第八話 決着

 大雨によって世界が紗幕に閉ざされる中、俺は全身を濡らしながら佇んでいた。 

 今、俺は心の底から気分が良いと断言できる。


 血液が、筋肉が、神経が──破裂しそうなほどに俺の体内で暴れ回っている。



 腕の中で眠っていたリルが目を覚ます。


「あれ……シュウマ……?」


 お姫様抱っこされている自分の現状に気が付き、一気に顔を赤らめる彼女を他所よそに、俺は真正面から巨人と対峙する。


「あの、シュウマ……降ろして……」


 そう言われてリルを降ろし、もう一度鋼の棒を胸の前で構える。


「伝わる……」


 全身に伝わる情熱。きっとこれを使い続けたであろうヲタクの魂が、俺の心を激しく揺さぶる。

 汗臭さすら感じさせる、その思い。推しのために全てを賭けて、止まることなく全速力で走り続けたであろうその人生。


 その人のことを知らずとも、鋼の棒こいつが教えてくれる。


「さっきの速度……どっから出やがった?お前みてぇな奴には、ぜってェに出来るはずもない芸当だぜ?」


「貴様の様な外道には、一生分からぬものでござるよ」


「くはッ──そうかい……!」


 初めてレンゼルが仁王立ちを辞めて、一気に間合いを詰めてくる。

 その大剣が高速で振り下ろされる前に一歩踏み出していた俺は、巨人の懐を掻い潜り、脇腹に一撃、更に一撃の反撃カウンターを見舞った。


「……ッッッ!」


 思わず顔をしかめるレンゼル。やはり、こいつの鋭さは素晴らしいな。


 俺は今、二つの感情が渦巻いている。


 一つは「憤怒」。俺達の襲いかかって来たこと、リルを傷つけたことに対する激しい怒り。

 もう一つは「歓喜」。極度の緊迫状態にあるにも関わらず、無性に湧き上がってくる楽しさ──嬉しさとも言える


 きっと、その二つを合わせて『興奮』と言うのだろう。


「……てめェ、何ワクワクした面ァ下げてやがる……」


「すまぬでござるな……拙者、とても『興奮』しているのでござるよ……!」


 俺の口にする『興奮』という言葉を、他者がどう解釈するかは分からない。ただ──今はただ、この昂ぶる力を誰かにぶつけたいという衝動に駆り立てられている。


 あの遺跡で鋼の棒こいつを見つけてから、俺はずっと考えていた。「この武器に合う名前はなんだろうか」と。

 ずっと思案していた。しかし、あの煌々と輝くウルトラオレンジの光を浴びて、決意が固まった。



          ───【 煌閃剣:砕流夢サイリウム 】───



 砕き、流れ、全てを照らす。俺の、そしてヲタク達の「夢」を紡ぐつるぎ

 それが、こいつの名だ。


「何ボサッと突っ立ってんだァ!この野郎ォォォ!」


 遂に冷静さを失った巨人が、先ほどよりも更にスピードを増し、水飛沫しぶきを上げながらこちらに突進してくる。


「決めるぜェ……! 【地封剣術:落岩厳揺らくがんげんよう】 」


 ようやく大剣を両手に構え直し、放つ大振りのその一撃──。

 それが、奴の全力の技だと知り、俺もその技に真正面から激突する。


「やるでござるよ……!砕流夢サイリウムッ───!」


 この一対の鋼棒に刻まれた、主の思いを形に。俺は、出せる限り全ての力を以て、巨人と───いや、この剣士と打ち合う。


 これが、『剣術』か……。


 もう、そこには依然の体重80kgを超える豊満な臆病者の姿は無かった。身体は引き締まり、ヲタクとしての覚悟を決めた男だけが、その場に立っていた。


「 【閃光剣術:雷蛇サンダースネイク】 」


 音を超える刺突。

 それはしなやかに、そして獰猛に喰らいつくヘビそのものを思わせる一撃。


 砕流夢サイリウムの放つ光が更に増し、辺りに舞い散る雨粒を一斉に橙赤色に彩っていく。

 ライトアップされた水のカーテンが周囲を包み込み、誰もがその光景に目を奪われる。


 ──たった二人を覗いては。


 勝負は一秒にも満たない時の中で、決した。


 レンゼルの放った最後の振り下ろしは、確かに俺の姿を捉えていた。

 しかし、その刃が届く前に、俺の刺突は奴の左胸を確実に貫いていた。


 しばらくの間、二人の間に静寂が訪れる──。


 やがて、レンゼルの口から鮮血が溢れ出る。

 だが、その流血を剣士は逆に飲み込む。敵に対して、負けたことを表明させぬ態度。蛮族であっても、剣士であるというのが素人の俺でも分かる。


「……久し振りに、強え奴と戦えたぜ……馬鹿にして、悪かったなァ」


「こちらこそ、思うことはあれど、お主のような剣士と相まみえることが出来たこと、感謝する」


「へっへっへ……どこまでも胡散臭ェ野郎だぜ……」


 その言葉を最後に、巨人は後方に崩れ落ちるように倒れた。


 一寸も動かぬ巨人を見て、俺は静かに勝利を確信した。

 いつの間にか雨は上がっていて、赤々と輝く夕陽が雲の隙間から覗いていた。


 砕流夢サイリウムは光を失って、ただの棒に戻っていた。

 

