第十三話 咲く華と散る花

 砕流夢サイリウムに宿る魂を具現化したその技は、まさに『神業』。

 数多の回転を組み込んだ、広範囲に及ぶ斬撃系の技である。


 それだけであれば、他の技とそこまで疲労に差が生まれないのだが、「この技を使う際」に、砕流夢サイリウム自身に『設定』されているが自動発動するように作られていた。


 火力を瞬間的に、飛躍的に高めるために、通常のプラズマの平均温度である約5000℃を、遥かに上回る温度になるよう設定されている。

 そのため魔力消費が何倍にも膨れ上がり、光量も桁違いになる。


 だが、その火力ゆえに魔粒子が安定しなくなり、技を打ち出す直前で出力できずに不発に終わることがほとんどだった。


 魔力は並以上に保有している俺だが、魔力操作コントロールはまだまだである。

 だからこそ、俺はもっと鋼の棒こいつに慣れる必要がある。


 でも、今はそんなことを言ってはいられない。



 ──砕流夢サイリウムにありったけの魔力を流し込む。

 さっきのヘビとの戦闘で使い切ったと思っていたが、案外残りカスがあったようだ。


「 【閃光剣術:天照大御神アマテラス】 」


 光は次第に熱を生み、粒子が縦横無尽に暴れ狂う様は、まるで燃えているかのような揺らめきを生み出す。

 負荷は極限に達し、俺の体全体には四方八方から押しつぶされるような痛みが走り出す。

 

それでも尚俺は足を踏み出していく。


 剣先が更に延長し、大太刀となって眼前に迫るツルを千切りにしていく。

 切られた蔓が再生することはなく、切り口はジュウという音を立てている。


 先ほどまで緩んでいた悪辣な侵略者ヴァミージ・ミハールの大口が動揺を隠せないのか、焦ったような様子を見せる。


「なんとも、花らしく無いでござるな……花であれば、堂々と咲き誇るのが道理というものでござる!」


 それこそ『リル』という美しさと強さを兼ね備えた一輪の華のように。


 俺は足を止めずに走り続け、やがては奴の間を掻い潜って傍らまで接近していた。

 明らかな焦りから、粉塵爆発を起こそうとする奴を力の限り、舞うように切り刻んでいった。


 その時、俺の身体から『痛覚』という概念はとうに無くなっていた。


 最後の一撃の果てに、俺は頭から地面に落下していった。


「あとは、頼むぜ………リル!!」


 倒れる寸前にそう言い残し、俺の役目を終えたことを告げる。


「任せて」


 地面に崩れ落ちた後も、俺は瞬き一つせず、視線を一ミリもずらしはしなかった。


 ──を見届けるために。



「 【氷華剣術:百華冰乱・狂咲グレイシャル・フル・ブルーミング 」



 俺の目には、ただただ美しい白銀の世界が映っていた。


 乱れ咲く白い華。


 言葉を失うほど清らかで洗練されたその技には、彼女の全てが──これまでの努力の結晶が、一切の混じり気無く閉じ込められた、まさに「芸術」であった。


 透き通るような白銀の世界が幕を下ろすと同時に、奴の体は塵と化し始めていた。

 しかし、その塵さえも白銀の世界へと溶け込んでゆく。


 静かな勝利の余韻に、俺たちはしばらくの間浸っていた。



=====



「終わった、な……」


「………うん」



 雲一つない真昼の青空が俺たちの勝利を称えるかのように、涼しい風を優しく吹かせていた。

 普段なら、今頃はきっと朝のルーティンを終えて、二人で昼食を囲んでいる時間帯だったろうな。


 彼女の顔が近くに見える。

 暖かな日差しをいっぱいに吸い込んだ土の匂いと、フローラルな草花の匂い。


 俺たちは仲良く揃って、


「んで、リルさんよ……これからどうする?」


「わかんない……」


 ま、いっか。

 今はもう、このままで。


 遥か昔に体力なんて尽きていたし、全身は骨のずいまで悲鳴上げてるし、風情に合わぬ惨状が俺の体内で起こっているが、今はただ、この幸せな空間に身を浸していたい。



 でも……


「体痛い……」


「私も……」


「もう動けないんだけど……」


「私も……」


 俺の限界など、あって無いような状態で戦っていたので、その反動が今になってようやく反映されていた。

 そのおかげで、見事に自身の筋肉を一寸も動かすことが出来ないでいる。


 リルはそもそもが剣士のため、少しするとすぐに起き上がって「帰ろ」と言っていた。凄すぎる……。


 俺は老人のように起き上がるのも必死な状態で、リルに肩を貸してもらいながら無理に足を動かせた。


 それから俺は、死に物狂いで森林を抜け、公道を走っていた馬車を運良く見つけて、村まで運んでもらったのだった。



「──あなた方、大分お疲れのようですが、何処どこかお出掛け……というわけでは無さそうですな」


「ええ、まあ……」


 商人は、俺たちがつい先程まで戦闘を繰り広げていたということを直感的に勘付いたようで、俺は苦笑する他できなかった。


 リルは流石に疲れたのか、馬車に乗って早々に、夢の中に吸い込まれて俺の肩に寄っかかっている。

 俺が極限まで疲弊していなければ、下心の一つも抱くところではあるが、共に戦った仲間として、俺は素直に肩を貸した。


 魔力で造られた鎧を解き、いつものノースリーブ姿でこんこんと眠る彼女を見ながら、俺はを考えていた。


 それは、「雪人」と「昌佳」のことである。


 転移後、別々にこの世界にスポーンしたと考えるのが妥当だが、こんな危険な世界であいつらは本当に大丈夫だろうかと、今でもかなり心配である。


 俺は運良く「リル」というお隣の天使と巡り合うことができた身ではあるが、あいつらも同じように助かっているとは限らない。

 いち早く合流したいところだが、情報も無く右も左もわからない状況では何もできない。


 今は情報収集が先だな。


 胸がズキッと痛む。やっぱり、かなり身体に負担を掛けすぎたようだ。帰ったらとりあえず寝よう。


「お客さん、そちらの方は彼女さんですかい?」


 商人の唐突な質問に、度肝を抜かれる。


「いえいえ、とんでもない!拙者のような男など、足元にも及びませんよ」


「お二方のお名前を聞いても?」


「俺は花宮柊馬という者です。こちらはリル、ギルドに所属している剣士です。」


 勝手に紹介しちゃったけど、まあ大丈夫だろう。

 しかし、その言葉を聞いて商人の顔色が一気に変わる。


「今、『リル』とおっしゃいましたか……?」


「ええ、そう申しましたが……」


 まずい、何か不都合なことでも喋ったか?まさか名前でそんな反応になるとは普通思わないよ……。


「あの名高い『バークライト家』の……!?」


「へ……?」


「あなたならご存知ではないですか?この方の素性を」


「いえ、俺は何も……」


「この御方は、当大陸の西方に位置する『プリステンド王国』の国王陛下の娘であらせられる御人ですぞ……?」


「えぇ!?」


 つい、驚きのあまり大きな声が出てしまった。

 リルが一瞬ではあるが、ぴくりと動く。


 確か、レンゼルの手下達もそんなことを言っていたような……。

 まさか、リルがお嬢様だったとは……。

 驚きの真実を聞いて、改めて彼女の存在というものを再認識させられた。


 日が暮れ始めている中、ゆらゆらと揺れている馬車の中に斜陽が優しく差し込む。

 俺たちは肩を並べて、目的地に着くまでの間深い眠りについたのであった。

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