第九話 異変調査

 帰路に着く頃には二人ともボロボロで、俺に至っては歩行すらままならない状態だった。


 戦闘の際に、代謝が爆発的に上がり、身体能力が急上昇したからだろう。多分、そこかしこの骨が折れているだろうと思う。


 村に戻ると、近所の人達が待っていてくれた。

 どうやら俺たちが帰ってこないのを心配に思っていてくれたらしい。そこにはおやっさんの姿もある。


 異世界に来て、初めて「故郷」と呼べる場所を見つけられた気がする。


 それから、家に帰ろうとする俺たちを宿屋の女将おかみさんが引き止めて……。


───それからの記憶は、ぷっつり途切れたままだ。



=====



 朝日の差し込む部屋で、目を覚ます。

 深みのある茶色の天井が一番に見えることから、ここが木材で造られた建物であることに気づく。


 俺はどうやら昨日からずっと寝ていたようだ。この感触は……ベッドか?


 俺のベッドの、隣のベッドですやすやと眠っているのは……妖精さんかな?


 俺がまじまじと、なんとも微笑ましい光景をぼうっと眺めていると、妖精さんがまぶたを重たそうに持ち上げて、目を擦りながら言った。 


「あっ、目……覚めた?おはよう」


「あっ、おはようございます……」


 挨拶をされたからには返すのが礼儀……ってそんな場合じゃなかった。


 こんなに麗しいお嬢さんを間近で観察できるのだ。歓喜する方が先だ。そうだよな、じゃないと失礼に値するよな。


「……って、ちげーよ!」


「えっ、何が?」


「いや、ごめん。なんか物凄くを感じちゃって……」


「その言葉が何かはわからないけど、安静にしてないと駄目だよ」


「……リルこそ」


「ん……」


 俺たちは丸一日眠っていたそうだ。今回は三日じゃ無かったね。

 それで、俺はまた酷い怪我をしていたので、リルが治療をしてくれたそうな……。

 下げる頭が、これ以上無いです。


 見慣れない天井が視界に入ったことと、女将さんの言葉から、ここが宿屋であると気付くのは遅くなかった。


「シュウマ……昨日いきなり倒れたから、心配した……」


「まじかぁ……またリルに迷惑掛けちゃったな、ごめん」


 俺の謝罪を受け入れてくれた天使と一緒に部屋を出て、階段を降りると女将さんが厨房で料理を作っていた。


「おっ、起きたのかい?どうだった、ウチの宿の寝心地は?」


「最高でした。すいません、泊めてもらって。あの、お代は……」


「気にすんなって!うら若いお二人さんなんて、客でも滅多に来ないんだから。ましてや地元の子からお代なんて貰えないよ」


「……ありがとうございます」


 とても親切な人だと思う。少し、俺たちの関係性に誤解が生じているとは思うが。


 地元の人に聞いた話では、旦那さんが冒険者だったらしいのだが、ダンジョンの攻略中に亡くなったそうだ。

 女将さんは、夫が冒険者であったことを誇りに思っているそうだ。きっと、様々な葛藤があっただろうに、最後には肯定するその器の大きさには脱帽だ。


 そんなことを思っていると、隣でリルのお腹が可愛らしく鳴った。

 赤面する彼女に、女将さんが声を掛ける。


「リルちゃん、今ご飯出すからね。そこの席で待ってて」


「うん……」


 なんとも和みのあるやり取りを眺めていると、彼女が不服そうな顔をこちらに向けてくる。


「何……?」


「いえ、なんでも無いです……」


 出された朝食を急いで食べるリルを横目に、女将さんにお礼を言う。


「すいません、本当に何から何まで……。ありがとうございます」


「良いの良いの!こっちとしても、リルちゃんにはいつもお世話になってるしね。この村が一度魔物の群れに襲われた時も、一番頑張ってくれてたのが、リルちゃんだもの」


「そうだぞ!あの時のリルちゃんは、本当にかっこよかったなぁ」


 少し離れたテーブルで話を聞いていたおじさんが、誇らしげに言う。


「だから、気にしないでね。その子が認めたのだから、きっと素敵な御人になれると信じているわ」


「努力します……」


 過大評価されている気がするが、この村は本当にアットホームな雰囲気で、暖かい。

 どの人も凄く親切にしてくれるし、時折やってくる旅人や、冒険者に対しても同じような態度で接している。


 ずっと此処に居たい、という気にさえなってしまう。


 でも、元いた世界の両親のことが心配ではないと言えば、嘘になる。それに、やり残したこともまだまだある。

 

 帰らなければならない。あんな理不尽な世界でも。また、嫁との生活を送る義務が、俺にはある。



 朝食を済ませた俺たちは宿を後にし、家を目指して歩いていた。


「シュウマ、ごめん……私のせいで戦いに巻き込んじゃって……」


「なんのなんの!こんなのへっちゃらですぞ!」


「なら、よかった……」


「………」


 爽やかに吹き抜ける風が彼女の髪を揺らし、微かに笑うその表情を見るだけで、俺はきっと君の隣にいたいのだと思う。ごめん、俺の嫁。少しだけ許してくおくれ。



 帰宅すると同時に、リルは元々の仕事である「魔物の凶暴化」についての調査を進めていた。

 俺もその異変についての調査を手伝うようになり、次第にその異変の全容が見え始めてきた。


「『悪辣な侵略者ヴァミージ・ミハール、か……」


「やっと分かった……この異変の元凶」


「文献によると、こいつはの魔物らしいな」


「そうみたい。私も遭遇したことが無いから詳しくは知らないけど、催眠作用のある花粉を魔物に吸わせることで凶暴化させ、各地に種子を撒き散らす習性があるらしいね……」


「その理由は『繁殖』のため、か……」


 そいつの撒く花粉は、他の魔物を凶暴化させるだけでなく、花粉自体が成長するために魔物の体内からエネルギーを吸い取る特性があるようだ。

 エネルギーを吸いつくされた魔物は、段々と朽ちてゆくという。怖い……。


「大半の個体はギルドによって討伐されてるはずだけど、今回みたいな長期に渡る異変ともなると、ギルド側でも認知しきれていなかったから、野放しにされて相当成長しているはず……」


「早々に駆除した方が良さそうだな」


「これ以上大きくなられると厄介……」


 難しい顔をするリルに、俺は提案する。


「それじゃあ明後日、討伐に行かないか?大体の位置は把握してるんだろ?」


「えっ、いやダメだよ……シュウマをこれ以上巻き込めない……」


「大丈夫、大丈夫!それに、他に凶暴化した魔物が出てきた時に少しでも動ける奴がいた方が、幾分かマシだろ?」


「そうだけど……」


「ヲタクを軽んじるで無いぞ!頭の回転力と臨機応変な対応力だけには自信があるんだ」


「その、『ヲタク』が何かは分からないけど、お願いしたい……」


 俺はその答えに、右手でVサインを作ってみせる。


 通常であれば、物凄く強い主人公が謎の説得力と信憑性しんぴょうせいをもって行うアクションだが、この際そんなことはどうでもいい。

 ただ、彼女のために出来ることがあるならば。


 格好つけた以上は、ちゃんと成果を持ち帰らないとな。

 ──それに、の実践も、しておきたいと思っていたところだ。

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