「…………勝ったのか」


 すっかり豊満デブに戻っていた俺は身体中から力という力が、しぼんでいく風船のように抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。


 ボスを失い、残された手下達は糸の切れた人形のように停止したままだった。

 その様子を見ていたリルが俺の方に駆け寄ってくる。


「シュウマ、今の内に……」


「あ、ああ……」


 もう一歩も動けない俺に肩を貸してくれるリルはどこか嬉しいような、悲しいような顔をしていた。


 追手は来ない。


 ──あの時、戦闘の真っ最中に感じたあの感覚。

 高揚感、とでも言うのだろうか……?俺は初めてこの手で、人の命を奪った。

 それが、この世界での常識といえばそうなのだろう。だが、俺はやったのだ。人を殺したのだ。


 しかし、どうだろうか。俺は現に、胸の高鳴りを感じている。

 戦闘の終わった今も、俺の拍動は加速したままだ。これも、砕流夢サイリウムの効力なのだろうか。


 凄まじいエネルギーを秘めている代物だ。使用後の疲労感は半端ないが、確かに伝説の勇者が手にするには十分な力だろう。

 もっとも、俺に勇者の素質なんてカケラも無いのだが。


「シュウマ、お疲れ様」


 いや──良い。勇者に成れなくても構わない。今はただ、この子の隣で居られるならば、それ以上のものなんて要らない。


「リルこそ、おつかれ」




=====

─ 手下視点 ─


 ボスは死んだ。


 仕えるべき人は、もういない。


 身寄りも無く、世間から蔑まれていた俺達を拾ってくれたのが、ボスだった。

 自国ではゴミ同然だった俺達を、公国に紹介してくれたのもボスだった。


 俺達はその人に一生ついていくと決めた。しかし、その人はもういないのだ。


「おい!あいつらが逃げてるぞ!」


 誰かが言う。

 しかし、この人を放っておくことは出来ない。


「……良いんだ。ボスがあんなに楽しそうに戦っている姿は、久し振りに見た。この人もきっと満足してるさ」


「…………納得出来ねぇよ」


 俺だって納得は出来ねぇ。でも、この人の顔に泥を塗ることなんてのも出来ねえ。

 たとえ賊だとしても、男の戦いに首を突っ込むほど落ちぶれちゃいない。


 皆それが分かっているから、追うことをしない。


 空を覆う闇が深くなっていく中、一人が突然声を上げる。


「あっ、あれって……」


 天を仰ぐ一人に続いて、全員が同じ方向を見る。

 俺達の頭上──空中に佇む一つの人影。


 俺達を蔑むように見下す、大きな翼の生えたその人物こそが──ボスの出身国である、『バルティオ公国』の主、であった。


 その御方はゆっくりと地上に降り立ち、ボスの姿を見るなり、言った。


「レンゼルが逝ったか。優秀な者だったが、惜しいものだ」


 俺はその冷酷な言葉に反発する。


「なんで悲しまないんですか……仲間が死んだんですよ?」


「『仲間』?笑わせてくれるな。こんな蛮族風情が私と同等だとでも思っているのか?」


 一瞬にして、場が騒然となる。


「なに……言ってんですか……?」


「弱すぎて反吐が出る。偶然通りかかって来てみれば、なんだこのザマは。貴様らに対しては、もはや失望の色しか見えぬ」


 怒りが頂天に達した仲間が言葉よりも先に公爵に飛び掛かる。

 ボスを愚弄する奴は、相手が誰だろうと容赦はしない。


 ──だが、それが無意味だと知るには、余りにも早すぎた。


「……もう良い──死ね」


 その言葉と共に放たれた技


「 【血脈龍派:武血千雨ブラッディスコール】 」


 公爵が自身の腕を切り裂いたかと思うと、その真紅の血が無数の槍や剣、その他多くの武器となって俺達の頭上に降り注いだ。


 「ヒト」の成せる業では無いと、そこに居る誰もが自覚した。


 仲間達は声を上げることすら出来ず、その場に次々としていった。


 血の雨の洗礼を受け、薄れゆく意識の中、公爵の声だけが耳に響いていた。


「我が国の軍事力も落ちたものだ。──これは、再編する必要があるな」

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