第三話 辺境の村と、天使の申し出
朝日の差し込む部屋で、目を覚ます。
茶色の木目の入った天井が一番に見えることから、ここが木造の建物であることに気がついた。
俺はどうやら昨日からずっと寝ていたようだ。この手触りは、ベッドか……?
ベッドの
突発的なトゥンクを感じてしまう俺の様子は、自他ともに認めるヲタクそのものだろう。
俺がまじまじとその異様な光景を眺めていると、天使が
「あっ、目……覚ました。おはよう……」
「あっ、おはようございます……」
挨拶をされたからには返すのが礼儀……ってそんな場合じゃなかった。
こんなに麗しいお嬢さんと出会えたのだ。歓喜する方が先だ。そうだよな、じゃないと失礼に値するよな。
「……って、ちげーよ!」
「えっ、何が?」
「あ、いえ、すみません……ちょっと頭の傷が深いみたいです……」
「ん……安静にしてないと駄目だよ」
この人、聖女だろうか。我、感激。
昨日は死にかけてて、あまり良く分からなかったけれど、なんとまあ素敵な御人だろうかと思う。
雪のように真っ白な肌に、薄く銀色の混じった白銀の髪。艶があって、それに……凄く良い匂いが漂っている。
本当に妖精かと見間違うほどの
それに……
とても若く見えるが、年齢については聞かないでおこう。それが男としての最低限の作法だ。
しかしだ。
そんな彼女が身に着けているのは、妖精の美しさには似つかわしくない「ノースリーブ」。
普通にえっ?て思うけれども、ここはジェントルマンとして聞かぬが花であろう。
だが、ノースリのせいで、ほっそりとした二の腕が覗いていて、目の毒なのだよ。
……というか、俺80kg以上あるんだが……?この子が運んだの?一人で……?
本当に色々にツッコミどころ満載である。
「あの……俺、重たく無かったですか?」
「いや……そうでもなかったよ」
おいおい嘘だろ……。人間サイズの豚を運べるとかどんな子だよ……。
現状に困惑する俺を、不思議がるように覗き込む彼女は、まさに天使のそれであった。
「そういえば……名前、聞いてない」
唐突な質問に、俺は
「花宮柊馬です。今日、貴方のような素敵な方と出会えたこと、嬉しく思います。」
「ハナ……?えっと……シュウマだね。私はリル」
やらかした、盛大に。
彼女はなんとも思っていないようだが、こちらとしてはマジで一生の不覚ッ。
兎にも角にも、彼女の名前が聞けただけでも幸せだと思わなければな。なんせ、女性から名前を聞かれたことなんて人生で一度も無かったのだから。
皆、俺の醸し出すオーラにあてられて、近づくことすら出来ないのだ。
それにしても、リルさんか……。美しい名前だ。
彼女の名前を繰り返し脳内再生していると、当の本人が「朝ご飯、食べよ」と言うので、歓喜に身を浸しつつ、ここは彼女のご厚意に甘えることにした。
=====
「ええ!?俺、3日も寝てたんですか!?」
「結構、傷が深かったから、かな」
寝室から移動して居間に移動する。
食卓に着いて、給仕してもらった朝食を頬張りながら、真実に
とはいえ、今の俺の体を見ると傷一つ残っていないぞ。
たかが3日で、死にかけの体が復活するものだろうか。
「一応、回復魔法で治療はしてる……」
あーやっぱ聖女だ、この子。
こんな見ず知らずの豚を治療したうえ、看病までしてくれるなんて。
彼女の作ってくれたスープが体中染みていく。
絶妙な味付けと塩味が、起き抜けの体をじんわりと温めてくれる。
「何から何まで、ありがとうございます……俺みたいなやつに」
「……気にしないで」
だめだ、親切過ぎて胸が張り裂けちゃう。
とりあえず話題を変えよう。
「あの、此処はどこですか?」
「……?えっと、私の家」
くあああ、違う、そうじゃない。でも可愛い……!
「あー……すみません、この土地の名前とか地方名が聞きたくて……」
陽の光が差し込む窓の外を見れば、木造の民家や畑が見えることから、城下町とかではなさそうだ。というより、かなりの田舎に見える。
俺の質問の訂正に、彼女の顔が赤く染まっていく。
やばい、可愛すぎる。
「……えっと、ここは大陸の中央にある王都よりも、南の森林地帯に位置する『ファルズ村』。この辺一帯は、『議会』の本部が持つ権力で統治されてる」
聞くところによると、元々この世界では約200年に及ぶ争いが、3つの大陸にそれぞれ存在する超大国同士で絶えず頻発しており、その三大国家を僅か数十年で陥落させ、統合させたのが現在の『中央大陸議会』らしい。
しかも、争いを終結させた『議会』の実態は、幾つかの小国による連合国だったそうだ。
どれだけ強い人たちがいたんだか。
俺は話を聞いている際、『議会』という言葉に体の強張りを感じた。
何故だろうか。その存在を知っているはずも無いし、今聞いたのが初耳だと言うのに。
「あっそうだ。言い忘れてました、何より先に言わなければならないのに……助けてくれてありがとうございます」
自分は本当に最低な奴だと思う。救ってくれた恩人に対してまず最初に御礼もしないなど、人間として恥だ。
「気にしないで……頭、上げて」
深々と頭を下げる俺に、焦ったような仕草をする彼女は、本当に年相応の少女そのものだった。
こんな子が、あの巨大豚を一撃で葬ったのか……。
信じ難い話だが、実際この眼で見たのだ。疑うわけにはいかないだろう。
あの蒼く
それにあの時──どこか悲しそうな目をしていたのも、何か訳があるのだろうか。
「そういえば、リルさんは何故こんな田舎に?貴方みたいな人なら王都にいるのが普通なのでは?」
「私、王都のギルドに所属してて……ここにいるのは調査の為。長く滞在することになってるから、家を借りてるんだ」
「調査?」
「ん、最近この辺りの地域で『魔物が凶暴化する』っていう現象が起きてるらしくて──あの大豚もその一例……」
なるほど、確かにこの一帯全域の異変ともなると、ギルドとして調査に赴くのが筋か…。
彼女は「派遣」として来ているというわけだ。
そんな忙しい状態で俺に構ってくれていたなんて……。本当に頭が上がらない。
何かこの方のために出来ることは無いだろうか。せめてお礼をしたい。
そんな事を考えていると、彼女が何か言いたそうに口を動かしているのに気づいた。なんだろう。
「あの……まだ傷、良くなってるとは限らない……から、もう少しこの家…泊まってく?」
「………はい??」
「あ、その…もしよかったらで良いんだけど、私、料理以外の家事できなくて……見返りって言うわけにいかない、けど……どう……?」
もう天使を超えて小悪魔だな、この子。そんなの「NO」だなんて言えるわけ無いだろ。
窓から吹き込む暖かく柔らかい風が、彼女の長い髪を揺らす。
「謹んでお受けいたします」
考えるよりも先に口が本能的に動いてしまってから、俺はその意味を初めて知る。
こうして、色々とハイスペックな超人女の子との同棲生活が始まってしまったのだった。
………最高かよ。
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