第二十一話 絶望の始まり

「雪人……、昌佳……?」


「「え?」」



 聞き慣れた声が重なる。


 振り向く二人は、困惑の目を俺に向けた。


 二人とも眼鏡を掛けていないせいか、一瞬見ただけでは分からなかったが、その顔立ちはまさに俺の知る二人のものだった。


「久し、振りだな……」


「柊馬?お前、柊馬なのか……!?」


「しゅ、柊馬殿!?」


 渇き切っていた心が、段々と潤いを取り戻していく。

 この日を……この瞬間を、どれだけ渇望したか。


「はは、やっと会えたな……」


「今までどこにいたんですか、柊馬殿!」


「そうだぞ!吾等二人は同じ場所に転移したものの、お前だけが居ないと聞いてあれこれと情報を探したが行方分からず……とにかく、そういうことだ!」


?」


「ええ、そうです。小生らは『ヴェールハイト王国』という場所に召喚されたのですが、貴殿の姿だけが無く、もう一人召喚された方がいたようですが、面識も無く……貴殿だけ違う場所に転移しているのではないかと思っていた次第でございます」


 違和感。


「そうか……」


「吾等は召喚されて早々に、王とやらにそこに居た吾含め三人は勇者だと言われた。そして、この世界の説明を受けてな。『もうじき再来する、厄災に備えよ』と、そう聞かされたのだ。お前は?」


「いや、俺は目覚めたら森の中で……されそうになった」


「なぜ柊馬殿だけが、別の場所に転移していたのでしょうか?」


「さあな……吾にも分からぬ」


 ということは、広場にいたあのイケメンナイスガイは本当に転移者だったのか。まあ、日本なんてのは狭い世界だし、どこかで会った気がするのも不思議ではない。


「ところで……ここが異世界ってのは分かってるけど、なんで飛ばされたかとか、そういう根本的理由が、謎なんだよな……」


 俺の疑問に、雪人がすかさず自論を述べる。


「吾のSF的思考で捉えれば、ここが吾等のいた元の世界と『平行した』世界であるという線も、十分あり得る」


「どうやら『剣術』と呼ばれるスキルを用いることが、この世界での戦い方のセオリーですしね」


「らしいな」


「小生らも、剣術やスキルを習得したのですが、やはり良いものですね」


 違和感。


「柊馬はスキルや剣術を、何か習得しているのか?」


「俺は、その……スキルは無くて、『ヲタ芸』が剣術っていうか………」


「「ゑ?」」


 二人が愕然とする。

 何を言っているのか理解不能、というのが見て取れる。


「『ヲタ芸』、ですか……」


「それは果たして、剣術と言うのだろうか……」


「まぁ、一応……??」


「スキルはどうなのだ?転移直後に、何か授かっているはずであろう?」


「え……そんなの無いけど……?」


 違和感。


「『ユニークスキル』なるものがあるのではないか?吾等は共に個のスキルを保有しておるぞ?」


 そういえば忘れてたな、ステータス。

 ずっと砕流夢サイリウムの力の制御や、技の練度の向上だけしか考えていなかったから、ステータスというものをすっかり忘れていた。


「ステータス──オープン!」


 例のセガ◯ターンの起動音のような音が数週間ぶりに鳴り、自身の左手から光る文字盤が浮き出た。



【個体名】:花宮柊馬

【種族】:人間

【レベル】:18

【スキル】:翻訳、ヲタ芸

【ユニークスキル】:なし

【職業】:剣士



 無慈悲にも【ユニークスキル】の欄には何一つ書かれていなかった。


「ま、まぁあれだ……立ち話ってのもなんだし、店で話さないか?良い場所があるのだ」


 俺の表情を察した雪人が、気を利かせてそう誘ってくれる。


「そう、だな……」


=====


 連れてきてもらった場所は如何にも「夜の店」、といった感じだった。

 今はまだ昼間だというのに、凄く立ち寄ってはいけないような雰囲気がある。


 開店前ということもあって人は居ないが、ならどうしてこいつらはこんなヲタクには縁もゆかりも無い店に来てるんだ……?


