第十話 綺麗なバラには棘がある

 調査を進めるのと同時に、俺は砕流夢を用いた鍛錬を毎日欠かさず行っていた。


 最初の内は光がまともに制御出来ず、すぐに消えてしまうことが多々あった。

 それに、砕流夢こいつを使うと、筋肉への負担が過剰になるため、火力の増強に努めるよりも力の制御に時間を費やした。


 しかし、これがまた面倒で、加減をミスっては骨が悲鳴を上げるので、慣れるまでに幾度となく激痛の嵐が押し寄せた。


 村で魔力測定をしてもらえるという話を聞いて、行ってみると……。

 なんとびっくり!魔法適性は無いのに、魔力量だけは常人の数十倍あると言う。


 「魔法使えないのに意味無いじゃん!」そう考えていた時期が、拙者にもありました。


 どうやら砕流夢の放つ光の正体は、流し込まれた魔力をである『プラズマ』に変換したもののようで、とてつもない温度と質量を併せ持つ物質と化しているようだ。


 その魔力変換の際に流し込む魔力量によって、光剣の切断力、耐久力、持続力、重量を変化させられる。

 だが、今のところレンゼルとの戦闘中に放ったような出力は出せていない。


 なので、火力は一旦置いといて、制御に全振りしようと思ったわけだ。


───だけど、現実は甘くない。


 流し込む量を減らすことに集中し過ぎると、爪楊枝つまようじくらいの太さしか無い、小ぢんまりとした光になってしまう。

 逆に流し込み過ぎると、前述したとおり激痛に苛まれることになる。


 その度に、リルが治療をしてくれるのだが……。

 彼女はいつも悲痛な顔をして「無理しちゃ、ダメ」と言うのだが、俺ももう守られる身で在りたくないのだ。ごめん、リルさん。


 とにかく、レンゼルとの戦いから五日程で、俺はようやく光を安定して制御することに成功した。

 光量はまだまだ微細ながらも、10分間は安定して出力できるようになっている。



=====


 そして、異変調査の当日。


 いつもより少し早い時間に起床し、朝ご飯の支度をする。

 寝起きの悪いリルを起こし、無理矢理にでも食卓に着かせてから、各々の準備を済ませる。


 まだ太陽が地平線に沈んでいる時間帯での出発なので、辺りは薄暗く、少し肌寒いくらいの風が吹いている。

 「静寂」という言葉が絶妙にマッチするその空気に浸りつつ、俺たちは村を後にした。


 向こうに見える山の間から、太陽が顔を覗かせる。

 ひんやりとしていた肌は、日の出と同時に段々と熱気を感じるようになり、俺たちのこれから向かう道を煌々と照らし始めた。


 向かうは『禁足区域』。

 それは国や市町村が指定する、立ち入りを禁じる程危険と見なされる地域である。

 目的地はまさにその中の一つである、『リェン=ダース大森林』。


 そこに、異変の主ヤツがいる。


「良い朝だな……」


「そうだね……」


 それ以上の会話は必要無かった。

 多くを語るのは、この異変の元凶を倒してからだ。



────なんて事を言ったのを、今すぐ取り消したい。



「死ぬぅぅぅぅぅ!捕まったら死ぬぅ!無理!死にたくない!やだぁぁぁぁぁ!!」


「シュウマ、もう少し頑張って……」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺たちは今、めっちゃデカいアリさんの群れに追いかけられてるぜ!

 なんてこったい!


