第二十三話 もう一人の転移者②

「……い、おい……!起きろ、遅刻するぞ!」


 ぼやけた視界に、赤髪のツンツンヘアーが見える。


「んぇ……?あぁ、ごめん!そうだね行こう」


「まったく……。お前、優秀なくせして寝坊なんて、目も当てられねーだろーが。ほら行くぞ!」


 急かされて、慌ててベッドから飛び起き、数秒で支度を済ませる。


「君だって優秀じゃんか」


「言うなよ……お前が言うと皮肉に聞こえる」


 寮内を爆走する僕達は、広場目指して突っ走っていた。


 そして────



「……遅いですよ、二人とも!」


「わりぃティナ、勘弁してくれや」


「すまない……僕が寝過ぎちゃったばっかりに……」


「……っっ、つ、次からは気を付けてくださいよ!」


 茶髪のナチュラルボブで、僕よりも身長の低い彼女に説教をされる。


 その人が、この学園で最初にできた僕の友人である『ティナ・ロンディーヌ』であった。


 皆が既に集まって整列している所で同級生に説教をされ、情けなさに苛まれながらも隣で一緒に説教を食らった友人である『カイ』が、肘で僕の脇腹をつついて来る。


「罪な奴め……」


「君だって一緒だろ?」


「そういう意味じゃねぇよ……」


「……?」


 僕は自身の持つ、固有の剣術やスキル、それに元の世界での勉強の経験を活かして、なんとかこの学年での成績トップに立つことができていた。


 実際の戦闘経験は無いため、戦場で役に立てるのかどうかは分からないが、一番の目的は生きて帰って、大切なに会うことだ。

 あいつを残したままこっちに来てしまったため、僕はずっと心配でたまらない。


 だけど、心配するだけでは兄として失格だ。今自分がするべき事を、全力で全うすることが僕の責務だ。


 今日は学園内にあるこの広場で、実践演習を行うそうだ。皆木剣を持って二人一組になり、トーナメント方式で点数を付けられる。

 スキルなどの使用は禁じられる、完全に実力を見られる内容だ。


「演習、始め!」


 先生の声と共に、カーンという心地よい音が広場中に響き渡った。



=====



 なんとか最後まで残ることはできたものの、ラストの相手はカイだった。


「まあ、やっぱこの二人になるよな……」


「あはは……そうだね」


 少しの言葉を交わし、すぐさま木剣を構える。

 今まで学院で習ってきた構えに、独自のアレンジを加えた自分流の剣の構えをする。


 どこぞのアニメか小説のような話だが、このスタイルが一番しっくりくるのは確かだ。


「演習、始め───!」


 声と同時に、二つの風が真っ向から激突する。

 カイは上から振り下ろすように、僕は下から斬り上げるように、互いに打ち合う。


 共に後方へと飛び退き、再度地面を蹴って推進力を得る。

 双方が斜め方向に一文字を描き出し、ちょうど木剣同士が交錯する点で強い衝撃が走る。


「──ッ!踏み込みが甘かったか……!」


「はッ!もう遅ぇよ!!」


 カイが力任せに押し切ろうとする勢いを逆に利用して、僕は身体を反転させる。


「うおっ……!!?」


 そして、態勢を崩した所へ、足を引っ掛け……


「ぐへっ!!!」


 カイは頭から地面に落ちた。


 そこへ容赦なく木剣を首元にかざし、トドメを意味する。


「そこまで!」


 先生の声が響き、演習は終了した。



=====



「ずりいよぉ、あんなの……」


「でも、勝ったのは事実だし」


「そうですよ!カイは負けたんですから、次はどうすれば勝てるのか考えるのを優先すべきだと思います」


「ティナ、お前はよぉ……」


 学食でこうして三人並んで食べるのは、今では当たり前になっているものの、ちょっと前の僕には信じられないことだった。


 国が僕を途中入学させた当初は、右も左も分からず、騎士になるという目標も雲の上だったが、気さくで明るいティナが僕に話し掛けてくれたことで、カイを始め、次第に友人を増やしていった。


