一学期の終わり
「夏休みの予定?」
「うん、美夜たちはどうするのかなって」
せっかくだから友人たちにも聞いてみることにした。
トーストをかじる美夜は「どうって言われても」と呟いて、
「勉強と自主トレよ?」
「うわ、すごく美夜らしい夏休み」
「なによ。……別に、どこか誘ってくれてもいいんだけど?」
恥ずかしそうにしながら言ってくる。
可愛い。なんだか妹が三人(二人目はミア)に増えたような感覚に陥りつつ「じゃあ、どこか行こう」と頷いた。
「美夜さんは帰省なさらないのですか?」
「まあお盆くらいは帰るけど、すぐ戻ってくるわよ。パパも気楽な一人暮らしのほうがいいだろうし……っていうかあたしがパパの世話することになるだろうし」
「あー」
最近はそうでもなくなってきているし、一概には言えないとはいえ、男というのはズボラな奴が多い。
自分一人ならなんとかなるからと散らかしたり洗濯物を溜めたり食生活が適当になりがちだ。
だからって娘に頼るのは……とは、妹に世話を焼かれている万桜には言えない。
「お盆に帰るなら一緒にコスプレはできないか」
「暇でもしないわよそんなこと!?」
「ミアはちゃんと帰るよー。パパとママにいっぱい甘えてくるつもり」
「ミアさんのところは家庭円満なのですね。羨ましいです」
「って、あんたたちも家族と上手くいってないのね……」
「父親はそもそももういないんだけどね」
美夜とミアが「あー……」という顔をしてさりげなく話題を逸らした。
「じゃあこの子がこっち戻ってきてからにする?」
「せっかくだから向こうで会おうよ! お買い物とかスイーツめぐりとか!」
「ああ、それも楽しそうですね」
わいわいと話しているうちに本土で「ショッピング+お茶」という予定があっという間に増えた。
心奏学院は島に位置している。
インフラは整っているのでなんの支障もないとはいえ、たまには向こうで羽根を伸ばしたくなるもの。
それにしても……この島以外で美夜たちと会う、しかも女子として、というのはなかなかに不思議な感覚である。
◇ ◇ ◇
「二学期の学校行事は……九月の学園祭と十一月のセカンドライブか」
「そうですね。二学期に入るとどこも忙しくなりますから、衣装の依頼は確かに今のうちが良さそうです」
セカンドライブの衣装は十月くらいに考えても間に合うとして、
「問題は学園祭でなにをやるか」
「クラスの出し物は新しいクラス分けが出ないと決められませんからね」
「そっちは保留として、いちおうライブ枠もあるんだよな?」
「希望制のうえにかなりの激戦区ですが」
心奏の学園祭らしく一日中ライブが行われ、生徒たちの運営する屋台で軽食を買い、そのライブを楽しむ一般客も多いという。
「一応、申込みしようぜ。出られるに越したことはないし」
「かしこまりました。……ふふっ。それにしてもお姉様がここまで乗り気になられるとは」
「なんだよ、おかしいか?」
「いいえ、ただ、お姉様もすっかり『
……あらためて言われると照れるんだが。
万桜はそっぽを向いて赤面を隠した。まあ、バレバレだっただろうが。
そんな万桜の様子にくすくす笑った奏音は小首を傾げて、
「そうなりますと、曲のプランと衣装デザインも必要になりますね」
「抽選に落ちたら無駄になるのか。ちょっと悲しいな」
「最悪、流用すれば良いかと。二学期の定期試験に使っても良いわけですし」
「そう言われてみるとそうか」
これは、やることがけっこう多い。
期末試験対策は入学記念ライブで歌ったあれをおさらいする形になりそうだ。
新しい曲の振り付けを考えて、練習して、じゃ時間が足りない。
「それと、お姉様。……少々、ご相談があるのですが」
「どうした?」
どこかあらたまった様子の奏音の声に、万桜はストレッチの手を止めて彼女に向き直った。
神妙な顔。
万桜よりずっと大人びていてものを知っている奏音がこんな表情をするとは。
その時点で万桜にできることがあるか微妙だが、少なくとも真面目に聞いてやらなければいけない。
「はい、その。……アルバイトを、しようかと思いまして」
そうして。
遠慮がちに口にされた内容は、万桜の予想外のものだった。
アルバイト。
経験はないが、高校生ともなればやっていてもおかしくはない。
夏休みだし、美夜もそんな提案をしていたし、やればいいんじゃないか。
思ってから、ただのバイトなら奏音がここまで悩むはずがないと思い至って、
「いかがわしいバイトか?」
「お金欲しさに愚民を相手にするなど、途中で暴れ出さない自信がございませんが」
「そりゃそうか」
となると……なんだ?
