第十四話 天使との一日 〜前編〜

 馬車の中で爆睡していた俺たちは、商人の声で目を覚ました。


「お二人さん、着きましたぜ」


「ん……あぁ、すいません。ありがとうございました、あのお代は……」


ってことで!これも何かの御縁ですからね。商人は『コネ』が大事なもんで。次お会いする時は、ウチの商品を是非ご贔屓ひいきにしてくださいよ!」


「本当にありがとうございました、ではまたの機会に買い求めることにします」


 深く頭を下げて、馬車を見送る。

 まだ夢と現実の狭間を行き来しているリルを引っ張って、見慣れた村へと帰路につく。


 なんだか、最近すごくサービスを受けてる気がするなぁ……。


 この前も女将さんには宿に泊めてもらったし、村の近くの市場に行ったら色んな人からいつも何か貰うし。

 俺みたいな奴が、そんな「親切」を受け取っても良いのだろうかという不安感さえ覚える。


 いつか、恩返ししないとな。


 すっかり日が暮れて静寂に包まれた帰り道を、二人同じ方向を目指して歩いていく。俺の体は完膚なきまでにボロボロで、帰ったら死んだように眠るの間違いなしだろう。


 眠たげなままの彼女が、俺の方に顔を向けて言う。


「シュウマ……お疲れ様」


「ああ」


 三日月の光を浴び、白銀の髪を揺らしながら俺の肩を支えてくれるお隣の天使は、とても嬉しそうな顔をしていた。


 俺みたいな奴でも───前の世界では立場の弱かった俺でも、誰かの為に、何かできることがあるのなら、全力で脂肪を燃やしていきたい。



=====



 リルはいつもどおり朝に弱く、起きる気配が無かったが、流石にそのまま寝かせておくことにした。


「やっぱ、疲れてるよな……」


 俺も相当体にガタが来ていたはずなのだが、どうしてかそこまで負担が無い。むしろ、朝方の少し冷たい風を心地よく浴びられるくらい回復していた。


 理由は分かってる。


「ホント、こっちに来てから世話になってばっかだな……」


 彼女の寝顔を見ながら、そう呟く。

 いつか彼女にも、恩を返さないとな。


 音を立てないように玄関の扉を開け、静かに施錠をする。

 一応、朝食の作り置きはしておいたから、起きた時にでも食べるだろう。


 今日はいつもより早く鍛錬に励む。


 少し体が動くようになって来たからって、すぐに強くなる訳では無い。まだまだ粗い部分は多々あるし、リルの剣術に比べれば練度も大いに落ちる。


 努力は実を結ぶと信じたいが、それはまだ遠い先になると思う。


 " 刺突 "、" 斬撃 "、" 回転 "、どれを取っても技のレパートリーが少なすぎる。

 俺が今まで技を放てたのは、砕流夢サイリウムの元の持ち主の培った技術を真似しただけであり、俺自身の技術では無いのだ。


 前世で言う「ヲタ芸」の技を剣術として転用したものだが、俺のはヲタ芸どころかお遊戯に過ぎない。

 だからこそ、この力を完全に使いこなすまでは、ひたすら鍛錬あるのみだ。


 陽も高くなり始めて、一度家に戻る。


「お、起きたか。おはよう」


 食卓でサンドイッチを頬張る彼女と挨拶を交わす。


「おはよう……」


 目を擦る彼女にお茶を入れ、手渡した。


「ありがとう」


「どういたしまして……そうだリル。あの昨日ぶっ倒した魔物のこと、ギルドに報告しなくて良いのか?」


「もうした」


「早いな……」


 ドヤ顔をしながら朝食を頬張る彼女は、自身の仕事が終わったことを良いことに、これからゴロゴロすることだろう。


 ──と思っていたのだが……


「でもまだ、仕事沢山ある……」


「まじか……」


 やっぱり仕事の出来る人ってのは、どの世界でも大変なのに変わりないか……。

 心から尊敬するよ、マジで。


「でも、今日くらいは休んでも良いかな……って」


「そうだな、今日はゆっくりした方が良い」


「いや、そうじゃなくて……」


「……?」


「デート………」


 その言葉を前に、俺は数秒の思考停止に見舞われた。


 『Date』。

 それは、男女がある目的を持って所々を巡ることであり、そこには必ずしも何等かのハプニングが発生する超絶トキメキイヴェント。嬉し恥ずかしの心理戦が繰り広げられる、いわば「童貞チー牛陰キャ」とは無縁の言葉なのである。そもそもこの世界にそんな概念があることに驚きしか無い。


