第七話 電光石火

 晴れていた空の色が段々と怪しくなり、分厚い雲がかかり始めた。雨が降り始め、俺達の見ていた世界が薄暗くなっていく。


「…やっぱり、来てた…」


 隣でぼそっと呟くリルの姿を見て、こいつらと面識があるのを悟る。

 友人のような関係性…ではなさそうだが。 


「おいおいおい!やっぱがいるじゃねぇか!」


「くぅー!可愛いぜぇ、嫁さんにしてえ」


「てかあの豚誰?」


「知らねぇ」


ドンッ


「……お前ら、黙れ」


 口々に叫ぶ蛮族たちの中に、一際デカい体格の男が、地面を拳で殴ると、場が途端に鎮まる。

 そして、重みのあるどっしりとした声。


 しかし、とはどういうことだ…?


「悪いなァ、お二方。俺たちゃ国の依頼で調査に来てるんだがよォ。どうやら先客が居たみてぇだな」


「ここは私の国の管轄…あなた達の領土じゃない」


「そりゃあそうなんだが…如何せんウチの様はせっかちでなァ。利益の為ならば、他国との衝突もやむなしとのお考えらしいのだ」


 巨人のような男が、その巨大な顔面に不適な笑みを浮かべる。


「大人しく引き下がるなら、今は何もしないぜェ?」


 余裕の風格、それにこの大人数。確かに、戦力には十分な差があるということを自覚しての発言だろう。


「バルティオ公国の『鬼人』と呼ばれたレンゼル…噂には聞いてたけど、強い…」


 未だ剣を交えていない段階で、リルが相手を「強い」と断言した。かなりの手練れであることは間違いないだろう。


 二人の間に緊張感が走る。俺など蚊帳の外ってことか。


「ボス、全員で殺っちまいましょう!こんな奴らにどうこう出来る状況じゃないですよ!」


 手下の一人がそう告げ口する。


 おいおい、まじかよ…。これだけの人数を相手にするつもりなのか?リル…。

 俺に力があれば…、俺に戦う能力があれば…。


 足が震えている。本当に情けない。


 その無力感と自己嫌悪が、俺の頭を永遠に苦しめている。



 リルはこの人数を相手に尻込みすることも、怯むことも無く、微動だにしていない。


 どうしてここまで強く在れるのだろうか。

 俺はビビリ散らかして見るに絶えない状況にあるのに。


「シュウマ、下がってて…」


「あ、あぁ…」


 ──いや、違うだろ!そうじゃないだろ!なんで守られる側なんだよ。

 男だろ!?でも、相手は真剣持ってるし……


 自身の女々しすぎる感情に嫌気が差すが、こいつら本当に犯罪者の目をしている。

 無理だ。戦いなんて無縁の生活を送ってきたのに。


 ここ何日か、体を動かす内に筋肉もそこそこついてきて、体重も8kg痩せた。それでも、肉に覆われた壁を完全に排除するにはまだ時間が掛かる。



「「「殺っちまええええ!!!」」」


 蛮族たちが叫び、一斉にこちら目掛けて走ってくる。泥濘ぬかるむ地面をものともせず、こちらに突進してくる。

 リルは腰に下げているさやから、美しい鋼色の剣を抜き、静かに突きの構えを取る。


「 ……【氷華剣術:凍刃とうじん】 」


 一瞬にして、周囲の空気が冷気を帯び、俺が瞬きする間に彼女は地を蹴っていた。

 雨粒の落ちる速度よりも速く、鋭い疾風となって。


 後に残るは、寒風と残像。


 俺が奴らの方に顔を向けた時には、もう既に20人近くが氷によって外界と分断されていた。


「す、すげぇ……」


 かじかむ手を擦りながら、言葉が漏れる。凄いとしか今は言うことが出来ない。一瞬で20人…。


「こ、こいつ…やばいぜ…」


 つい先程まで盛んだった蛮族たちは、誰もが彼女に恐怖の念を抱いていた。

──たった一人を覗いては。


「お前らァ…ビビってんじゃねえ。相手は一人だぞ。それでも国から公認で、犯罪に手ェ染めてる連中か?」


 大男は依然として怖気づくこともなく、いたって冷静を決め込んでいる。


「そ、そうだ…ボスの言う通りだ!俺たちの力を合わせればこんなガキ…!」


 ボスの言葉で、手下の顔から困惑や恐怖の色が消え、殺戮に飢える醜い色が再び再現する。


 奴らは、次の攻撃の際に突進をするわけではなく、「組織」としての動きを取り始めた。


『フォーメーション』と言うべきか。


 相手を幼子としてではなく、あくまでも向かうべきとして認識し、陣形を固める。

 蛮族とはいえ、流石は戦闘のプロといったところだな。


 ──って、流暢りゅうちょうに解説してる場合じゃねぇ!リルが必死に戦っているのに、ダサ男を演じているのは俺だけじゃん。


 どうすれば、この先人のペンライトを焚く(光らせる)ことが出来るんだ…。


「 【氷華剣術:月下ノ冰姫 ムーンライト・アイシング 」


 相手の陣形を崩すべく、吹雪を巻き起こす技を繰り出すリルだが、相手も先ほどとは違い、浮ついた態度が見えない。やはりあの大男の統率力が高い所以だろう。


「……崩せない」


 奮闘するリルだが、相手は30人近くいる。個人の戦力に差はあれども、相手は団結力を駆使して、各々が攻撃魔法や遠距離援護攻撃、防御を巧みにこなしている。


 そして何より、あのレンゼルとかいう男───戦闘が始まってから一ミリも動いていない。声を投げる事はあっても仁王立ちしたままだ。


 それだけ余裕があるのか?相手はリルだぞ…?