「ああ。バイトって、あれか。俺たちに来た依頼の中から選ぶつもりか」
「はい」
入学記念ライブで注目された万桜。
SNSを始めたのもあって知名度は上昇の一途をたどっており、取材依頼なども含めてかなりの数の企業、個人から連絡が来ている。
同じく奏音にも注目が集まっており、彼女のほうにも連絡が来ているらしい。
その中には当然、姉妹揃っての参加を希望するものも。
「俺も行ったほうがいいやつならもちろん協力するよ。……協力っていうか、俺もバイト代は欲しいしな」
万桜の入学金、学費、授業料などはすべて学院側が負担してくれており、その点で特に金には困っていない。
ただ、プライベートな服や靴、日用品などに使う費用に関してはそれほど余裕があるわけではなかった。
未だ高校生に過ぎない万桜がお金を手にする手段は多くない。
今以上の額が欲しければバイトでもするか、親にねだるしかないわけで。
ゆくゆくは自分の生活費を自分で稼がないといけない、と考えると今から頑張っておいて損はない。
……というか、もし大学に行くならその費用は自分で工面したい。
そこまで考えて、
「ああ、そういうことか」
万桜が今、考えた理由と同じだ。
「最低限、仕送りなしで生活したいよな」
「……はい」
学院側のサポートもあり、ここまで万桜は金銭面について深く考えてこなかった。
奏音のことだからなんとかしているんだろう、くらいに考えていたが、彼女だって万桜と同い年の少女に過ぎない以上、生活費の大本は一つしかない。
「よし、そういうことならちゃんとしたやつ考えようぜ。夏に買い物行くなら軍資金も欲しいし」
ようやく、奏音は笑顔になった。
「ありがとうございます。……愛しております、お姉様♡」
「はいはい、俺も愛してるよ」
「っ♡」
言ってから「俺、いまなんて言った?」と思ったが既に遅く。
過剰に機嫌を良くした奏音はその夜「一緒に寝る」と言って聞かなくなった。いやまあ、今に始まったことではないし、押し倒されたわけでもないが。
四六時中一緒にいるせいか、軽口のノリが軽くなってきている。これも奏音の影響かと戦慄した。
◇ ◇ ◇
慌ただしくあれこれやっているうちに、あっさりと期末試験がやってきて。
「おはようございます、お姉様」
「おはよう、奏音」
いつものように支度をして、いつものように朝食を摂りに行く。
「おはよ、万桜、奏音。調子はどう?」
「うん、ばっちり」
答えると、美夜は少し驚いたような顔をしてから「へえ」と笑った。
「ずいぶん余裕ありそうじゃない」
「ん。……前回より気持ちはだいぶ落ち着いてる」
なにをどうすればいいのかわかっている、というのもある。
そしてそれ以上に、積み重ねてきた努力への信頼がある。
「努力は裏切らない、っていうの、ちょっとわかった気がする」
「……あはっ。そうよ、努力はいつだって裏切らないわ」
笑い合っている横で、ミアと奏音は指切りをしていた。
「頑張ろうねー、奏音ちゃん」
「ええ。ミアさんの健闘を祈っております」
万桜が受ける試験科目は基本的に前回と同じ。
座学は無視して実技系を狙う。
入門レベルの単位にも若干取りこぼしがあるのでそこを埋めるのは最低限必須。
入門の上、初級レベルの単位認定をできるだけ受けるのが今回の目標だ。
「1年Bクラス、小鳥遊万桜です」
「はい。では、好きなタイミングで始めてください」
「はい」
試験会場に行っては順番を待ち、複数人の試験官の前で実力を見せる──これの繰り返し。
この四ヶ月、受けてきた授業を思い出しながら、能力をのせて、
発声。
身体強化を『喉』に与えればより大きく、柔らかな声を出すことができる。
歌。
息継ぎのタイミングで思考を加速させ、集中力を繋げ直して。
ダンス。
一秒未満の思考加速を挟みながら、身体強化で全身の感覚を鋭く。
運動能力。
制御できる範囲で高倍率の身体強化。
能力制御。
計測機器をつけた状態で最大倍率の能力行使を、と言われたので思考加速に挑戦。
エナジー測定。
入学記念ライブ以来、増えるようになったエナジーはあれから2500程度増加していた。
ユニット審査ではライブで使った衣装に着替え、奏音と共にあの曲をもう一度披露。
精一杯やりきったライブではあったが、もちろん細かいミスやもっと上手くできた点はたくさんあった。
