第十七話 いざ旅へ
どこまでも広がる青空、美しい草花の芳香な香り、見上げると思わず目を覆ってしまうほど眩い太陽。
──そして、この世の終わりを告げるかのような怒号で辺りの空気を震わせる
「帰りたいです……(泣)」
「あんた何言ってんですか!このままじゃ二人共死ぬって言ってんですよ───!」
弱腰の俺に対し、馬車の主であるケモ耳と尻尾の生えた少女の文句が耳に響いては、耳の奥がキンキンとするので、仕方なしに飛竜と相見えることを決意する。
……といっても、その肝心の相手は空を飛べるわけで、人間かつ誰よりも重力に従っている俺は勿論のこと空を掌握しようなどとは思わない。
「───というわけで、逃げます!」
俺史上最高のテヘペロとウィンクをやってのけ、馬車から降りると同時に後ろから思い切り押し始める。
「 【
「………へ?ちょ、あの────」
「全開出力で……ぶっ飛ばすでござる!!!」
『初速』を第一とする俺の能力はあっという間に最高速まで加速し、元々前方で馬車を駆動させていた二頭のお馬さん達は馬力負けし、体を宙に浮かせた状態になっている。
前輪が地に付いていないままの馬車は一瞬にして爆走車両と化し、大幅なスピード超過で一直線に風の中を突っ切っていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
=====
─
やはり現代の「インフラ整備」とはまさに『革命』だということを、異世界に来てから、今になってようやく思い知った。
無論、この世界に「バス」や「電車」といった交通の便の
現代の技術力に頼り切っていた前世だった所以か、「徒歩」による旅立ちに今まさに嫌気が差してきている。
「帰りたい……」
一刻も早く村に帰宅したい。
しかし、そんな事をしようものなら村の皆からどんな顔をされるか……。
早朝に、昨晩の間に行った旅支度の最終チェックをしていた所で、酒場のおやっさんが外から静かに……けれどはっきりと、俺を呼んでいるのが聞こえた。
俺は一応バイトとして雇用してもらっていたので、最低限のけじめとしておやっさんにはこの村を発つことを話していた。
おやっさんに無言で手渡されたのは、「退職金」とでも言えるような質量を持った袋だった。
ただ一言感謝の言葉を述べ、お辞儀をした。それ以上は必要無かった。
村の皆には……また凄い大事になりそうだからリルにお願いをして、旅に出たことを伝えて欲しいと言っておいた。勿論、感謝の言葉も添えて。
※
「ごめん、リル……。本当は俺の口から言わなきゃいけないことなのは分かってるんだけど、あまり皆には心配掛けられないし……これは俺の問題だからな」
「うん分かった……」
「ごめん、ありがとう……」
「シュウマ、気を付けてね……」
「ああ」
※
本当に良い子過ぎる。俺がもっと良い男だったならば即嫁にしたいくらいの子であることには間違いないのだが、如何せん「天使」と「豚」では釣り合いが取れない。
彼女はきっと優しくて、親切で、一生掛けて支えてくれる、そんな人に貰われるべき女性だ。俺なんかよりも、ずっと良い人に。
見送る彼女の目には、もう涙は無かった。
それでも、俺みたいな奴のために泣いてくれたのは正直嬉しかった。これから先もう会うことは無くなってしまうかもしれないけど、でも……時々は思い出して欲しい、そう願う。
そんなわけで、俺は長いことお世話になった村を意気揚々と発ったものの……。
しっかり徒歩の辛さに直面しておるのであります。
リルに地図は貰ったものの、大陸最南部にある辺境から遥か東の海岸沿いにある国を目指そうともなると、一体何日掛かることになるのやら。
半ば希望が消え去りそうになったその時───天の
「ん?今の馬車……」
俺がその馬車に見覚えを感じて言及しようとした矢先──。
「あ!シュウマさんじゃぁないですかい!」
馬車が急停止し、桑染のフードとマントを被った人物が乗馬したままこちらに手を振っている。というか、あんなに小さな人だったっけ……?初めて出合った時は暗かったし、意識も飛び飛びだったからあまり気が付かなかったけど。
