第四話 ヲタクの現状&とある夜

 泊まりついでに世話をしてほしい。という要望を受け入れてから、早くも二週間が経とうとしている。



 俺の一日の始まりは、リルを起こすことから始まる。


 なんで、リル「さん」じゃないのかって?それはこので「親密な関係」になってしまったからだよ。悪いね、同志諸君。羨ましかろう?


 やはり、時というものは重ねるごとに親密度が上がるものなんだな……。

 ギャルゲーやってた時期の「経験」が「実感」に変わった。


 ──とは言うものの、俺がずっと敬語を使っているのが「気持ち悪い」ということらしく、普通に話してほしいということなので、そうしているだけなのだがね…。


 とまあ、そういうわけでリルとの生活が始まったのだが、これがまた大変。


 リルは料理も美味しくて、面倒見も良いのだが、それ以外は───

 はっきり言って『ポンコツ』である。


 まず、朝にとても弱い。


 一度起こしても、二度寝はデフォルトで、三度寝、四度寝も当たり前である。

 その上、起き抜けは機嫌が悪いので、朝食は俺が作るようになった。


 「料理以外」の家事をする、という約束では……?


 まあでも、起きられないのにも理由わけがある。

 彼女はここら一帯の調査の為に、夜遅くまで資料や文献を漁ったりしているのだ。

 ただでさえ、日中は各地を探索し、情報収集に勤めているというのに。


 大体は夜中まで作業をするので、書斎でそのまま寝落ち、なんてこともある。

 その際は……誠に不本意ながら、お姫様抱っこで寝室へお連れする───ことも無く、根性の無い俺は、結局彼女を無理矢理にでも起こして自分の足で寝室まで歩かせる。


 くそっ、こういう時に童貞陰キャが発動してしまう自分を呪い殺したい。

 しかし、女の子と一つ屋根の下で暮らせるということに、まず感謝しなければな。


 朝食を取ったあと、俺は洗濯や家の掃除、片付けを行う。

 料理以外の家事はできないと言うだけあって、汚い。

 脱ぎっぱなしの服、ホコリを被った家具、所々カビの生えた台所 etc…


 俺は片っ端から片付けた。そして掃除しまくった。

 この一週間で、この家も中々に綺麗になった。



 俺が掃除している午前中の間、彼女は鍛錬をする。


 素振りや足さばき、スキルを駆使した剣術などの剣を用いた鍛錬に身を投じる。

 それはもう見事な剣筋で、時々見られる、彼女の剣撃によって火花が散る様子には感動すら覚える。


 昼食はリルが作り、二人で食べたあとはそれぞれ家を空ける。

 彼女は調査の為に家を発ち、俺は買い出し。食材や日用品を買いに市場へ出掛ける。


 ここで、皆は「なんでこいつは金も無いはずなのに、買い出しなんて行けるんだ?」と思うだろう。


 聞いて驚け。俺は『職』を手に入れたのだ!


 勿論、ステータスに関する『職業』ではない。いわゆる「バイト」というやつだ。


 前世では、グッズを買うためにカラオケ店で接客のバイトをしていたが、その経験が異世界で役に立つ日が来るとは思わなかった。


 俺の職場はそこそこ繁盛している酒場で、ファンタジー世界に出てくるようなまさに中世の酒場!って感じの店だ。


 俺が「どこかで働きたい」とリルに頼み込んだ結果、紹介してくれたおかげで雇ってくれることになった。

 何から何まで、本当に感謝しかない。ありがとう、天使よ。


 酒場のマスターである「おやっさん」はかなり豪快な人で、昼間から酔いつぶれている客を見れば、誰彼構わず「暇かよ、働け」と言う。強い。


 最も店が繁盛する時間帯である夕方から夜にかけてが、俺の就業時間だ。

 客達が各々の仕事を終える時間帯で、これは元の世界と似たようなもので、少し安心感を得られる。


 ……おっと、少し喋り過ぎてしまったな。

 そろそろ店が開く時間だ。気を引き締めていかないと、また常連客にからかわれる。


────────

──────

────

──



 ぷはぁッ、仕事終わりの一杯は美味い!


