少女たちの休息

「やっほー、万桜ちゃん、奏音ちゃん!」

「遅いわよ二人とも。待ちくたびれたじゃない」

「お待たせいたしました。遅れて申し訳ありません」

「いや、まだ約束の時間五分前」


 夏休みってのはもっとだらだら過ごすものだったはずだが。

 帰省したと思ったら連日、外出の予定が続く万桜である。

 と言っても心奏でも毎日慌ただしかったのでその延長と思えば特に気にならない。


 さて。

 今日の予定は美夜、ミアとショッピング。

 彼女たちと本土で会うのはこれが初めてである。


 待ち合わせたのは都内のとある駅。

 到着するともう二人とも来ていて、ミアは笑顔で手を振ってくれ、美夜はふん、とばかりに文句を言ってきた。

 当然、二人とも私服姿である。


「ミア、可愛い服だね」

「でしょー? パパとママが買ってくれたんだー」


 今日のミアは白くてフリフリしたドレス風の衣装……いわゆるロリータファッション。

 本来ならまだ中一である彼女にはとても良く似合っている。

 ご両親からは溺愛されているようだが、笑顔でくるくる回る姿を見ればそれも納得である。


「美夜さんはさすが、お洒落ですね」

「確かに、モデルみたい」

「別にこのくらい普通でしょ。……あんたたちもまあ、悪くはないわよ?」


 美夜はカジュアルかつスポーティなコーデ。

 要所に女の子らしさもきっちり取り入れており、持ち前のプロポーションと合わせてまさに美人、美少女といった感じだ。


 ちなみに万桜の服は奏音によるコーディネイト。

 少ない手持ちから選んだだけなので芸はないが、そもそもが奏音の意見を元に選んだ服なので間違いはない。


「万桜ちゃんもこういうの興味ある? 着てみない?」

「興味はなくもないけど、そういうのって胸が大きいと似合わないんじゃ?」

「まあ、そうね。シンプルな服のほうが誤魔化しようがないから、そういう意味じゃやりようはあるだろうけど」

「じゃあ美夜ちゃん着ようよ。楽しいよ?」

「そこであたしに振られると喧嘩売られてる感があるんだけど?」


 胸のサイズはやっぱり気になるものなのか。

 女の子の胸に貴賤はない……と言いたいが、大きなおっぱいにはロマンがある。

 昨日、元クラスメートたちからじろじろ見られたように、でかい=パワーだ。


「わたくしとしては美夜さんが少し羨ましいです。バストサイズに合わせようとすると選べる服が限られますので」

「『歌姫ディーヴァ』に大きい人が多いから最近は増えてきてるらしいけど、どうしても品は少ないわよね」


 それにしても……。

 じっと美夜たちを見つめていると「なによ?」と尋ねられた。


「や、美夜とミアだなあって」

「なに当たり前のこと言ってるのあんた……?」

「他意はないけど、みんなと学院の外でもほんとに会えるんだなって」


 あそこでの生活が夢ではなく、現実なのだと実感する。

 万桜としてはかなり重要な話なのだが、


「ほんとに当たり前のことしか言ってないわよ?」


 友人にはわかってもらえず、胡乱な目で見られてしまった。



    ◇    ◇    ◇



「あたしはこのために帰省してきたんだから、元は取らせてもらうわよ」

「お、美夜ちゃんが燃えてる」

「わたしもこの機会に手持ちの服を増やしたい」

「わたくしもせっかくですからいろいろと見ておきたいです」


 奏音とは何度か行ったものの、この面子での買い物は初めて。

 服を買う。

 当初の予定だからいいものの──なんだか、長丁場になりそうな?

