夏休みの予定

 SNSというのも、ちゃんとやろうとするとなかなかに時間を取られるものである。

 定期的な投稿。

 コメントへのレスポンスに、知り合いとのやり取り。

 時間を潰そうと思えばいくらでも潰せる。

 界隈にはつぶやいたー廃人略してつぶ廃なんて言葉まであるくらいだ。


 しかし、宣伝でやる以上、ある程度はマメにやるべき。

 結果、万桜は投稿のネタを求めて頻繁に写真を撮るようになった。


「今日の朝ご飯も美味しそう」


 デバイスのカメラモードを起動してメニューを撮影していると、正面に座った美夜が「あんたねえ」と眉をひそめた。


「それじゃただの女子高生じゃない」

「わたし、いちおう女子高生」

「そうだけど、そうじゃなくて。食事は温かいうちに食べなさいよ」


 それはまあ一理あるが。


「だって、面白いことなんて毎日そうそう転がってないし」

「ご飯画像アップしてる心奏生なんてそこらにうじゃうじゃいるわよ。全メニューチェックできるんじゃないかってくらい」


 確かに、デバイスで撮影している生徒が軽く見渡しただけでもちらほら見える。


「でも大変だよねー。新しい投稿しないとみんなに飽きられちゃうし」


 ミアのフォローに「そうそう」と頷いて、


「美夜こそ、SNSとかやってないの?」

「やってるわよ。たまに写真も投稿してる」


 ちょこちょことデバイスを操作した彼女はつぶやいたーで万桜のアカウントをフォローしてくれた。すかさずフォローを返す。

 ついでに投稿をチェックしてみるとなるほど、私服のやメイクの紹介など王道の内容。

 背景は基本、寮の部屋のようだが。


「美夜が部屋でこういうことしてるの、ちょっと意外」

「セルフプロデュースは基本でしょ。別に好きではないけど、最低限はやるわよ」


 男性と思われるユーザーからのコメントもけっこうついている。

 朝食を摂りつつふむふむ、と感心していると、


「べ、別にあんたがどうしてもって言うなら一緒に写ってあげてもいいのよ?」

「いいの?」

「ど、どうしてもって言うならって言ってるでしょ!」


 真っ赤になりながらちらちら見てくる美夜。

 奏音が、万桜にだけ聞こえるような声で「美夜さんは本当に可愛らしいですね」と呟く。

 万桜もくすりと笑って、


「じゃあ、どうしても」


 少女は「ふ、ふん。あたしとそんなに写りたいんだ?」とか言いながら、登校する際に寮の前で撮らせてくれた。


「楽しそうですね。私も一緒に写ってもいいですか?」


 ここぞとばかりに顔を出したのは管理人のななせ。

 彼女に対して思うところがあるのか、普段ツンツンしていることの多い美夜は「え、いや」と逃げようとしたが、万桜、奏音、ミアが協力して捕まえると観念した。

 撮影は、ななせがデバイスを念動で浮かせて(!)いい感じに撮ってくれて。


「はい、ちーず♪」


 ミアに「ななせちゃん、ママみたーい」と言われたななせがちょっと落ち込んでいた。



    ◇    ◇    ◇



 なんだか今まで以上に女子高生感というか、きらきらした日常を過ごすことになってしまって「男としての俺はどこに行ってしまったんだ」と思う一方で。


 七月の中旬から始まる一学期期末試験に向けて、勉強やレッスンにも熱が入った。


「じゃ、あんたたちも頑張りなさいよ」

「お姉様、それではまた」

「うん、二人も頑張って」

「またねー♪ じゃ、行こっか万桜ちゃん」

「うん」


 クラスルームが分かれている都合上、美夜たちとは1-Bの前あたりで別れることが多い。

 ミアと二人でクラスルームに入って、クラスメートたちに挨拶。

 一限の準備をして該当の教室へ向かう、というのがだいたいの朝のルーティーンだ。


「おはよー万桜ちゃん」

「おはよう」


 当然ながらクラスルームには女の子ばっかり。

 デバイスに登録された連絡先にも女の子の名前がずらりと並んでいて、もうなにがなにやら。


 さて。


 能力を積極的に使うようになり、エナジーが脅威の『18万』となった万桜。

 これを期に新技開発に向かったかというと、そんなことはなく。

 むしろ集中して取り組んだのは既に使ったことのある能力をより上手く使えるようにすることだった。


 具体的には、体感時間の操作。


『あたしも少しずつ試してはいるけど、あれ本当に疲れるのよね。本当、大胆なことするわよあんた』

『うん。でも、あれが普通にできればかなりいろいろ楽になる』


