剣豪誕生編

第一話 ヲタクたるもの、異世界転移を果たすべし。

「──いやはや、今期のアニメはどれも豊作でございますな……小生、また嫁が増えてしまって困ってしまいますゆえ……」


「何を言うか!アニメなぞ邪道なり!原作の敵なり!キャラクターのヴォイスを自らの脳内で、理想の声色こわいろで言わせるからこそ、至高なのだ!」


「いえいえ、漫画には色が付いていないではございませんか。やはり良い作画には良い色が大事なのでございますよ。それに、貴殿の好むところの『トキメキ★エヴォリューション』も、元はと言えば、アニメが起源のようですが?」


「それは楽曲にセンスを肌で感じたからである!しかも、漫画に色が無いというのは原作者に対しての冒涜であろう!貴様、ちゃんと巻頭のカラーを見ておらぬのか?──それ故に、原作こそ至高だということを主張する!」


「エゴですよ!それは!柊馬殿もそう思いますよね!?──って寝てらっしゃる!」


 やたらと五月蝿うるさい討論に目を覚ます俺は、ひょろっとした丸眼鏡の男、新藤昌佳しんどうまさよしを見る。奴は完全に呆れ顔をして俺を見下ろしている。


われの主張が正しいに決まっておろう!そうだろう、柊馬?」


 寝ぼけた状態の俺を気にも留めず自身の主張に同意を求めてくる、一際背丈のでかいスクエア型の眼鏡を掛けた男は、海崎雪人うみさきゆきと


 高校二年に上がっても、変わらずこうして三人集まるのは恒例なのだ。


 どうやら二人の議論は、「原作が良いかアニメが良いか」というので揉めていたらしい。俺はどちらもいける口なのだが、きっとそれでは納得してもらえないだろう。


 それはこの状況を見れば分かる。


 そして、二人の意見の対立に丁度巻き込まれている最中なのが、俺こと、花宮柊馬はなみやしゅうまである。


「──二人の意見は良く分かった(全然聞いてなかったけど)。でも、揉めた所で決着が付かないのは目に見えてるだろ?だから、俺に意見を求められても困る」


 一旦は中立的な立場で、俯瞰ふかんすることにした。


「な、何をッ!そのような半端な思いで、本当にヲタクが務まるのか?これは『嫁』にも関する重大な議題なのだぞ!」



 『嫁』。


 雪人の発したその言葉で、俺の脳内は瞬時に沸騰した。


「ふっ……そこまで言われれば、『拙者』も参加せざるを得ないでな。どれ、一つお主らを完膚なきまでに説得するまで、教えを説いて参ろう」


「それでこそだ!柊馬よ!」


 『嫁』という言葉に人一倍敏感な俺は完全にスイッチが入り、一人称がに変わってしまう癖がある。


 『嫁』を崇拝する、そして彼女を応援するために汗水流して習得した『ヲタ芸』の数々……。

 彼女の幸せそうにしている笑顔を見れば、クラス内での孤立なぞ掠り傷にもならない。

 

 放課後の斜陽差す空き教室で野郎三人、仲良くヲタク話を展開させていく。


 無論、自分たちの教室は「リア充の群れ」が居たりするため、こうして空き教室を使って会議を催すことが多い。

 飽きることなどなく、話題は無限に出てくるため、情報共有の場としても最適だ。


=====


「───ん?なんだ、この石っころ……」


 議論も終盤に差し掛かる頃、不意に自分達の足元に深い紫色をした石……いや、宝石のような物が落ちているのに気が付く。


「ここに来た時はこんな物無かったはずなんだが……」


 俺の疑問に、二人が続く。


「誰かの忘れ物ではなかろうか?先生に届ける事を大いに勧める」


「そうですね、それが良いでしょう」


 珍しく意見が対立していない二人を横目に、俺はそれを拾おうとする。


 その瞬間───


 鳥肌が立つ程の金属音と共に、宝石が眩い光を放ち始めた。

 その光は薄暗かった教室を一瞬で紫紺の光で満たし、足元には青白い光を放つ、謎の空間が展開している。


「うおっ!?なんだこれッ……」

 

 光量が更に増し、あまりの明るさに目が眩む。

 それと同時に、段々と立っている自分の脚に力が入らなくなっていく。


 意識が朦朧もうろうとする。


 いつも見ているはずの教室の風景が、今だけは別の世界に飛ばされたかのような錯覚に陥る。

 視界がぐわんぐわんと音を立てそうなほど、目の前がぐらついている。


 そんな極限状態なのにも関わらず、頭は意外にも冷静だった。


 もしかして、あれか……?「」ってやつなのか……?


 こんな非現実的で、非科学的な現象を証明しようなどと、それはもう「異世界」という存在を暗喩しているに違いない。


 もしこの石の放つ光が、異世界とかいうのに繋がっているのならば……もしも生まれ変われるのならば、せめてマッチョなイケメンに生まれ変わりたいな。


 前世の記憶を引き継いでいるならば、俺はヲタクであることに変わりはないだろうけど、きっと異世界とやらでも上手くやっていけるはずだよな。



 ついには、支えていた脚の力が完全に無くなり、頭からその空間へと吸い込まれるように落ちていく。


 異世界行く方法って……


「トラックに轢かれる───とかだけじゃ、無いんだな……」




          ─ 方法:自由落下 ー

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