章間 番外編
番外編 衣替えと気候の変化
六月に入り、心奏学院でも衣替えの時期がスタートした。
「夏服、お姉様はどうなさいますか?」
「んー、そうだなあ……」
双子の妹──奏音の問いかけに生返事をして。
ハンガーにかけ、クローゼットの前に吊るした「それ」を前に万桜は腕組みした。
持ち前の巨乳が持ち上げられて形を変える……のはともかくとして。
「やっぱ、せっかくだからベストも付けるか」
「あら、珍しく素直ではありませんか」
からかう声に若干の気恥しさが生まれるも、撤回するつもりはなく。
「だって有名だろ、心奏の夏服」
心奏学院の制服は夏服と冬服で大きく様変わりする。
特に大きいのは色だ。
黒っぽい冬服からがらっと変わって、夏服は『白』になる。
一般的な高校もブラウスのみになるので白は白だが、そうじゃない。
学院ではオプションとして夏用の半袖ベストが選べるのだが──これが白いのである。
薄手なので印象は軽やか。
清楚な雰囲気が引き立つことから、冬服よりこっちが好みと言うファンも多い。
もちろん、日光の反射率が高い白とはいえ、着こめば暑くはなるのだが、
「そうですよね。このベストは、多くの女子の憧れです」
毎年、生徒の大半がブラウスの上にベストを着用しているらしい。
お陰で、一部では「今年も心奏の小鳥たちが換毛の時期を迎えた」なんてポエムっぽい……失礼、詩的な表現で伝えられることもある。
「やはりお姉様としてもここは外せませんか」
「なんか含みがあるな、その言い方」
軽く睨みつけてやると、奏音は「そのようなことは決して」と嘯いて、
「ただ、お姉様と同じ制服を纏えるのが、わたくしはとても嬉しいのです」
「……そうだな」
男だった万桜がこの制服を着ることは、本来なら絶対にありえなかったことだ。
この奇跡には素直に感謝しなければならない。
◇ ◇ ◇
で。
「……見事にみんなベスト」
「そりゃそうでしょ。お洒落は大事に決まってるじゃない」
「ミアも好きだよー、これ。可愛いから」
初めてできた学友こと美夜、そして美夜と同室のミア。
二人とも当然のようにベストつきで決めていた。
ちなみに薄手の夏用ブラウスは長袖、半袖が選べるのだが、こちらも全員長袖である。
「ベストはともかく、二人とも半袖にしてくるかなと思ったけど」
「露出してると日焼け対策が面倒だし」
「中はエアコン効いてるからそんなに気にならないよね?」
当然のようにエアコン標準装備なのはほんと、嬉しい限りである。
万桜の通っていた中学も教室にはついていたが、さすがに館内フル冷房とはいかなかったし。
と、美夜が眉をひそめて万桜たち、それからミアをみて、
「それにしてもあんたたち、縫製屋さん泣かせの体型してるわよね」
「心奏の制服は一着一着ほぼオーダーメイドらしいですからね」
胸の大きな万桜と奏音もそうだし、極端に小柄なミアも標準モデルの制服が合わない。
こういう生徒が他にも多いので個別の調整が必要になるのである。
四人の中で唯一、目立った長所が「バランス」に振られている美夜は肩をすくめて、
「あたしはもし替えが必要になってもすぐ取り換えられるから良かったわ」
「それは確かに羨ましい」
呟いた万桜の視界の先で、飛行のコントロールをミスった上級生が街路樹に頭から突っ込んだ。
「……ああいうこともたまにあるし」
ちなみに先輩は普通にぴんぴんしていて、「失敗しちゃった」とか言いながら復帰している。
「お姉様、飛行の訓練はくれぐれも気を付けて行いましょうね」
「あたしたちも他人事じゃないしね。……むしろ今のうちから覚悟しておかないと」
一年生時に『歌姫科』生徒に課せれる課題はずばり「飛べるようになること」なのである。
◇ ◇ ◇
「……それにしても、暑い」
