第十五話 天使との一日 〜後編〜

 お父さん、お母さん。

 俺は今、異世界で女の子と『Date』をしています。


 「デートの作法」というものを義務教育化すべきだと、今更ながら強く思った。


 「陰キャ」で「チー牛」で「ヲタク」という紛れもない負け組な俺に、この状況をどうしろと言うのだろうか。いや、どうにもならない。(反語)


 そりゃ、『嫁』とは夢の中で何度もデートを繰り広げたが、あくまでもシミュレーション(妄想)に過ぎない。

 こんなに早く実践が来るなんて、普通のヲタクなら一生どころか、何生も無いことだ。


 ──そして今、俺は今日一番の窮地に立たされている。


「シュウマ、これ……どう?」


「グハッッッッッッッッッッ……」


「これとか……」


「ガハッッッッッッッッッッ……」


「これ……」


「…………」



【悲報】:俺、多量の出血により死亡。


 店員さんの勧めによって試着した全ての衣服が、どれも彼女に似合い過ぎていた。

 俺には目の保養を超えて、もはや毒である。


 これが、中世のファッションというものか……。

 前世でいう「現代ファッション」とはまた違う、上品さと優雅さを感じる。


 店員さんにお勧めされて試着室から出てきた、黒いドレスに身を包んだリルを見て、俺のライフは完全に「0」を指し示した。


「店員さん……それ、買います……」


「お買い上げ、ありがとうございました!」


 もう、駄目だ。


 俺に『Date』なんて無理だったんだ。

 女性との関わりなんて一切無かった人生で、いきなり応用編をやらされるなんて……。自分が憎い。


 ほとんど死んだ魚の目をした俺を、横から彼女が心配そうに覗き込む。


「もしかしてデート、嫌だった……?」


「いやいや!俺こんなの初めてだから、凄い楽しいよ!」


「え?こういうの、したこと無いの?」


「まさか。俺みたいな社会のゴミが誰かと深い関わりを持つなんて、あり得ないよ(持てたとしてもヲタク友達だけだし)。」


「シュウマは、そんな人には見えない……」


「俺はただ良い格好をしてるだけだよ。の前では、誰だって格好付けたいもんだろ?」


「………え?」


 言ってから、俺はしまったと思った。

 つい口を滑らせてしまった。これじゃまるでプロポーズみたいじゃないか。


 俺は後悔と自責から、反射的に俯いてしまう。


 こういう時に、ちゃんと彼女の顔を見ることが出来ないのは、俺がヲタクである所以だろう。本当に情けない。


 もし相手が二次元の女子だったなら、俺はありとあらゆる言葉を饒舌じょうぜつかつ巧みに操り、口説いたことだろう。もっとも、二次元は全てを肯定してくれるので俺も一方的に言葉をぶつけるだけで、楽だったのだが……。