 思考を加速して、擬似的に集中力を上げる。

 前はパフォーマンスの間中使い続けて強引にダンスの精度を上げたりしていたが、最近目指しているのは数秒〜数十秒程度の短い使用だ。


『二倍の早さで考えられれば、テストで使える時間が増えるのと同じことでしょ?』

『そうね。先輩方はそうやって座学をクリアしてるらしいわ』


 例えば、解くのに一分かかる問題が三十秒で済んだらかなりお得だ。

 他にもパフォーマンスでミスした時に素早く立て直すためとか、体幹のブレをうまく修正するためとか。


『暗殺者から奇襲を受けた時に素早く反応するのにもちょうどいい』

『あんたはなにと戦ってるのよ』


 理想は、必要な時に半ば無意識で発動できること。

 可能なら歌ってなくても短時間発動できるようになりたい。


 そのためには使い慣れることが不可欠。

 エナジーの消耗が激しいと気軽には使えないし、集中しすぎて逆に気疲れしていては逆効果。

 なので、たくさんあるエナジーをふんだんに使って、授業中積極的に発動させていく。


 ──使うほど精度と効率が上がっていくのはわかる。


 時間あたりのエナジー消費量はデバイスでデータを出すことができる。

 前のデータを比べれば一目瞭然だ。

 まあ、もちろん多少使ったくらいで一気に楽にはならない。ほんのちょっと、誤差のような習熟を繰り返して積み重ねていくわけだが。


「疲れるけど、楽しい」


 昼休み、ぐでっとしながら言うと、向かいに座った奏音が「お疲れ様でした」と微笑んでくれた。


「能力操作の訓練はすべて繋がっています。身体強化や疲労軽減といった能力も、効率が良くなってきているでしょう?」

「うん、そっちはわりとはっきり効果があるかも」


 具体的には、今までと同じ強化倍率、軽減効率なら目に見えてエナジー消費が減ってきた。


「理想は常に、意識せず一定レベルの強化を維持できること、だそうですが」

「少年マンガの修行みたいでちょっと楽しい」


 やり過ぎは身体に毒だが、追い込まないと著しい成長は見込めない。

 特訓は男のロマンである。

 放課後は別方向で頑張っている分、授業でできるだけ自分を追い込もう。



    ◇    ◇    ◇



「万桜ちゃんたちは夏休みはどうするの?」


 SM研究会の部室にて、蛍からそう尋ねられた万桜はようやく「そのこと」に思い至った。


「そういえば、テストが終わったら夏休みなんですね」


 なにを当たり前のことを言ってるんだ俺は。

 言ってから後悔したが、蛍は特に気にした様子もなく、


「せっかくの長いお休みなんだから楽しまないと損だよ?」


 心奏学院にも夏休みはちゃんとある。

 七月の下旬から八月の終わりまで。

 その間も寮は利用できるし校舎も開放されているが、授業はお休みとなる。

 と、デバイスで画像整理をしていた奏音が顔を上げて、


「三枝先輩はなにかご予定があるのですか?」

「うん。私は毎年、夏と冬にコスプレしに行くの」

「……というと、もしかしてアレですか?」

「あ、万桜ちゃんも知ってる? そう、アレ」


 国内最大級の同人誌即売会。

 同人誌、と言っても本だけでなくグッズ等も販売されるし、コスプレのできるスペースも用意されている。

 アニメやゲーム、マンガ等の趣味を持つ者にとっては夢の祭典。


「普段は忙しいからなかなか行けないけど、お休み中なら遠出できるから。……良かったら、万桜ちゃんも行かない?」

「わたしも、ですか?」


 言われて、想像してみる。

 正直詳しく知っているというほどでもない。もちろん行ったこともないのだが、広場で大勢のカメラに囲まれるイメージはできた。

 たくさんの人目に晒されて、写真を撮られる。

 想像したら、ぞくぞくぞくっ、と、ステージで感じたのに似た興奮が湧き上がってきた。


 ──正直、興味がある。


 こんな快感を知ってしまったら、もしなんらかの方法で男に戻ったとしても逆に苦しむことになりそうな気がする。

 美少女というのは得であると同時に、抜け出せない沼だ。

 その沼が甘いハチミツかなにかでできていそうなのがまた。


 万桜は、言ってみたい、と言いそうになるのを堪え、なにか断り文句を探して。


「でも、衣装もないですし」

「あるじゃない。ライブで使ったコスプレ衣装」

「あ」


 アニメのメインキャラに合わせて作った、正真正銘のコスプレ衣装。

 そうか、あれでいいのか。