何度目かのエンドレス・グラウンドダッシュでへとへとになりつつ。
運動の授業、いわゆる体育を終えた万桜はしみじみとそう思った。
二か月の努力のおかげで基礎体力は向上。
一学期中間の結果により、AクラスからBクラスに落ち──必修科目を受けるメンバーが変更、周りの子たちのレベルもほんのり穏便になったのもあって、目に見えて遅れたりはしなくなった。
ただ、外的要因、すなわち気温は走るのに向かない方向に一直線である。
──島の気候は『歌姫』の力によってコントロールされている。
濡れたり気分の落ち込む原因となる雨は夜、みんなが寝ているうちに降ることが多く、昼間突発的に降られることはほとんどない。
折り畳み傘を毎日持ち歩かなくてもあまり困らない、という点ではありがたいものの、逆に言うと「体感ではほぼずっと晴れ」なわけで。
照りつける太陽が、ちょっと憎い。
加えて言えば、立地的な問題もある。
本土の関東地方よりも南に位置するこの島は単純に平均気温が高い。
周りを海に囲まれているので湿度も高い傾向にあり、つまり暑いのである。
「夏になったらどうなっちゃうんだろ」
「それはもう暑いらしいよー?」
「ミア、お疲れ様」
「えへへ、万桜ちゃんもお疲れ様」
飛び級の天才にして愛嬌に溢れた少女は、新しい仲間が嬉しいのかにこにこしながら万桜に身を寄せてきた。
「外で運動するときはもう、みんな汗だらだらなんだってー。怖いよね?」
「めちゃくちゃ楽しそうに見えるけど」
「だって楽しいもん、みんなと一緒に運動するの」
新しく所属することになったBクラスは、Aクラスに比べると雰囲気が緩い。
Aクラスは『向上心の塊』みたいな美夜のように目的意識の高い生徒の集まりだ。
逆にCクラス以下になると「死に物狂いで上がってやる」という生徒もいたりしてまた雰囲気が変わるのだろうが、Bはそこそこの位置に着けつつ、トップも目指せるということでいろいろ程よい。
学校生活を楽しむのにはむしろ、このくらいのほうが合っているのかもしれない。
そんなことを思いつつ、万桜はミアに「そうだね」と返した。
「Bクラスにミアがいてくれて良かった」
「? 万桜ちゃんもやっぱり、奏音ちゃんたちと離れて寂しかったりするの?」
「それは、もちろん」
むしろ、奏音や美夜も含めた全員が万桜にとっては
知り合いな分だけ気楽な相手が一人くらいはいてくれないとさすがに心細い。
「着替えもようやく慣れてきたと思ったら別の子たちとだし」
「万桜ちゃん可愛いんだから気にしなくていいのに」
そういう意味ではない──不可抗力とはいえ、年頃の女子の下着姿をたくさん見てしまう罪悪感からなのだが。
ミアはそこで首を傾げて、
「あ、でも、気を付けないとだめだよー? 男の子はえっちな目で見てくる人もいるらしいから」
「あはは。うん、気を付ける」
えっちな目、の言い方がちょっと可愛かった。
まだ十二歳のミアはさすがにそのあたりの機微には疎いか。
この子をいかがわしい目で見る生徒はさすがにそうそういないだろうし。
もし、なにかあったら自分がミアを守ろう。
心の中でそう決意し、ミアと共に校舎への道を歩いていると、
「ほら、万桜ちゃん。見られてる」
くいくい、とミアに袖を引かれた。
見れば確かに、普通科の男子が数名、遠巻きにこっちへ視線を。
身体がぽかぽかしているせいで感覚が鈍っていたか。
ついでに、運動して汗をかいたせいでブラが透け気味だ。
ジャージを着ていると暑い季節なのでこれから薄着になるし、気を付けるべきか……?
「まあでも、遠目だしブラが透けるくらい別になんでも」
「万桜ちゃんはちょっと無防備すぎだよ!」
年下の女の子にわりとマジで怒られた。
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