 異世界の魔物が馬鹿みたいに巨大なのは十分承知していたが、やっぱ虫もかぁ。

 流石に『禁足区域』として指定されるわけあって、とんでもない場所である。


 まず俺たちが一番最初に見た、この森での常識。

 それが────「生存競争」


 森に入り、約1時間ほど歩くと体長3mほどのが複数体、飛行しているのを発見した。


「で、でかっ……」


 空中でホバリングする巨大な物体は蜂というよりも、むしろヘリコプターと言った方が正解かもしれない。

 上空からこちらを視界に捉え、全員で一斉に飛来する。


───しかし、真横から超高速でそいつらに接近する大きな影があった。

 体長6mを超えるである。

 

『オニヤンマ』。

 黄色と黒の巨体、無数の眼で構成される複眼を持ち、圧倒的な飛行能力と強靭な顎で、獲物を容赦なく捕食する。

 日本では「最強」とうたわれている蜻蛉トンボ


 幼少期、俺が虫取りで唯一捕まえることが出来なかった虫だ。

 でも、今俺の眼の前で飛んでいるトンボを捕まえようとは思わない。


 巨大な蜂を『ヘリコプター』と比喩するならば、巨大な蜻蛉は『戦闘機』とするのが適切だと思う。


 食べる面積の小さい人間などそっちのけで獲物に襲いかかるその姿を前に、俺たちは黙って見ていることしか出来なかった。


「……行こ、シュウマ」


「あぁ……」


 弱肉強食の世界を目の当たりにし、俺は改めて人間の無力さを知った。


 しかし、昆虫には例の凶暴化は起きないのだろうか。まあ、凶暴になってもならなくても気性が荒いのには変わりないようだが……。


 途中、様々な生態系に出会い、その度に死にかけた。


 植物、動物、昆虫、多種多様な生物が生息するこの地は、まさに今回の異変の元凶である花の野郎ヴァミージの繁殖にはもってこいの場所であることに違いない。


───とまあ、そんなわけで現在俺たちは人間サイズのアリさんに追っかけられてるわけで。


 めっちゃ、死にそうです。


「あのぉ、リルさん……?何か策などは……」


「……ごめん、無い……」


「ですよね〜……」


 とにかく逃げるしかない。反撃に出たいところだが、足場の悪さと道の狭さが邪魔となり、更に何十、何百の大群ともなると流石にこちらも迂闊うかつに手が出せない。


「シュウマ、あれ……」


 リルの指差した方向に、樹木の生えていない場所が見える。開けた所なら、反撃にも打って出られるはず。

 俺たちはそこに向かって全速力で駆け抜けた。



「はぁ……はぁ……リル、大丈夫か……?」


「うん……」


「よし、それじゃあやるか……」


 俺は両腰に下げている鋼の棒サイリウムを構えようとした。


「あれ……?」


 アリ達が来ない。むしろ、こちらを警戒して顎をカチカチと鳴らしているだけだ。

 どういうことだ?さっきまで猪突猛進していたではないか。


 リルが無言で俺の肩を叩く。


「ん?───って、あぁ……そういうことか」


 ようやく理解した。何故、森の中で部分的に樹木の生えていない場所があるのか。

 そして、アリ達が襲ってこない理由も。


「こいつか……悪辣な侵略者ヴァミージ・ミハールってのは……!」


 第一印象として、「美しい」花だと思った。

 周囲に花粉を放出し、空気を黃一色に染め上げる可憐な花は、妙に心地よさのような空間をかもし出している。


 だが、その美麗さとは裏腹に、花弁の中央に据えているのは、よだれを垂らし、花粉を常時放出し続けている禍々しいだった。


「やっぱり成長してる……」


 リルの発した言葉で、こいつがどれほどの奴なのかが容易に想像できる。


「とりあえず、こいつをぶっ倒せば良い───」


 その言葉を言い終える前に、俺の視界が180°ひっくり返った。


「え、地面?──」


 地面と激突するのかと思いきや、そうではない。

 ほっと一安心、など出来る状況ではなく、俺は移動しているのに気づいた。


 激しい風の抵抗を受けながら、恐る恐る下を覗くと、そこには二つの大きな眼と黒色の鱗、それに巨大な牙が……。


「昆虫、花のお次は、と来たか……」


 こうして、リルと分断された俺は、空中を彷徨いながらこの特大ヘビに咥えられた状態で、戦うことになったのである。



「なんでやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る