第五話 異世界人の存在

 『酒騒動』の翌日。



 俺は死にかけであった。



 酔いに酔っていた彼女を抑えるのは至難のわざで、リルは少女ながらもめちゃ強なのには変わりない。

 押し倒されるわ、ギルドに対する愚痴を散々聞かされるわ、大泣きされるわで本当に大変だった。


 なんか、こう……あれだ。

 彼女の内面的なものを、初めて見られた気がする。

 やっぱり、大人びていても年相応なんだな。


 あれだけ強ければ、ギルドからもかなりの評価をされるはずだし、他の人達からの期待も大きいだろう。それを一人で抱え込むのはどれだけ大変なことか。


 ──もっとも、俺には「責任」だとか「期待」だとかいう言葉とは無縁なのだが。


 リルは一頻ひとしきり泣いた後、泣き疲れたのか、赤子のように眠ってしまった。目の周りを真っ赤にして。


 床で丸まって眠ってしまったのだが、流石にそのままにしていては風邪を引いてしまうので、どうにか起こそうとしたのだが……


 起きない。


 体を揺すっても起きない。完全に夢の中だった。しかし、このままでは困る。


「………まじか……」


 もはや「禁じ手」とも言える最後の手段が、頭によぎる。

 それは──『お姫様抱っこ』。


 ちゃんとベッドで寝かさなきゃいけないしな…。仕方がない、これは不可抗力だ。


 その後は「心頭滅却」をひたすら唱えていた、という記憶しか俺の頭には無い。その時ばかりは、俺の五感全てをはいしたい気分だった。



 そして、今朝に至る。


 俺は完璧に疲労が溜まったままであった。

 そりゃ、寝られるわけがなかろう?一晩中、目がギンギンでござるよ。


「シュウマ、大丈夫?調子、悪い……?」


 今日は珍しく寝起きの良かったリルは、昨日自分がどんな状態だったのかをど忘れしているかのようだ。

 疲れ切った俺の様子を心配して、朝食を作ってくれている。


「ああ、大丈夫だよ。ちょっとね……」


 何も言えぬ。言えるわけがない。「酒が入ったら、凄かった」なんて…。



「今日はちょっと、行きたい所……あるんだけど……」


「行きます!!!」


 お出掛け!?行くしかないだろう、いや、行かねば駄目だ!



=====



 ど う し て こ う な っ た 。


 違うじゃん、お出掛けじゃん?なんで……?


「あの……リルさん……?」


「ごめん……ちょっと手伝って欲しくて……」


 いや、普通さ。お出掛けってショッピングとかさ、綺麗な景色見に行くとかじゃないですか。まあ、女の子とお出掛けなんて行ったこと無いから、アニメ情報だけど。

 そりゃ、此処ここも景観だけ見れば綺麗ですけども。


 見るからに『遺跡』。


「もしかして、潜ろうとか言いませんよね……??」


「……ごめん……」


 あー、まじかぁ。行かなきゃ駄目かぁ……。


 見たままの感想を言うと、デカくて深そうな遺跡、というかといった方が語弊が無いとさえ言える。


 馬鹿みたいに大きく、苔むした石造りの門が立派に立っており、所々に門と同じ材質で作られたであろう、騎士を模した巨像が点在している。


 これがファンタジー世界か……。凄いけど、めっちゃ年代物じゃないか。いつ崩れるか分からんぞ。


 そんな俺の憂いにも構わず、リルはずんずん進んでいく。

 流石は大手ギルドに所属する優秀な冒険者、といったところか。


 リルが、懐から正八面体をした蒼石のペンダントを取り出し、首にかける。

 そして、胸の前でそのペンダントに触れると、その石から青白い光のベールが放たれ、彼女を包みこんでいく。


 ついこの間見た、白銀の鎧が再び姿を表す。

 あの鎧、魔力で作られてたのか……。


 その神秘的で異様な光景を凝視していると、彼女が顔を赤らめる。


「そんなに見られると、恥ずかしい……」


「えっ、あっ、ごめん……!」


 やっぱリルは、リルのままだ。可愛すぎる。


 俺達は遺跡内部へと入っていく。段々と外界の光が届かなくなってくるため、中はとても薄暗い。

 しかし、彼女の鎧が放つ光が辺りを照らしてくれるため、視界に困ることはない。


 どうやら魔力を光に変換することが出来るようだ。すげえ便利。


「ところで、なんで俺みたいな役立たずをこんなところに?」


「その……解読して欲しいがあるの…私じゃ読めなくて」


 大抵の文献や資料なら、普通にどの語でも読み解くことの出来るマルチリンガルの彼女でも読めない字があるのか……。


 いやしかし俺、日本語しか分かんないぞ。スキル『翻訳』は会話にのみ適用されるし、文字については無知だ。


 学校で、ちゃんと英語くらいは勉強しておくべきだった。

 一応、今は読み書きくらいは出来ないとまずいので、「異世界語」を必死に習得中ではあるが。


「……それともう一つ……」


「ん?」


 何かを言いかけたところで、口を紡いでしまう彼女も魅力的すぎる。愛でたi…((殴


 それにしても、先程から感じている違和感。

 普通、遺跡とかって魔物が出てくるものじゃないのか?全然出てくる気配無いんですけど。


「なんか、魔物少なくないか?」


「うん、全部殺した」


 そっかー、全部殺しちゃったかー。

 そりゃ、魔物だって一体も出てこないよねー。


 正直、規格外過ぎた。彼女の強さは十分理解していたはずだが、まさかここまで強いとは…。


「ギルドの等級って基準とかあるの?」


「一応ある」



(ギルド等級まとめ)



【Eランク】:駆け出しの冒険者レベル。あまり危険な仕事は受けられない。


【Dランク】:冒険者としては半人前くらいのレベル。少しずつ難しいクエストを受けられるようになる。


【Cランク】:冒険者として一人前として認められるレベル。仕事の量もかなり増えてくる。


【Bランク】:かなり中堅の冒険者。かなり強い魔物なども倒せるレベル。ギルドからの信頼も厚い。


【Aランク】:トップクラスの精鋭。各国の騎士団や他のギルドからスカウトが来る程のレベル。かなりの戦力を持つ。


【Sランク】:普通なれない。はっきり言って「人間レベル」では無い。精鋭どころか、一国の騎士団ぐらいの戦力を一人で補えるレベル。やばい。




 ちなみに、リルはAランクらしく、どこぞの国から多くの勧誘も来ているそうだ。凄いね!

 これだけ若いのにAランクなら、Sランクも夢じゃないのではなかろうか。


「……着いた」


 結局、一匹さえも魔物が出ないまま最深部と思われる場所に案内された。


 周り一面、天井までもが青い色をした水晶でできている空間。

 それにリルの鎧の放つ光が反射して、なんとも神秘的な空間に仕上がっている。


「おお……」


 思わず感嘆の声を上げてしまう俺を横目に見る彼女は、どこか嬉しそうだった。


「ここ、ダンジョンなのに凄く綺麗な場所、あったから……シュウマに……」


 きっと次に出る言葉は「見せたかった」だろう。

 なんて良い子なんだ。涙出てきた。


「それで、あれなんだけど……」


 そう言ってリルの指し示した先には、石碑が立っていた。


「あんまり期待はしないでくださいよ───って………は?」


 渋々その石碑に近づき、視線を落とすと、そこには見慣れた───というよりも常日頃から使っていた記号の羅列……。



「これ……『日本語』じゃないか……」

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