 ライブ用だったので逆にそういうところで使う発想がなかった。

 ……あれ、断る理由がなくなったぞ。


「ええと、奏音、どう思う?」

「正直、愚民どもに囲まれるのは気が引けますが……」


 奏音はわりと本気で嫌そうな顔をしつつも、


「お姉様が行かれるのでしたわたくしもお供します」

「いいの?」

「三枝先輩と二人にするのは危険ですので」

「もう、私、そんなに危険人物じゃないよ? ……イベントだって、レイヤーさんをお持ち帰りするカメラマンさんとか『そんなに』いないし」


 ちょっとはいるのかよ!?


「『歌姫』に手を出す男はそうそういませんし、出されても対処はできると思いますが、念には念を入れるべきです。まだまだ未熟なわたくしたちでは、例えば薬物には無力ですからね」

「そこまで行ったらガチで犯罪なんだけど」

「でも万桜ちゃん。『歌姫』は犯罪捜査に協力することもあるんだから、心構えはしておいてもいいと思うよ?」


 そう言われるとそうか。

 テロ対策、犯罪捜査。そういったものに本当に関わるなら、心構えも能力的な準備もしておくに越したことはない。

 暗殺者に襲われた時の対策、というのもあながち冗談じゃ済まないのか。


 まあ、蛍もそこまで脅す気はないようで、あっさりと話題を変えて。


「他にも、アルバイトとかするのもいいかも? いざと言う時のためにお金はあったほうがいいしね。それから、今のうちに二学期に向けて衣装の依頼をしておくとか」


 けっこうあるな、夏休みにやるべきこと。

 夏の間に特訓する生徒もいるんだろうし、休みだからのんびりできるとは限らないと──。


「あとは、帰省とか。二人も実家、しばらく帰ってないでしょ?」

「帰省、ですか」


 そのワードに、万桜は正直テンションが下がった。



    ◇    ◇    ◇



 美夜たちと夕食を済ませ、部屋に帰ってきてこまごました用事を片付けて。

 日課になったストレッチをこなしながら、万桜は「なあ」と妹に話しかけた。


「やっぱり帰ったほうがいいと思うか?」


 いつもなら即座に返してくる奏音は、もくもくと柔軟をこなしながら「……そうですね」と間を置いて。


「お姉様はどう思われますか?」

「正直、めちゃくちゃ面倒くさい」

「……はい。わたくしも、本音を言えば帰りたくはありません」


 実家には、あの事故から一度も帰っていない。

 主観的にも一年弱。

 実質的には三年以上──母とは顔を合わせていないことになる。


「なあ、母さんって俺の見舞いに来てたのか?」


 奏音は振り向かずに「いいえ」と答えた。


「あの人は一度も、お姉様のお見舞いには来ませんでした」

「だろうな」


 美夜たちの家庭もいろいろあったようだが、万桜たちのところも円満とは言い難い。

 思うところは多く、できれば帰りたくはない。

 が、そういうわけにもいかないのだろう。


「……帰ったほうがいいんだろうなあ」


 深いため息と共に、決断。


「帰らなかったほうがうるさそうだし。二、三日くらい向こうにいてすぐ帰ってこようぜ」


 万桜も「帰りたくないのは同じ」とわかって安心したのか、奏音は幾分ほっとした様子で「はい」と答えた。


「お姉様の立場も複雑ですから、その線で押せばお母様も強くは言えないかと」

「それな。先生たちが言うには大丈夫らしいけど」


 帰省の話が出てすぐ、万桜は向日葵さんにメッセージを送った。

 帰省していいものか一応確認するためだ。

 程なくして返ってきた返答にはこんな風だった。

 開封してから一定時間経つと自動で削除される特別な仕様つきで、


『認識改変の措置を取ってあるから、知り合いにバレる心配はないはず。帰っても大丈夫……というか、接触したほうが改変がスムーズに進行するはずだよ』


 簡単に言うと「小鳥遊真央という男子」の存在を「小鳥遊万桜という女子」に置き換える措置だ。

 記憶自体を書き換えるのではなく、認識のほうを誤魔化すことで逆順で、記憶のほうも齟齬がないように置き換えさせていく。

 中学時代の友人とかに会っても普通に話ができる……らしい。


「でも、普通に『久しぶりー』とか声かけるのちょっと怖いな?」

「改変のされ方によっては『俺達仲良かったか?』とか返されるかもしれませんね……?」


 それ普通に精神にダメージ来るんだが?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る