「お久しぶりです……とは言いませんね、この間お会いしたばかりですし」
一応こちらも冗談交じりに挨拶をし、頭を下げる。
耳に響く声はかなり高い気がするけど、まあそういう人もいるよな。多様性を軽んじてはいけない。前世の友人でもネカマ(ネット上で女性を装う男性)をやっているものが居たくらいだ。
=====
「なるほど、それであの神聖国に行きたいと……」
「ええ、一日でも早く到着したいところなのですが、どうも徒歩では……」
「そうですねぇ……ウチのは、これから西方の市に売りに出掛けるので反対方向になりますが……」
「そうだったんですね。すいません……変に止めてしまったみたいで」
「いえいえ!これも何かの縁ですぞ。言ったでしょう?商人は『繋がり』が大事なんですから」
「はぁ……」
フードの下の口がにっと歯を見せる。
大人になってもそのような態度が取れることには少々尊敬の念を抱かざるを得ないが、どうやら話の流れは良い方向に進んでいるようだ。
「ただし!」
「は、はい……!」
「こっちもタダってわけにはいきませんよ?」
「ではいくらで……??」
俺はごくりと喉を鳴らす。
遥か東に存在する国へと連れて行ってもらえるというのだ、そう安くは無いだろう。
未だ素顔を見せぬ謎の商人は、やけに勿体ぶるような仕草をした後、俺に話した。
「料金の代わりといっちゃなんですが、『護衛』を引き受けてくれませんかね?」
「『護衛』、ですか……?」
「ギルドでも、商人が自分が安心して売買に出掛けられるように依頼することもよくあるんですぜ」
「それだけで、良いのですか……?」
「護衛も立派な仕事ですよ。それに、こちらとしても神聖国に一度立ち寄ってみたかったところなんで──お互いに利益があるでしょう?」
「それで良いと仰るなら、こちらとしても異論ありません。短い間ですがよろしくお願いします」
深々と頭を下げる俺に、商人が任せろと言わんばかりに胸を張る。
「そういえばこちらも自己紹介がまだでしたな。改めまして、私はアネット。ご存知のとおり、商売で各地を転々としている者です」
彼の名前を聞き、男性にしてはなんとも可愛らしい名前だなと思いながら頭を上げると───。
フードからそっと覗かせた彼の容貌は、壮年でも青年でも無く──というよりも
「オッッッフ………//////」
「……どうかしたんですかい?」
「えっと……いや、そのぉ………」
脳内での処理が情報量に追いつかない、というよりも完全にフリーズしている。
第三者から見れば俺の頭からは、四方から蒸気が噴出しているように見えるだろう。
まるで雷を頭上から落とされたような、そんな衝撃が全身を駆け巡った。
それも、ただの少女ではない。『ケモミミ』だ。少女に動物の、獣の耳が生えている。
栗色の艶のあるショートからぴょこんと立った、ふわふわしていそうな耳。
間違いない、これは……天然の『ケモミミロリ』だ!!
まさか、生きている内にお目に掛かれる日が来ようとはッッ……!
ちょっと喋り方に癖ありで当初は男性だと思っていたが、声質が高いのにも合点がいく。
心の中で盛大なガッツポーズを取る俺を、彼……いや彼女は首を傾げて見ている。
しかし、冷静に考えればこのような幼女様が「商人」などという立派な職に就いていても大丈夫なのだろうか。
きっと本職であるのには間違いないだろうし、親御さんの手伝い……ではないな。さっき、各地を転々としているって言ってたしな。
「困惑」と「歓喜」と「不安」という三柱に頭をぐちゃぐちゃにされながらも、相手とは契約を交わしているという事実を自覚し、俺は覚悟を決める。
俺は絶対にこの幼女様を身を挺して守り、『神聖国ランゼリオン』にいるかもしれない雪人と昌佳と合流を果たす、そう自身に誓ったのだった。
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