第二十話 再会
アネットと別れた後、俺は雪人と昌佳の探索ついでに都の観光をすることにした。
『神聖国』というだけあって宗教が政治、ないしは国家と深い繋がりがあることが、視界に映る風景から伺える。
「これが、前世で言う『政教一致』ってやつか……」
雰囲気でいえば、バチカン市国と近いところだろうか。
ただし、バチカン市国は大聖堂自体が国であるのに対し、この国の信仰するいわゆる国教である『ルミニア教』は一味違う。
絶対的な権力を持ち、一国とその領域を支配するほどの影響力と発言力を持つ宗教だそうで、南部に位置する『バルティオ公国』とは歴史上でも現在でも険悪な雰囲気が漂っているらしい。
首都の中心に構えているのは、『サン=ベルメリア大聖堂』。
全体的に白で統一され、半円の屋根はまさしく前世で言うところの古代ローマの建築に似ている。その一際目立つ屋根の周りには、サグラダ・ファミリアを思わせるような尖塔が幾つも
海辺に近いということもあり、観光として訪れる人々も多く、財政の上では潤っているため、近年自国の騎士団の増強にも一層力を入れているそうだ。
ランゼリオンの最低限の知識はリルや村にいた冒険者から聞いていた。
確かに、人通りが多いのも観光目的で来る客が多いのなら、納得も出来る。
「ちゃんと、バイトしてて良かった……」
この国の物価は高すぎる……!
どこぞの遊園地並のインフレ具合に、俺は驚きを隠せなかった。
中学生の修学旅行で遊園地に行ったことがあるのだが、色んな物が高すぎて「金の無駄だ」とか言ってケチっていた風景がフラッシュバックする。
俺は最初、自分から進んでヲタクになろうとは思わなかった。周りと違うという自分を肯定するために、
それ自体が間違いだったとは、決して思わない。そのおかげで色んな経験が出来た。勿論、犠牲にした物も山程あるが……。
本当なら、来年の今頃は勉強漬けで俺は見事に精神崩壊を起こしているだろう……なんていう不安も、海岸から運んでくる暖かい潮風に吹かれると、つい忘れてしまう。
俺は本当に異世界の一部になったのだろうかという錯覚さえ、今は抱いているのだから。嬉しいことも、楽しいことも、出会いも別れも──戦う楽しみも……。
「……って、それじゃまるで戦闘狂じゃねぇかよ」
戦闘狂で思い出されるのは、俺が一番最初に
あの戦闘時、俺は一種の喜びさえ感じていた。それからデカい蛇やデカい花とも戦ったが、同様に高揚感を感じた。
危惧すべきことなのだろう。俺は、「戦い」というものの味を覚えてしまった。
『ヲタ芸』というのは誰かを傷付けるものではなく、誰かを応援するために舞うことだから。
三時間ほど首都の中をうろうろしているが、あいつらは一向に見当たる気配が無い。
本当にこの場所であっていたのだろうか……。連れてきてもらって今更言うのもなんだが、とても不安だ。
正直なところ、確証の無い情報に頼るのは好むところではない。もとより、ヲタクという奴等は確定した情報、それを決定づける確たる「証拠」を大変好むからだ。
不安要素は極限まで減らす、それはヲタクの持つ特性とも言えるものであろう。
一度染み付いた思考の癖や習慣は、中々治すことが出来ない。
「はぁ………」
インフレした高級パンを噛みちぎりながら、俺は人々の往来の中を進んでいた。
どの顔にも明らかに、幸せを感じさせる表情が浮かんでいる。恋人、友達、村とはまた一味違った繋がりが見て取れる。──そう、俺の最も縁のない繋がりが。
=====
どうやら俺は無意識の内に、立派な遺跡のような建物の前まで来ていたらしい。気づけば、目の前に古びて苔むした鼠色の円柱が立っている。
そこで初めて、その遺跡の全体像を視野に収める。
「なんか、凄い既視感が……」
その違和感の正体は、間違いなく前世での記憶に基づいたものだった。
『パルテノン神殿』。古代ギリシャの時代に建てられたとされる、神を祀るために造られた場所。……確か、祀られているのは知恵と戦いを司る「アテナ」だっけか?
とある未成年以下はプレイ禁止のゲームにそのようなキャラがいたっけな。まあ、俺の推しは『アフロディーテたん』一択だからそれ以外のキャラはそこまで覚えちゃいないが。
「うーん、それにしても似過ぎじゃないか……?」
古代ローマやスペインを模した建築様式に、古代ギリシャに瓜二つな建物。この世界は一体何が起こっているのだろうか。
仮に、異世界人を召喚する技術が太古の昔から存在するのであれば、その人たちがこの世界に爪痕を残していったとも考えられる。
「……謎だらけだな」
歩き疲れて、近くにあったベンチに腰を下ろしていると───
「今、中央広場の方で騎士団を率いる勇者様御一行がお見えになってるってよ!」
「まじか!?行こうぜ!」
それってまさか、雪人と昌佳か!?
色々と考えるよりも先に席を立っていた俺は、脇目もふらずに民衆の流れに従って走っていた。
期待に胸を膨らませる俺は、会って話すことやこれからの異世界での生活のことをただひたすらに頭に浮かべていた。
=====
あいつらの姿は───無かった。
騎士団の中に紛れ込んでいると信じて来たものの、その姿を捉えることは叶わなかった。
しかし、村にいた冒険者は三人と言っていた。まだ諦めるのは早い。
俺は走った。
少しの希望を信じて、都中を駆け巡った。
「嘘……だろ………?」
俺は膝から崩れ落ちた。
こんなことってあるかよ、こんな……。
どこにも居なかった。
俺は絶望した。
肩で息をしているはずなのに、全く酸素が取り込まれている気がしない。
もう、あいつらとは一生会えぬままなのだろうかという不安が俺の中を支配した。
折角、ここまで来たのに。
肝心の勇者と思われし人は、顔立ちこそ日本人であったことから、同じ異世界転移した者なのだろうと推察できた。
どこかで見覚えがあるような気がするのは、俺の心の闇が幻覚でも見せているからだろうか。無論、どうでもいいことだが。
期待は一挙に瓦解し、一瞬にして俺の気はどん底へと落ちていった。
感情の波が俺の脳を掻き乱し、俺はどうにかなってしまいそうだ。こんな時、隣に居てくれる人がいれば……。
「リル……」
無意識に呼んでしまうその人の名前。俺はいつの間にか、彼女に頼り切っていたのだ。
ほとんど気力がゼロになり街を彷徨う亡霊に、話し掛ける者などありはしなかった。
大通りの空気に耐えられず、俺はふらっと裏路地へと迷い込んでいた。
暗い場所は落ち着く。現在の心情にとても良くマッチしていて、妙に気分が良い。
路地を延々と進んでいく内に、俺は大きな人影とぶつかった。
「あ、すいませ───」
「おい貴様!どこを見て歩いている!」
「辞めてあげてくださいよ、すぐキレるんだから。あー怖い怖い」
「ぶつかってきたのはあちらであろう!」
俺はその声と口調に、不思議と懐かしい感覚が芽生えていた。
俺の知るその人……いや、そいつらは─────
「雪人……、昌佳……?」
「「え??」」
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