 え?え?俺と、『Date』……?突然過ぎないか?というか昨日思いっきり戦闘繰り広げた翌日に?そんなことが在り得るのか?いや、この際だとそれは些細な問題に過ぎないし、それに一度もガールフレンドが居たこと無いんだぞ……?(居てもアニメとゲームの中だけだし)



「駄目、かな……」


「行きましょう!!」



=====


 やって来ました、いつも俺が買い出しに来ている市場に。

 マジで何すれば良いのかわかりません。誰かマニュアルかなんか持ってないか。


 そもそも言い出しっぺの本人が一言も発さないし、空気感が全く掴めない。


 どうすんだよ、この雰囲気。いつもは普通に話せてるのに、こういう時に限って掛ける言葉が見つからない。


 いつも通っているはずの市場が、今日という日だけは異様にに感じてしまう。しかも、いつもノースリーブの彼女が、今日だけは白のワンピースに麦わら帽子というオシャレな格好をしているせいで、余計に意識してしまう。


 心頭滅却を脳内で何度も唱えるが、それも虚しく俺は完全に頭が沸騰しきっていた。


 だって、考えてみてください。隣に並んで歩いている子が超絶美少女で、しかも強いだなんて。誰でも惚れてしまうのが、常識であり、道理というもの。


 不意にどこからか、美味しそうな匂いがしてくる。

 今はそんな場合では無いのに二人同時にお腹が鳴ってしまったため、食欲に逆らいきれず、匂いの方向に向かって歩き出した。


 その匂いの主は───「焼き鳥」であった。

 熱々に焼けた鶏肉に、香辛料スパイスの心地よい香りが、俺たちの食欲を掻き立てているッ。


「……買うか?」


「うん……」


 近くにあった木製のベンチに座って、二人で焼き鳥をかじる。


 皮のパリパリ食感と、鶏肉の確かな弾力。肉本来の味を引き立てる香辛料スパイスに絶妙にマッチしている。

 欲を言えば、「秘伝のタレ」もほしいところだが、この中世的な世界にはまだそのような概念が存在しないのだろう。


 いつか、俺がに『革命』を起こそう。最優先の死活問題だから。


 二人とも食べ終わったところで、また市場の中を適当に歩く。


「さっきの焼き鳥、美味しかったね……」


「そうだな……美味かった」


「……」


「……」


 えっ?終わり?ここから何を言えば良いの?

 会話って、こんなに難しかったっけ……?


 それからというもの、またも沈黙が訪れる。早く次の言葉を捻り出さなければいけないのに、喉の奥で引っ掛かって出てこない。


 リルも何を考えているのか分からないし──そもそも俺みたいな、人との関わりさえまともに出来なかった陰キャに『Date』なんて荷が重すぎたのだ。


 ヲタクくんさぁ……(絶望)。


 でも、仮にも『Date』に誘われたんだよな……。ということは、これは「アリ」ってことなのか……!?

 そりゃ、リルのことは戦場を共にした仲間だと思ってる。でも、それ以前に「男」として見た彼女は、まさに理想そのものだ。


 一気に心拍数が速くなる。

 頭の隅にチラついただけなのに、それが俺にとって一番の致命傷クリティカルヒットとなっている。


 数十秒経ったのち、俺は立ち止まってやっとの思いで言葉を繋いだ。


「リル、あのさ……」


「ん……?」


「その……えっと、そうだ……!服、服を買いに行かないか?」


「うん、良いよ」


 オタクくんさぁ……(諦め)。

 本当に口下手すぎて、消えてなくなりたい程の羞恥しゅうちに苛まれる。


 とにかく何かしらの目的さえあれば、自然と会話にも慣れてくるだろう。

 そう信じたのが愚かだったと気付かされることに、今の俺は知るよしも無かった。

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