 異世界とはいえ、彼女はちゃんと存在していて、しかも俺と同じくらいの年頃の女の子。いくら強いとはいえ、ちゃんと年相応なのだ。

 極めつけは、大国の『お嬢様』という超絶ステータス付きという……。


 ゲームのキャラクターのような『CPU』とは話が違う。完全な生身だ。

 だからこそ、傷付けることを言ってはいけない。相手は『人間』なのだから。


 早く謝らなければ……。さっきの発言に対して謝罪をしなければ……。


「あの……リル、違うんだよ。さっきのは……」


 思い切って顔を上げると、そこには先ほどまでの俺と同じく俯いていた状態の彼女が居た。耳を真っ赤にした彼女が……。


「リル、さん………?」


「シュウマって、そういうことも言うんだね……」


「あ、いや、違うそうじゃない……!ただ……」


 その先の言葉が言えない。

 それを言ってしまえば、俺は彼女を──リルとの今までの関係を壊してしまうかもしれないから。


 怖い。俺は結局、自分を突き通すことさえ出来ない奴なのだ。こんなの、ヲタク以前に『男』として失格だ。


………?」


 顔を赤らめながら、回答を詰め寄る彼女の瞳が迫る。

 切なげな、それでいて強い意志のもった視線が、俺の心に強い揺さぶりをかける。


 理性を保つのだ、俺。まだその時ではない。

 それに、彼女はお嬢様なのだ。下手に無礼を働くとされかねないぞ。


「ただ……俺の、昔『大切に思っていた人』に似ていたから……」


 その『大切に思っていた人』とは、紛れもなく『ふぅたん』のことだ。


 可憐で、美しく、そして強い彼女を一目見た時から、俺の心は惹かれていた。

 だから、俺は真実を告げた。嘘は言っていない……はずだ。


 俺の言葉を聞いて、リルの顔にはいつもの透き通った乳白色の肌が覗いていた。


「ふぅ……ん」


 何かを咀嚼そしゃくするようにそう呟く彼女を横目に見ながら、俺は内心安堵の色を示していた。


 それから俺たちは無言のまま一言も交わさず、市場を歩き続けていた。

 お互いに少し距離を取って、顔を合わせない──いや、合わせられないままでいた。


 (リル、俺のことどう思ってるんだろう……)


 頭にきりがかかったかのように、俺の思考回路は機能を失いつつあった。いつもの無駄な頭の回転力が、今となっては無用の長物と化していた。


 異様な空気が二人を包んだまま、村への帰路に着くのであった。



=====


 薄暗くなってきた頃に、ようやく村が見えてきた。

 でも、何やらいつもと雰囲気が違う希ガス……。


「なんだ、あれ……?」


 目を凝らすと、村全体が普段とは異なる光を放っている。

 何かあったのだろうか。

 もし、それが魔物の襲撃によってもたらされたものであるならば一大事だ。


「リル……行くぞ」


「うん……」


 ここに来て、やっと言葉を交わす。

 村に何かあれば、俺は本当に申し訳が立たない。


 砕流夢サイリウムを取り出し、身体強化を施しながら一吹きの風となって村へと向かう。



 そこで、俺たちが目にしたのは───


「おっ、やっと今宵の宴の主人公達が帰ってきなすった」


「おかえりー」


「おせーよ、もう始めちまったじゃねぇか」


 その異様な光景に、肩で呼吸していた俺たちはしばらく状況把握が出来なかった。


「え……これって……」


「宴だよ!見れば分かるだろ?」


「見ればって……それに『主人公達』って……」


「お前らに決まってるだろ?なんつっても、あの『禁足地の悪魔』をぶっ倒したなんだからよぉ!」


 話に追いつけない。

 確かに、俺たちはあの花野郎を倒した。でも、だからってこんな大事になるものなのか?


「なぁリル、これって……」


「昨日、帰ってきた時に近所のおばさんが『遅くまでどうしたの?』って聞かれたから、調査終わったこと、言っちゃった……」


「あ(察し)」


 それで、このお祭り騒ぎか……。

 勿論、嬉しくないなんてことは無いけど、まさかここまで大きなものになるとは思わなかった。


 村の家から家にかけてロープを通し、そこにランタンを幾つか吊るしている。それが至る所に吊るされており、遠目から見えた異様な光の正体は、俺たちの為に用意されていたものだったのだ。


「シュウマちゃん、お疲れ様」


「あんな危ない場所に行って、良く生きて帰ってこれたな。しかも、魔物を倒したそうじゃないか。凄いぞ、シュウマ!」


 皆が俺を褒めてくれていた。

 なぜだか、幼少期に戻ったかのような気持ちになり、胸が熱くなった。


「……シュウマ、泣いてるの?」


 隣に佇む彼女が、戸惑った顔で覗き込む。


「ごめん、誰かに褒めてもらったのは、本当に久し振りで……」


「ふふ、シュウマは泣き虫さんだね」


 優しく微笑む天使の姿が、今の俺にとっては何よりの救いだと思える。


「さぁ、宴はまだ始まったばかりでござる!」


 俺の掛け声に、村中の空気が一斉に震えた。

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