第十九話 入国
聞くところによると、『精霊術』とはこの異世界のありとあらゆる物に付随する『精霊』、つまりは自然界に住む魂の力を借りることらしい。
アネット達の種族『ムーベット族』は、その力を借りることで色々な術を使うことが出来るらしく、その見返りとして祭壇に供物や祈りを捧げることで、その信仰を表しているのだそうだ。
更に、精霊と対話をすることも可能らしく、自身と相性の良い精霊への信仰心を高めることが、技を使う為の条件であるという。
魔法とは違い自然の力を使うため、人間にはまず不可能な技術なのだとか。彼女が得意げに話してくれた、かあいい。
「信じる者は救われる」という言葉があるが、まさにその通りというか……なんというかファンタジーっぽいなぁ、と実感する。
「さっきは本当に助かりました、ありがとうございます」
未だ水分を含んで
「いえいえ!困った時はお互い様、私は恩を返しただけですぜ。これで貸し借りはナシですよ?」
「ええ」
キャビンに乗る俺に向かっていたずらっぽく言う彼女の物言いはまさに商人で、そして紛れもなく、幼い少女の姿であることに変わりはなかった。
揺られること数時間、辺りの地面も次第に紅く染まり始めた頃、アネットが晩飯を勧めてきたため、俺は一旦野宿をすることに決めた。
「ウチは物品だけでなく、珍しい食材も取り扱うことが多いもんで。今日は精一杯腕を振るうつもりなので、楽しみにしてくれても良いですぞ」
「では、俺は周辺の警戒に努めます」
「ちょっとぉ!?そこは『楽しみだ』って言うところじゃないですかね!?」
「タノシミデス」
「心が籠もってねぇ!」
そんな漫才を繰り広げた後、俺たちは各々の役割に就く。まあ、俺に至ってはただ警戒の目を光らせてるだけで、他には何もしてなど無いのだが。
「シュウマさーん!できましたぞ〜」
呼ばれて、俺は急ぎ足でそちらへ向かう。
木で造られた折畳式の簡易テーブルに椅子が二つ添えられており、その上には色とりどりの料理が並んでいた。
肉、魚、野菜そのどれもが、香ばしい香りを放ち、ツンと匂う香辛料は俺の豚としての食欲を
「どうです?いい感じに調理できましたぜ」
危うく涎が垂れそうになった俺に、アネットは満足そうな笑みを浮かべている。
可愛い上に料理も出来るとか……。似たような人が脳裏に浮かぶが、今はただ眼前の御馳走をいただくことだけに集中しよう。
=====
幸せで満たされ、周辺の警戒を続行した俺は静かな夜に身を浸していた。
森林地帯を抜けて平地の丁度真ん中付近を通過した俺たちは、少し小高い丘に今日の寝床を決めた。
「飯、美味かったなぁ……」
前世では見たことも無いような彩り豊かな食材に香りは良くても、最初はどうしても拒絶反応を起こした。しかし、アネットが無理矢理俺の口に突っ込んで初めてその美味しさに気付いた。
魚は油がしっかりと乗っていて、実も引き締まっていたし、肉は何から捌いたかは分からないが、味は前世の牛肉と大差なく、それでいて臭みが無いさっぱりとした味わいになっていた。
調理した本人は既に夢の中で、俺は絶賛仕事中だ。
彼女の寝顔を見ていると心
これが我が子を見守る父親の気持ち、なのか……?いやいや、俺にそんな大役が務まるはずがない。
彼女の言う「待つ人が居ない」という言葉。それは両親も兄弟ももう既に……。
※
『あなたからは、他の人間とは何か違う匂いがするんです』
※
彼女が洞窟で言った事が、俺の頭の中にいつまでも巡っていた。この世界での彼女らの立場、人間の権力、支配……。
まだまだこの世界について知っていることが少なすぎる。
もし雪人や昌佳と再開できて、一緒に冒険できるとするなら、この世界に存在する価値観や文化なんていうのを探求するのも面白いかもしれない。
……まあ、一番の目標は前世に戻ることだが。
前世では一日中徹夜してオンラインのヲタク仲間とゲーム、なんてザラだったためか、眠気はこれっぽっちも無かった。食生活共に、かなり健康に悪い生活を送っていたが、こういう場合だとその短所も長所になり得る。とてもありがたいことだ。
適当に技の練習なんかをしていたら、いつの間にか水平線の彼方から光が漏れていた。「もう朝か」なんて、もう一度言う日が来るとはね。
「ふぁぁぁ……おはようございます───って、一晩中起きてたんですかい!?」
眠りから覚めた姫様が、一晩中警戒をし続けていた俺を見て驚きの声を上げる。
「ええ。まあ、慣れてますから……」
「ニャハハ……ご苦労さまです。今、朝メシを作るんで待っててください」
そうして用意された朝食は、薄切りのパンと昨日の激ウマ謎肉の入ったスープだった。
それらをほんの数十秒で完食してしまう俺に、またも驚愕するアネットは呆れたように溜め息を吐いていた。
=====
「シュウマさん!見えてきましたぜ!」
「うおお………!!」
眼前に広がる光景に、つい感嘆の声を漏らしてしまう。
馬車の旅を始めてから、約一週間を掛けて『神聖国ランゼリオン』の領内に入り、首都である『シルツェンベルク』にようやく到着した。
沿岸に面した都は、まさに俺が求めていた理想のファンタジー世界を体現したかのような場所で、立派な城壁の奥にちらちらと建物の屋根らしき物が覗いている。
「すげぇ……」
「シュウマさん、こういう場所には来たこと無かったんですかい?すごく意外な顔が見れて、私も連れてきた甲斐があるってもんですよ」
海岸から城下町へ繋がっている水道橋と思われるものを夢中で見る俺に、彼女がクスクスと笑う。
高校生らしからぬ、小学生のような姿を見せてしまったのが恥ずかしくてたまらないが、今だけは許してほしいところだ。
ここに雪人と昌佳がいる……確定したわけではないが、そう考えるだけで俺は期待と興奮で胸がいっぱいになった。
「ここまで、本当にありがとうございました。貴方が居なかったら、俺はきっとこの旅を途中で断念していたと思います」
「まだ、旅は終わっていませんよ……?」
「へ?」
「この国、司教が政治を行っているだけあって、物価が物凄く高いんですよ……」
「それはつまり……」
「入国の手続き自体はそこまで面倒では無いんですがね……入国に対する『税』が……」
「………」
───こうして俺は無事(?)に入国を果たし、期待と虚しさに挟まれながら彼らの探索へと足を運ぶのだった。
アネットは別の用事で色々と忙しいようなので、これにて解散となり、依頼も無事に達成されることとなった。
城壁の内側、そこにあるのは中世の北欧を模したような美しい街並み。そして、その中心部に悠然と佇む大聖堂。
この時、ハイテンションの俺はまだ知らなかった。
胸踊るこの舞台に隠された、黒い真実に───。
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