それを取り返すように、全力で披露して。
「お疲れさまー、万桜ちゃん」
「わ、と」
試験最終日の翌日はやはり採点のためにお休みで。
結果を待つ間、1-Bのクラスルームへ顔を出すと──入るなりミアが缶ジュースを投げてきた。
──思考加速。
放物線を描く缶を見ながら素早く命令を出し、見事キャッチ。
「おお、上手い上手い」
「ミア、危ないから缶は投げちゃだめ」
「はーい、ごめんなさい」
1-Bのクラスルームは1-Aとは少し異なり、サイズ違いの、背もたれのないソファがたくさん散りばめられたデザイン。
中央の空間は空いており、真ん中を向いて座るとみんなの顔が見やすいつくりだ。
ついでにあちこちにぬいぐるみが散乱しているのは、主にミアが持ち込んでくるせいだ。他の生徒も便乗し、万桜が振り分けられた時よりもだいぶ数が増えている。
のんびりする時はクッションやぬいぐるみを抱く癖がつきつつある万桜は、近くにいたふくろうのぬいぐるみを拾い上げて。
二人がけのソファにミアと共に腰掛けると、みんなからお菓子を差し出された。
「ほらほら、万桜ちゃんも食べて」
「これも美味しいよ」
「そ、そんなにたくさんは無理」
なんだこれは、餌付けされているのか。
ありがたくいただきつつも全部は遠慮していると、ミアが「あはは」と笑って、
「みんな名残惜しいんだよ」
「わたし、特に命がけの戦いとかする予定ないけど」
「じゃなくて、万桜ちゃん、またAに上がっちゃうかもでしょ?」
そういうことか。
あらためてみんなの顔を見つめると「そうだよ!」と複数人から見つめられて。
「せっかく一緒のクラスになれたのに、残念」
「Aに戻っても私たち友達だよね?」
見事に女の子しかいない空間。
同性相手だからって若干無防備な体勢。シャンプーやボディソープのいい匂いに包まれるのにももうだいぶ慣れてしまった。
学院に来た頃は戸惑っていたのに、いつの間にかこれが普通になりつつあるのだから不思議なものである。
万桜は「もちろん」と答えて。
「でも、みんなのほうがAに行っちゃうかもしれないし」
「無理無理、私、試験めちゃくちゃ緊張しちゃったもん」
「Cに落ちないかのほうが心配だよー!」
急に情緒不安定になるんじゃない。
なんというか、1-Bの雰囲気は1-Aに比べて、いい意味でも悪い意味でも普通の女子高生っぽい。
彼女たちも本心では1-A入りを狙っているし、期待もしている。
上のクラスへのコンプレックスがあると同時に、そこそこの位置につけているという自負もあって、それが入り混じった結果、独特の連帯感とふわふわ感が生まれている。
1-Aもみんないい子だったが、最上位クラスの生徒は死にものぐるいで上を目指す必要がない。
その分、下からの追い上げを警戒しなければいけないが──「自分はできる」という自信と、そこから来る一種の落ち着きがあった。
どちらがいいかと言うと、どっちもいい。
「わたしだって不安」
微笑んで言うと、「万桜ちゃんでも不安なんだ」と意外そうにされた。
「順位は間違いなく上がるでしょ?」
「だってエナジー3万以上伸びたんだよ?」
「でも、みんなだってどんどん上手くなってるから、わたしがどのくらいの位置かなんてわからない」
すると、一瞬の間を置いてから「だよねー!」と抱きつかれた。
ミアも万桜も横幅はそんなにないから多少のスペースはあるが、二人がけのソファに群がられたら狭い。というか、いろいろ当たる。
「ほんとどきどきだよー、この時間」
「誰が上に行っても恨みっこなしだからね?」
前回、1-Aでは万桜以外にクラス移動はなかった。
BからAに上がった子は若干、元同クラスの子たちとどう接していいか戸惑っていたようだったが──そういう屈託なく、みんなが仲良くできればいいと心から思う。
「うん。どんな結果になっても、わたしはみんなと友達」
午後までは時間があったので、一度みんなで昼食を摂りに出た。
みんな次第に試験のことは口に出さなくなり、ごくごく普通の雑談が飛び交い──やがて送られてきた新しい順位は、
『20位』
これ、どっちだ? ……と、思ったらギリギリAクラスだった。
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