 不安を覚える万桜だったが、ミアがにこにこしているのを見ると「まあいいか」とも思う。

 そんな中、奏音と美夜は並んで歩きながら、


「美夜さんは普段、どのあたりのお店を使われるのですか?」

「そうね、例えば……」


 めっちゃ金持ってそうな会話。

 とりあえず、美夜や奏音がよく利用するブランドを中心にチェックすることに。


「女の子の買い物って、お店をいくつもはしごするんだっけ」

「いや、あんたも女の子でしょうが」

「そうだよー。他のお店にもっといい服があるかもしれないし」


 欲しい服に目星を付けつつ他の店も見てから、最終的に一番欲しいものを買うわけだ。


「ま、目についた端から買ってもいいんだけどね?」

「そんなことしたらお金がいくらあっても足りない」


 それにしても、女子の服というのは華やかである。

 使われている色合いが多いので近づいただけで空気が違うのがわかる。

 とはいえ──店内に置かれた鏡に自分を映した万桜は、今の自分なら場違いじゃないな、と思った。

 適当に端から見て回りつつ、たまに値札を確認しては「女子の服ってやっぱ結構するな」と驚いていると、


「ね。あんたってどういう系の服が好きなわけ?」


 寄ってきた美夜に囁かれた。

 どういう系と言われても。


「動きやすくて、あんまり派手じゃなければなんでも?」

「……あー。奏音が苦労するのがわかるわ」

「でもほら、わたし可愛いからなに着ても似合うし」

「自分で言うんじゃないわよ。まあ、確かにそうだけど」


 美夜は適当な服を手に取ると万桜の身体へ当てて、


「サイズさえ合えば割といろいろ遊べそうよね。可愛い系、清楚系、格好いい系、カジュアル系……フェミニンなのもいけるかしら?」

「全部可愛いのに敢えて『可愛い系』とか分ける必要ある?」

「じゃああんたはアレをなんて呼ぶのよ」


 ロリータ衣装を着たミア。


「可愛い系」

「ほら」


 ついでにああいう感じの服を着た自分を想像してみて、


「……あれ? 意外とわたしにも似合う?」

「ああいうのってコスプレに通じる部分あるしね。あんな衣装着られるならロリータくらいいけるでしょ」


 『歌姫』としてライブ等で活動していくならどっちみち、人目を惹く衣装を着ることになるか。


「奏音に任せっきりじゃ悪いし、わたしも服選び、挑戦してみようかな」

「いいじゃない。で、どういうのがいいわけ?」


 ふむ、と、少し考えてみる。


 平日は制服だし、寮や島内を歩くくらいならそんなに拘らなくても良かったわけだが。

 自分で着るなら。

 人に見せることを意識するなら、どういう服がいいだろう。

 幸い今の万桜にならたいてい似合いそうだが、見られるつもりで選ぶなら、


「胸が綺麗に見える服がいいかも」

「あんた、なかなかチャレンジャーね?」

「……ほら、見る分にはタダだし?」


 自分が男なら、可愛い女の子にはちょっとえっちな服を着ていて欲しい。

 もちろん美夜にはそこまで言わないが。


 と、いろいろ探してみたものの、胸を映えさせる服はなかなか難しい。


「いかがですか、お姉様?」

「うん。奏音の言った通り、サイズの合う服が少ない」

「胸の大きな女性向けのブランドもありますので、後で行ってみましょう」

「うん」


 胸の映える服と一口に言っても、果たしてじゃあどういう服がそれにあたるのか。

 見る側なら「可愛いな」で終わりでも、着る側には苦労があるものだ。


「万桜ちゃん万桜ちゃん、下着もいろいろ可愛いのがあるよー」

「う、そこまで見せられたらわたし、パンクしそう」


 とはいえ実は服以上に下着のほうが使用頻度が多く、補充が急務だったりする。

 仕方なく、服以上に色とりどりのそれらに向き合うと店員がさりげなく寄ってきて、


「お客様。よろしければサイズをお測りしましょうか?」


 念のため測ってもらったところ、入学時よりサイズが伸びていた。

 具体的な数字を聞いた美夜はもはや目を丸くして、


「あんた、これ以上育ってどうするつもりよ」

「や、ほら、わたし、病院で入学手続きしたから身体測定も簡単に済ませたし」


 単に計測の誤差からもしれないと誤魔化した。

 実際のところ、最近ちょっときついかな? と思う下着が出てきているのは秘密である。

 新しい数字に合わせて下着を買うんだからどっちみちあまり意味がないが。



    ◇    ◇    ◇



「……胸の大きい人用の服ってどうしてこんなに高いの」

「その分生地が必要だし、デザインも大変だからだよ、万桜ちゃん」


 胸が大きくても綺麗に見せてくれる魔法の技術、立体縫製。

 俗に言う乳カーテンを防止してくれる素晴らしい方法だが、量販品に適用されるとこう、ダイレクトに値段がやばかった。

 品は良いからなおさら困る。

 悩みつつも服と下着、さらに靴下などを購入。


 買った服はまとめて寮に送ってしまうことにする。

 実家に持って帰ると学院に戻る時に二度手間だし、こっちにいる間に着る暇もそんなにない。


 そうして、気づくと時刻はとっくにお昼を回っていた。


「いったんどっかでご飯食べましょうか」

「賛成。だけど、もしかして後半戦がある感じ?」

「なに言ってんのよ。まだ服見ただけじゃない。甘いもの食べたり、こっちじゃないと売ってない小物を揃えたりいろいろあるでしょ」


 女子の買い物、ガチで長いな!?