 もちろん俺は未成年なので酒は飲めない。なので、炭酸に葡萄ブドウのような果実や柑橘類といった果物を混ぜて代用することで、飲んだ気になるのだ。


 帰ったらリルという天使が待っているし、やっぱ異世界ってのは良いもんだ。

 胸を踊らせつつ、帰路に着く。


 家の外からでも漂ってくる、美味しそうな匂い。

 今日は魚料理らしい。


「ただいまー」


「あ、おかえり……」

 

 台所でエプロン姿で立っている彼女が、疲弊しきった俺にねぎらいの言葉をかけてくれる。我、天に昇っちゃいそう。


 やばい、これは夢でござろうか。

 俺は今、まるで恋人を通り越して夫婦のような状況を実感している。

 こんなの、理性が吹っ飛んでも仕方がないのでは……!?(人間のクズ)


 夕食を美味しくいただき、俺は筋トレに励む。


 脂肪は仕事の敵だ。前世では全く取り組んでいなかったため、このような豊満なボディとなってしまった。

 前世の反省を活かして、異世界では自力でムキムキになることを決めたのである。


 そして、一日の終わりはリルを寝室まで歩かせてから、床に就くのだが……

 

 ──今日は違った。


 いつも通り筋トレをしていると、リルが一本の瓶を見せてきた。


「これ、お昼に貰った」


「誰に貰ったの?」


「ん、調査してたらそこの地元の人に。これ、美味しいんだって…」


「へぇ」


 リルが瓶から透明の液体をグラスに注ぐ。

 二つのグラスの片方をこちらに置いてくれる。


 しかし、これ…なんだろうか。

 体に悪そうな感じはしないけど……


 !?


 匂いを確かめるために鼻を近づけると、それはとても懐かしい匂いがした。

 ──というのも、それが俺の死んだじいちゃんが飲んでいた物と、匂いが「一致」していたからである。


「…ちょっ、リル!これっ……!」


「………?」


 時すでに遅し。リルは、俺が止める前にその液体を飲んでしまっていた。


「……?変な味……それに、なんかシュワシュワする……」


 リルが飲んだ液体──それは『酒』であった。

 おい!どこの馬の骨だ!うちの可愛い天使に酒を渡した野郎は!


 リルは初めて酒を飲むのか、不思議そうにその液体を見つめていた。

 そりゃ、見るからに未成年の子が、アルコールを口にする機会なんて無いよな…。


 ──驚いたのは、更にその後だった。


 酒を飲んだリルはたちまち、顔が紅く染まっていく。

 そんな一口で酔うのか……なんて呑気に考えている暇も無く、彼女は急に俺に近づいてきたかと思うと、いきなり抱きついてきた。


「ふぇ…シュウマぁ……今日ね、いっぱい頑張った……よ?偉い……?」


「そ、そそそうで、ござるね…!良く頑張っていると拙者も実感させられること、この上ないでござる……!」


 まずい……!これはまずい。完璧に泥酔しきっている。

 酒を飲むと、スイッチが入って普段とは全く違う人格になると、保険の授業で聞いたことはあるが、ここまで極端に変わるのか!?


 我が祖父の場合、「たしなむ程度」の量を余裕で超えていたから酔うことなんてなかったけど、酒に弱いとこうなるのか……?


「ねぇ……なにその言い方……全然心、籠もってない……」


 いつもは凛としていて、あまり表情を崩さない彼女が、幼子おさなごのように今にも泣き出しそうな表情でこちらをじっと見つめている。


 あかん、こりゃあかん……。

 本当に理性を失いそうになるのを、前世の嫁を思い出しながら必死に堪える。


 夜はまだ、始まったばかりなのであった。



 結論:お酒には注意しようね。   by 柊馬

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