第十六話 別れと旅立ち
宴も終盤に差し掛かり、皆が楽しそうに歌ったり踊ったりしている中、俺たちは近くのベンチに腰を下ろしていた。
この村の人たちは良い人ばかりなのだが、どうも皆テンションが高く、根が陰キャな俺は掛け声こそ上げたものの、ほとんどこうして傍観しているに過ぎなかった。
「なぁリル、あっちに混ざらなくて良かったのか?俺なんかといても退屈するだけだぞ」
「大丈夫、そんなことない……」
リルも、あまりワイワイするのは苦手なのかなと思いつつも、彼女の顔はどことなく嬉しそうで安心した。
俺もいつかあの輪の中に入って、皆と一緒に楽しめる時は来るのだろうか。
中学までは、こんな俺に対しても「ゲーセン行こうぜ」とか「カラオケ行こうぜ」とかいう誘いがあった。
でも、俺はどこか社会に順応したくないという、捻くれた考えを持っていた。
いわゆる、『厨二病』というやつだ。
自分は他の奴らとは違う、そんなイタい妄想ばかりを抱えて、気付いたら俺からは人がどんどん遠ざかっていった。
それだけならば、まだ良かった。
でも、俺はその事が認められなくて、不治の病を加速させるだけになった。
高校生になり、俺は孤立した。
俺は地元の公立高校に通っていたのだが、その高校には中学の同期も多数入学していて、俺の中学の有り様を知っている奴らは、俺のことなんて気にも留めなかった。
そんな中で『ヲタク仲間』として知り合ったのが「雪人」と「昌佳」だった。
二人も俺と同じような境遇で社会から孤立したヤツらだったことから、俺たちは考えや好みは違えど、気が合った。
俺みたいな社会不適合者に、仲間が居たことを知った時は凄く嬉しかった。自分は本当に一人じゃなかったと、心から安心できた。
───でも、いつからだろう……自身をこんなに否定するようになったのは。
「シュウマ?具合悪い……?」
リルの声で現実に引き戻される。
「ん……あぁ、ごめん。ちょっと考え事を……」
「そっか……でもシュウマこそ、皆のところに行かなくて良いの?」
「いや、遠慮しとくよ。俺はあんまり騒がしいのは得意じゃないんだ」
「そっか」
「うん」
今は、君の隣に居たい──なんてキザな台詞を言えるでもなく、俺はただ沈黙を持って彼女の隣に座っていた。
リルも特に何かを言おうとする様子も無く、ひたすらの静寂に身を置いているだけだった。
しかし、そんな様子をいつまでも見逃してくれる人達でも無く……
「おーい、シュウマぁ!何そんなとこ座ってんだよ、こっち来いよ!」
「え、えぇ……」
若いお兄さんが、俺に声を掛ける。
「ほら、誘われてるよ?」
リルが輪に入るように促す。
「うーん……わかったよ、じゃあちょっと行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
彼女に手を振り、振り返してくれるのを見届けてから、俺は駆け足でその中に飛び込んでいった。
俺はそれから、幸せな時間を過ごした。
こんなに楽しいのはいつぶりだろうか。時間を忘れるくらい、俺たちは騒ぎ回り、笑い合った。
───そんな俺の耳に、聞き流してはならない会話が聞こえてきた。
「……なぁ、お前聞いたか?どうやら王都が最近、『勇者』を召喚したって話」
「まじかよ。前々からそんな噂は耳にしてたけどよ。まさか、本当に……」
「しかも三人だそうだ。どうやら、その『勇者』様とやらは、今『神聖国』に滞在中とのことらしいぞ」
「ああ、あそこか……。王都とも昔から仲良いし、金だけはある国だからな。どうせ隙あらば金でも積んで、自国の騎士団にでも充てがうつもりなんだろ」
それは、この村に偶然立ち寄った冒険者の二人組が話していたものだった。
『召喚』。
その言葉を聞いた途端、俺はお祭りのムードを忘れてその話している二人の元へ走って行き、あくまでも冷静に話を伺った。
「──すみませんが、その話……詳しくお聞かせ願えますか?」
「ん?まあ、あくまで俺たちも噂程度にしか聞かねぇんだけどよ……話くらいなら、してやれるぜ」
「ありがとうございます」
「この森林地帯のずっと東に『バルティオ公国』があるのは知ってるよな?その北側に位置するのが、『神聖国ランゼリオン』なんだ。そこは大司教様が治めてる国でな。軍事力はそこまでねえんだが、如何せん王都との結びつきの強い国なもんで『金』だけは昔っから持ってる国なのさ」
「んで、その国に最近、王都で召喚されたっていう『勇者』様がその国に滞在してるらしいんだ。理由までは分からねぇけどな。まあ、『勇者』と称されるくらいのもんなんだから、めちゃくちゃ強い御人なんだろうよ。しかも三人という、今までに類を見ない数だ。ランゼリオンも国の総資金を上げて、騎士団へ勧誘するだろうな」
二人の話を聞いて、まず最初に思ったのは「雪人」と「昌佳」のことだった。
もし、彼らの言う『勇者』とやらが『異世界人』のことを言っているのであれば、その可能性は十分高い。
まぁ、俺は召喚されてからなんで勇者と呼ばれないのか疑問ではあるが。
ずっとあいつらに関する情報の手掛かりが無く、探すのに難航していたため、この情報はまさに渡りに船であった。
祭りも終わり、俺とリルは共に帰っているところだった。
俺はその『神聖国』へすぐに行きたいという気持ちがあったが、それをいつ伝えれば良いのか不安で仕方がなかった。
あわよくば彼女に付いてきてもらいたい、という気持ちも無くはないが、彼女にもギルドの仕事がある。これ以上迷惑を掛けたくはない。
「シュウマ、また難しい顔してる……」
俺の顔色に早急に気付く彼女は、「俺の理想の女の子像」そのものだと思う。
だからこそ、俺はちゃんと言わなければいけない。
「リル、あのさ………」
「うん、頑張って」
「…………え?」
「ごめん、たまたまシュウマが冒険者の人達と話してるのが聞こえちゃって……。多分、その『勇者』ってシュウマのお友達、だよね……?」
「それって……」
「初めてシュウマと合った時から気付いてた。それに、この辺りじゃ聞かない名前だから。シュウマは『異世界人』なんだ、って……」
「……」
「私も噂程度にしか聞かなかったけど……本当に、居たんだね……」
言葉を返す事ができなかった。
素性を言わぬまま、ここまで黙って来たことに深い罪悪感を覚えていた。
「ご、ごめ………」
「謝らないで、私は楽しかったから……」
リルは目頭に水滴を溜めながら、続ける。
「本当は私も一緒に付いていきたい……でも、まだ仕事あるから……。今まで、ありがとう。最後、くらいは……ちゃんとお別れしなくちゃいけないのに……あれ、なんだか顔が、熱い……」
彼女の瞼から溢れる水滴は、美しい肌を伝って地面に零れ落ちている。
その水滴に反射して映る星々の輝きは、彼女の神秘さを引き立てるに丁度良かった。
ちゃんと、お別れしなくちゃならない。彼女にも、勿論この村の人達にも。
どのくらいの旅になるか分からない。でも、絶対に帰ってくる。必ず、この場所に。
そして今度こそ、彼女に──リルに、本当の気持ちを打ち明けたい。
───そして翌日、俺は今までお世話になった『ファルズ村』を発ち、『神聖国ランゼリオン』へ向け旅立つのだった。
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