 とはいえ、いろんな服を見たり友人のセンスを参考するのも後学のためになる。

 『歌姫』にはお洒落も含めた人生経験がいろいろと必要なのである。


「どこで食べましょうか」

「ミア、ドーナッツ食べたい!」

「甘いのはまた後で食べるから我慢しなさい」


 道中の雑談もなんとも姦しい。

 今は万桜もその輪の中にいるわけで──と。


「あの、君達。芸能活動とか興味ないかな?」


 スーツを着た男に呼び止められた。

 これは……ひょっとしてスカウトというやつか。


「わたし、初めてスカウトされたかも」

「嘘つきなさい。あんたいっぱい声かけられてるじゃない」

「あ、やっぱり? みんな可愛いもんね。それで? もう事務所とか決まってる?」

「申し訳ありません。スカウトでしたら学校のほうへお願いいたします」

「学校? ってことは……」


 にこりと笑ったミアがデバイスを示して、


「ごめんね、ミアたち普段は『島』にいるから」


 離れていく間に、スカウトマンが呟くのが聞こえた。


「全員心奏の生徒かあ。そうだよなあ、可愛いもんなあ」


 可愛い、と言われるのは何回目でも嬉しいものである。

 つい表情を崩していると美夜に「にやけてるわよ」とジト目で見られた。



    ◇    ◇    ◇



 通りがかった良さげなイタリアンでピザやパスタを堪能して。

 後半戦もなんだかんだ言いながらいろいろと買い物した。


「本土のほうがアロマの種類多くて助かる」

「通販もできますけれど、直接調達するほうが手軽ですからね」

「へえ、あんたたちがそういうの詳しいの意外ね?」

「うん、リラックスのためにいろいろやってるうちについつい」


 学校生活をうまく送るにはこうした物資も必要。

 年頃の女子はいろいろと物入りなのである。


「ほんと、今日は思いっきり買い物したわ。……うん、楽しかった」


 買い物終わりに喫茶店でお茶と甘いものを楽しみながら──美夜がふっと笑んでそう告げた。


「ありがとね。出てきて良かったわ。万桜、奏音。……それからミアも」

「あ、美夜ちゃん、ミアだけついでみたいに!」

「冗談よ。でも、ほんと、こういうのも悪くないものね」


 前を向いて走ってきた美夜にはあまり、こういう時間はなかったのかもしれない。

 買い物にはちょくちょく来ていたようだが、姉──真昼との件で悩みもあったし、目的達成のために必要だからしているだけ、と、強張ってしまっていたはずだ。


「また、そのうちみんなで買い物しよう」

「そうですね。向こうでも買い物はできるわけですし」

「みんなで海かプール行く約束も忘れてないよね?」


 万桜たちが口々に言えば、美夜はくすっと笑って、


「はいはい。そうね。また来ましょ、みんなで」


 ……本当、素直な時の美夜はずるいくらい可愛い。


 駅で美夜たちと手を振って別れて。

 電車に乗り込んだ万桜は、午後に買い込んだ小物を抱えながら奏音と並んで座った。


「なんか、夏休みの思い出がいっぱいできた」

「お姉様、夏休みはまだ始まったばかりですよ?」

「そうだった」


 むしろまだ二、三日しか経っていない。

 適当に母の相手をしたら寮に戻って自主トレと二学期の準備と、その他あれこれがあるわけで。


「本当、『歌姫』は忙しい」

「ですが、そんな日々が気に入っていらっしゃるのでしょう?」


 万桜は素直に「うん」と微笑んで、


「奏音だってそうでしょ?」

「もちろんです」


 姉妹は互いに寄りかかるようにしながらひと時の休息を取り、これからに備えた。

 『歌姫』になるための道のりは、まだまだ長い。





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またしても切りどころが半端になりそうなので、ここでいったん一区切り(二章終わり)といたします

ストックが尽きたので少し間が空くかもしれませんが、順次番外編を投下したあとで三章に移ります

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