 皆僕が異質の存在であるにも関わらず、普通に接してくれている。

 本当に、ティナには感謝しか無い。


 彼女は成績こそカイに次ぐ三番目だけれども、剣の腕は一、二を争う程の実力者だ。性格もしっかりしていて、その高くない身長や容姿からも、皆からは「できる妹」扱いされている。本人はどうやら不服のようだが……。


「どうせなら、『お姉さん』って呼ばれたいものです……」


「いや、そこかよ……」


「大事ですよ!『妹』なんて……子どもみたいじゃないですか!」


「うーん、まあそういうことだー」


「どういうことですか!」


 今の僕があるのも、この二人がいるからだ。

 カイに至っては最初、僕に対して敵意丸出しで、話しかければ斬られると思ったほどだ。彼とは剣を交える内に、意気投合していった。


「まあ、あれだよ。皆ティナのことを頼りにしてるってことだと思う」


「なっ……!別に、そんな、こと……」


「ボソッ(社交辞令だろ……)」


「何か言いました、カイさん?」


「いえっ!何も!」


 ティナの冷笑が怖い……。

 物凄い恐怖を感じるので、速やかに退散しようと図ると───


「どこへ行くんだ、親友……?」


 袖を掴むカイ。


「ちょっと食器を返しに行くだけだよ……?」


 振り払おうとする僕。


「まあ落ち着けよ……?」


「君がね……?」


 その様子を見ていたティナが大きなため息をつく。


「そろそろ次の授業が始まっちゃいますよ、早く準備してください。カイさんは特に!」


「はいはい」


「『はい』は一回!」


「はーい……」


 少し小走りで教室へ。


 この学園は日本の大学と同様に四年生まであるのだが、僕はとやらで二年生として扱われることになっていた。


 他の皆はちゃんとした受験をして入学しており、その誰もが将来有望であることが目に見えて分かるエリート達だ。

 ……というようなことを、主席を取っている僕が言うと皮肉になってしまうので、あまり言わないようにはしているのだが。


 カイの剣術は『覇炎剣術』。凄まじい火力の炎を剣にまとわせて荒ぶるように、かつ繊細な動きを生み出している。なんとなく、カイらしい剣術だ。


 そして、彼は実習の授業では元気になるのだが、座学になると……


「zzz……」


「はぁ……カイ、起きろよー」


「むにゃ……もう食えねぇって………」


 駄目だ、完全に熟睡してる。肩を揺すっても一向に起きる気配が無い。



 むっ、殺気……。

 後ろの席から、何やら凄味を含んだ視線を感じる……!


「カイさん……」


「僕、知らなーい……」


 その後、カイはしっかりティナに怒られた。


 筆記に関してはほとんど点数が皆無なカイだが、実習はほとんど満点を取っているため、成績としては次席を獲得している。


 騎士を目指すという目的自体は変わってないものの、こっちの世界での生活というものも段々と良いんじゃないかと思えてきた。


 でも、この人達とはいつか別れなければいけない訳だし、悠長に時間が過ぎていくのを待っている暇は無い。

 今はただ、一刻でも早く正式に騎士団に入ることを優先しなければ。



=====



「それは、どういうことですか……?」


「言葉通りの意味だ。我が国が誇る騎士団の団長、そして副団長がのだよ」


 衝撃の事実を、学園長の口から告げられた。


「一体誰がそんなことを……」


「騎士団の情報によれば、そいつは『虫のようで虫ではなく、獣のようで獣ではない』といった外観だったそうだ」


「何を仰っているのか、あまり分からないのですが……」


「私にも分からん。しかし、我々の想像を容易く上回るような化物であることに違いはない。そこで、今回君達二人を呼んだわけだが……」


 隣で大きなあくびをするカイを小突きながら、何故僕達が呼ばれたのかについて考えていた。


 学園長の声色が、途端に緊張感を増す。



「君達を───正式な騎士として、認めようと思う」


「えっ……」


「うおおおお!?マジですか!?やったぜ!」


 僕の困惑の声を遮ってカイが歓喜の声を上げる。


「いや、ちょ……ちょっと待ってください!まだ僕達は二年生ですよ?それなら卒業を控えている四年生の方がよっぽど即戦力になると思うのですが……」


「勿論、四年生も何人かは騎士団に充てる。だが、君達には……として、起用しようと思う」




 え………???

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