 その違和感に、少しの不安が頭をよぎる。


「 【氷華剣術:凍刃〘蓮〙】 」


 氷の華が彼女の周りに咲き誇り、標的目掛けて蒼き刃が飛来していく。

 広範囲の攻撃に全員が戸惑う中、立ったままでいるレンゼルに向かって高速で接近していく。


「速い…!これならあいつを倒せるかも!」


 そう決めつけたのが、愚かだった。


 あいつは、ただ立っていたのではなく、いたのだ。


「 【地封剣術:覇砕はさい】 」


 リルの剣筋を読み切ったかのように、ノーガードの姿勢から身の丈程の長さのある大剣を軽く振る。


 そこに、リルの剣が吸い込まれていくように打ち込まれる。


 レンゼルは無論、かすり傷一つ無い。


「読まれてる……」


 たった一発打ち込んだだけでそう感づいたリルは、その後も技を打ち込み続けるが、どれ一つとしてレンゼルを傷付けるには値しない。


「どうしたァ嬢ちゃん、疲れてきたんじゃねぇのかい?」


「そんなこと……無い……」


「無理すんな。本当なら立っているのもやっとだろうが」


 確かにリルは何度も技を打ち続けている。ずっと魔力を消費し続けているのにも関わらず、速度も落ちない。──いや、落とさないと言った方が妥当だ。

 それなのに、あいつは涼しい顔で、全ての攻撃を受け止めている。


「リル……!ここは逃げよう!こいつには勝てない!」


「……それでも、負けるのは嫌」


 本当に強い。どこからそんな強さが湧いてくるんだ。

 分からない。逃げ続けた人生だった俺には、その強さが分からない。



「まだ、戦え……る……」


 そう言い切って、リルは地面に倒れ込んだ。

 俺は、頭の中が真っ白になる。


 どうすれば良い……リルを抱えて逃げるしか……でもあいつが見逃してくれるのか……?いや、そもそも逃げるって言ってもどこに?どうやって?


 くだらない事しか頭に浮かばない。


 不安と恐怖に飲み込まれる中、手下たちが目を覚まし始める。


「……っててて、このガキ、さっさと殺しちまいましょう!ボス」


「そうだなァ……まだ年若いが、俺達の敵になるなら容赦はしねェ」


 レンゼルが大剣を振りかぶる。今まさに倒れたリルの頭上で。


 リルが……死ぬ…………?

 

 この世界に来て、右も左もわからなかった俺を見捨てずにいてくれた、優しい子。

 なのに、俺は最後まで立ちすくんだままで、何も出来ずに終わるのか……?


 巨人がこちらに振り向き、より一層気色の悪い笑顔で言葉を投げる。


「お前、男のくせに女一人守れねぇで、どんな気持ちだァ?」


「ハハハ!やめてくださいよ、ボス。チビって声も出ませんって!」


 一斉に笑い声が空気を震わせる。俺はただ、自分の無力感を呪った。


 何を思ったか、俺は懐から鋼の棒を取り出す。


「おっ、その棒きれで俺らとやり合うってか?それとも、芸でも見せてくれるのか?」


 笑い声が反響する中、俺は考えていた。



「……『真のヲタク』って、なんでか?」


「は?」


「自分の愛する者のために動くことも出来ない、推しを助けることも、支えることも出来ない。そんな気持ちで、ヲタクが務まるでござろうか?」


「こいつ、遂にぶっ壊れやがったかァ?」


「否。女性を尊ぶことも、助けることも出来ない……そんなクソ野郎に、ヲタクが……務まるかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 その間、俺に宿ったのは、『覚悟』───あるいは『熱』だったかもしれない。


 俺の両手に眩しく輝く橙色の光ウルトラオレンジが見えた瞬間、俺は走り出していた。


 妙に体が軽い。でも、それ以上に────

 力が、奥底からみなぎっている。


 極度の興奮状態にも関わらず、俺の頭は妙に冷静で……は、しっかりと思考回路に刻まれていた。


 雨粒より、いや──音よりも速く、俺はリル目掛けて走っていた。


 土砂降りと化した豪雨の中、俺は一吹きの暴風となっていた。

 僅かコンマ何秒で、100m程もある距離を一瞬にして詰め寄る。。


「……ッッ!何モンなんだよ……お前ェ……」


 俺の腕の中には、戦闘で疲れ果てて眠ってしまったリルがいる。

 彼女の眠りを妨げぬように、しかし、はっきりと言う。



「拙者はただの────『ヲタク』でござる」

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