第十八話 亜人
奇跡的に、先日の商人との再開を喜んだ数時間後に
「シュウマさん、あんた何考えてんですか!?死にたいんですかい!?」
「すいません……でも戦うとなると、あまりにも不利だったもので……」
「はぁ……まあこうして二人とも無事なのは、あなたのおかげですから。感謝しますぜ」
「いえいえ……」
つい数分前に、にわか雨だと思っていた天気はあっという間に分厚い雲が支配し始め、土砂降りとなっていた。
時々、瞬間的な光と轟音が響いている。あと数時間は止みそうにないだろう。
なんとか飛竜の追跡を逃れたものの、いつまた襲ってくるかは分かったもんじゃない。警戒を怠ることは出来ないだろう。
「さて、ここからどうしたものか……」
「そうですな……この天気では馬車もまともに進めそうにないですし」
降雨によって外界の音が遮断されるのとは対照的に、洞窟の内側では俺たちの声が反響している。
今になって分かった。彼女に付いているのはケモミミだけでは無かったのだ。そう、『尻尾』である。
初めて会った時はマントで分からなかったが、背中の下部から垂れる尻尾はまさに獣人のそれであった。
狭いこの空間には俺と彼女の二人だけ。
まるで成人向けの薄い本のような展開だが、俺はいたってまともな紳士である。そのようなことは決して無い……そうでありたい。
たとえ相手がケモミミを保有している者であるとしても、あちらはまだ幼女なのだ。腐っても人間、いや一人のヲタクとして『ロリコン』だけは絶対に許されない。
『嫁』よ、俺に力を……。
異世界に来てからというもの、どうして俺はこんなご褒美のような状況に立ち続けているのか不思議だ。もっとも、俺の容姿も男としての心構えも皆無なせいで成就する見込みなんてほとんどゼロに近いのだが。
それにしても、先ほどから続いている沈黙……。なんとも耐え難い時間だ。
俺はあくまでもチー牛なだけであって、コミュ障じゃない。(ヲタク話であれば)話し始めればいくらでも話せるし、(自称)トーク力もある。
しかし、俺は彼女のことを何も知らないし、彼女だって俺のことを知らないはずだ。そんな会ったばかりの奴と楽しい楽しいご歓談、などということは余程の陽キャでないと無理だろう。
パチパチと音を立て、火の粉が暗闇の中へと吸い込まれていく。無言で焚火を囲む二人は誰がどう見ても「気まずい」という雰囲気に尽きるだろう。
どちらかが話し始めるのをどちらもが待っている、という状態が先ほどから続いている。
揺らめく炎を見つめながら、俺は必死に場を取り繕おうと思考を巡らせるが、思い立ったように突然彼女が口を開いた。
「シュウマさん……お友達を探しにランゼリオンへ行く、と言っていましたよね?」
「え、えぇ。村で噂を聞いて、不確かですがもしまた再会できると思うと居ても立ってもいられなくなってしまって……」
苦笑混じりに言う俺に、彼女はどうとも言えぬ表情をしていた。
「少し、羨ましいなと、思っちまったんですよ……」
「え……?」
その意外な言葉に俺は一瞬驚きを感じた。でも、彼女が何を言いたいのかはわからず、物凄いもどかしささえ覚える。
「私には、もう一度会える人が居ないから……」
俺はつい数秒前に発した言葉を今すぐ撤回したい、そんな後悔を瞬時に抱いてしまった。
俺は無責任で、そして残酷なことを彼女の前で言ったのだ。自身の都合ばかりで他人を巻き込み、相手の境遇なんて考えてなかったのだ。
俺の表情が曇ったのを見たアネットが、咄嗟に言葉を続ける。
「あ、いえ!それでも私はちゃんと故郷の村では食っていけてるので、ご心配には及びませんぜ。それに、私には商人としての収入がございますんで」
「村?」
「はい、我々の種族は皆、私のように耳と尻尾が人間の物とは異なるんです。それ以外はほとんど人間と変わりませんが、独自の文化を有しているんで……まぁ人間達からしてみれば『亜人』として認識されるのも無理ないんですわ」
『亜人』。
その言葉が、どういった意味を持っているのかくらいは容易に想像できる。
つまりは人間として見なされないだけで、その立場すら危うくなるということなのだろう。
どの世界でも、人間ってのはつくづく傲慢らしい。
自分達と姿や価値観が少し違うだけで、集団になって一斉に少数を襲う。
それが人間が人間たる、原初より遺伝子に刻まれた宿命なのだ。
「……アネットさんは、どちらにお住まいに?」
「この中央大陸の北部に『ガルファ大渓谷』という森林地帯があるんですが、その深奥にある『ナフト村』という所が、私の故郷なんです。私等はあまり定住を好む種族では無いんですが、まぁ時代の流れというかなんというか……」
彼女の言葉に色々な思いがほのめかされているのが、俺には顕著に感じられた。でも、一つ不思議なのが、なぜ俺に突然身の上話をしたかということだ。
俺だって人間だ。この世界の住人では無いけど、俺だって彼女らを迫害している奴らと種族の上では、同じ人間だ。
「あなたからは、他の人間とは何か違う匂いがするんです」
「え……」
まるで俺の思考を読んだかのように、ケモミミの少女は小悪魔のような笑みを浮かべる。
「私、人の思考が読めるんですよねぇ……」
「!?」
「ニャハハハ、冗談ですよ!冗談!」
なんて恐ろしい子なんだ。こんなの、ヲタクのトキメキ・パーセンテージが無意識にでも上昇してしまうじゃないか。
いつの間にか微笑ましい雰囲気になっている所へ、洞穴の奥から不届き者の気配があるのを俺は察知した。
「来ますな……」
「え?分かるんですか……?」
「一応、私も最低限身を守る能力はあるもんで……ここは一度、私に任せてくれませんかい?」
「えぇ!?危ないですよ、ここは俺に……」
言い終わる前に暗闇から姿を現したのは、青い外殻に無数に
「でかっ……」
勿論、先日戦った大蛇ほどでは無いが、元の世界の蜘蛛を基準にすれば、人間の倍以上のサイズもある蜘蛛なのだ。やはり尻込みもしてしまう。
念の為に
アネットは迫りくる敵に対し、言の葉を紡ぐ──そう、詠唱を始めていた。
「清風に宿りし精霊よ。汝等の大いなる力を糧に、我が眼前の敵を穿つ疾風となりて吹き荒べ。 【精霊術『風』:
唱え終わるのと同時に、彼女の周囲の水が意志を持ったかのように流動し始め、次第に立派な球体へと変化していく。
水の球体は、弾丸が銃口から射出されたかのような音と共に、蜘蛛目掛けて一直線に飛んでいき、その腹に見事な風穴を空けた。
「す、すげぇ……」
小並感な感想しか言えない俺に、少女はあどけなさを含んだ微笑を持って答えた。
……ていうか、こんなに凄い技持ってるなら飛竜でも倒せたのでは?という考えが頭に過るが、この状況で言うのは野暮というものだろう。
ふと洞窟の外を見ると雨が止んでいて、空には目を奪われるほど鮮明に描かれた七色の橋が架かっていた。
この旅の終わりも、もう直ぐだ。
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