけでなく、あなたまでもが居なくならないで良かったです……。カイだって、きっと、あなたと騎士団で活躍出来たことを、誇りに思っているはずですよ!」


 どんな励ましの言葉も、慰める言葉も、今の僕にはどれ一つ届かなかった。


 彼はこの世界の住人で、僕は違う世界の住人。ただそれだけの関係だと思っていたのに。

 その人は、いつの間にか大切な存在となっていた。


「失ってから分かる、か……」


 無性に笑えてきた。


 笑って笑って笑って笑って……………            ─────泣いた。



=====



「『神聖国ランゼリオン』、ですか……」


「そうだ。あの国とは昔から仲が良くてな。司教が治めている国で、とても美しい所だよ。……まあ、財源カネに貪欲な者たちではあるが」


「そこで何をしろと?」


 少し棘を含んだ言葉を、学園長に返す。


「君には『白龍の紋章』を率いて、ランゼリオンの最高権力者である『メイエス大司教』との交渉の席についてもらいたい。就任して早々、かなりの大役を押し付けてしまうが、やってくれるかね?」


 やれと言われれば、やる他無いだろう。しかし、今の僕には力を追い求めることしか見えていなかった。もっと強く、大切な人を守ることの出来る力を……。


 ティナが新しい副団長になったと知ったのは、それから間もなくのことだった。


 いつまでも空白の埋まらない僕を励まし続けてくれた彼女だが、僕はまたしても何一つの返事さえ返さなかった。



 ───そして、


 ランゼリオンに入国し、首都『シルツェンベルク』に入った僕達は、歓声を浴び続けた。覚悟が決まったのは、その時だったかもしれない。

 騎士たちが夜中、寝静まったのを確認してから僕は───


 逃げた。


 当然行く当ても無い中、夜道を走った。素顔を隠して走った。


 大きな塔のような建物の周りで、人々がざわついている。何かお祭りでもしているのだろうか。

 その人混みに乗じようと、僕は流れに身を任せて吸い込まれるようにその塔に入った。


 そこは闘技場のような場所だった。


 観衆の視線と同じ方向に目を向けると、そこには大きな獣と人の姿が円形のフィールド内で決闘をしていた。


 そして、僕は驚愕した。


 何故なら、その人は僕の人だったから───。




「柊、馬………!?」

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