 やけに良い匂いが漂ってくるし、光源には間接光が取り入れられていて、俺のようなチェリーボーイが居ても大丈夫なのだろうかという気さえ起こる。


「……それで、例のアニメの円盤が出ると聞いてショップに買いに行った時、初回特典で推しのアクスタが付いていてですね……」


「なんと!それは凄いな。吾はコミケでまた大人買いしてしまってな、原作好きにはたまらぬ所ぞ」


「相変わらずの原作勢ですか。アニメ沼にハマるのも時間の問題だというのに……」


「何ッ!?ふん……貴様は支部(pix◯v)でも見ておれば良いのだ」


 俺の懸念なんてまるで見えていないかのように、二人は席に着くなりそんなヲタク用語を連発していつも通りの討論を開始している。


 しかし、俺も二人の様子を見ているとまたあの頃に戻れるのではないかと、微かに希望が宿っていた。


「どうした柊馬、具合でも悪いのか?」


「いつもみたいに『ござる口調』にはならないのですか?」


「あのさ……」


 言うなら今しかない、そう思った俺は勢いに任せて言葉を繋いだ───いや、繋いでしまった。


「元の世界に戻れる方法を考えないか?そんでまた、一緒にヲタクやろうぜ」


 三人の間に沈黙が流れる。


「どうだ……?」


「あー、えっとだな……柊馬。すまない、それは無理なのだ」


「折角の誘いは嬉しいのですが、小生も今の現状に満足しておりまして……」


 違和感。


「ど、どうしてだ……?だって、この世界は何かと不便だし、それに俺たちの両親だって心配してるだろ?だから……」


「良いんだ、柊馬。吾は此処に残りたい。それに、此処は吾等が夢見たような『剣と魔法』のある世界ではないか。お前も此処に残る方が懸命だとは思わないか?」


「雪人殿の言う通りです。小生もこの世界は気に入っておりますゆえ、またあの息苦しい世界に戻れというのは……」


「は………?二人して、何言ってんだよ……」


「その、吾等は転移してから『中央大陸議会』が運営するギルドに入っていてな。本当は王都の騎士団に入らないかと言われたのだが、自由に旅をすることに決を取ったのだ……」


「小生も同じく。そもそも、ランゼリオンに来たのもギルドでの依頼があったからですし、それにユニークスキルと剣術のお陰で不自由ない生活を送れているというのも事実。今更帰ろうとも、またが待っているのであれば……」


 違和感。


 二人に申し訳無さそうな顔を向けられていると、つい自身の奥底から沸き立つ侮蔑と憤怒のどす黒い感情が、俺を内側から支配していった。



「そうかよ………あぁ、そうかい!!お前ら、変わっちまったな。雪人、昌佳……お前らに少しの希望を見出した、俺が馬鹿だったよ!俺たちみたいな社会不適合者は少数で団結してどうにかしていこうって、勝手にそんな仲間意識が芽生えてた俺が馬鹿だったんだ」


 駄目だ、それ以上は言ってはいけない。


「お前たちは勇者で、俺はただの凡人ですか。はい、そうですか……。悪いな、凡人風情が勇者様のお時間をいただいちまってよ!」


 辞めろ。喋るな。口を開くな。


「この…………どもが……」



=====



 頭が、痛い……


 何処だ?ここ……。


 なんだか、固くてひんやりとした感覚を俺のすぐ真横に感じるが。


 壁……?いや、違う。

 俺が真横に感じてるだけなんだ。


 頬が熱い。灼けるようなような痛みが───それに、貧血の時みたいに視界が真っ白だ。


「貧、血……?」


 自分の手に、ねちゃねちゃとした液体が付着していることに気づき、朦朧とする視界の中それを見る。


 紅く染まった自分の手を見る。


 そこでようやく、自分の体から流れ出た血であると悟る。

 それも、献血や採血で取られるような微量ではない。身体の活動に支障をきたすほどの出血が、の傷口から漏れ出している。


「あぁ、そっか……そうだったな」


 全部理解している。

 此処は「牢屋」だ、俺は獄中にいる。ぼやけた格子がその証拠だ。



 ガシャッ、ガシャッという重厚な音が次第に近づいてくる。

 その音は俺のいる房の前で止まり、俺に慈悲の欠片も無い言葉を浴びせる。


「時間だ、出ろ」




 俺は、今日───『死ぬ』。


 神聖国の首都にて、俺の旅は終わりを告げたのだった。

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