良い変化と自撮り

「たまには和食セットにしてみたけど、やっぱり洋食も美味しそう」

「ならちょっと分けてあげましょうか? はい、あーん」


 待て、いきなり「あーん」とか始めるんじゃない。

 四人で摂るのが恒例になったいつもの朝食。

 今日の洋食セットは卵料理がチーズたっぷりのオムレツだった。和食のだし巻きに釣られたがそっちも魅力的だとつい口に出したらこれである。


 当の相手──美夜は「なによ?」とばかりにきょとんとしている。

 いや、まあいいけど。

 奏音に調教されたおかげで「あーん」されるのにもわりと慣れた。

 こんなもの慣れていいのかはともかく。

 フォークに載せられたオムレツをぱくっと行くと、濃厚な風味が口いっぱいに広がって至福の心地。


 これはお返ししないわけにはいかない。


「じゃあ、美夜にもだし巻きをおすそ分け」

「ほんと? じゃあ……あーん」


 今度は少女が身を乗り出して口を大きく開けてくる。

 ……うん。口の中を他人に見せるのは時と場合を選ばないとだめだって、なんかエロいから。

 ともあれ、箸でつまんだだし巻きを少女の口へ運ぶと、それがぱくっと咥えられて。


「あ、美味しい。こうやってシェアするのにも利点があるのね」

「……お姉様。今、間接キスしましたよね?」

「あははー。美夜ちゃんはご飯シェアしたりとか苦手なタイプだもんね」

「そりゃそうでしょ。食べ物で遊ぶなって話だし、栄養バランスも崩れるし」


 剣呑な声を出した奏音をさりげなくミアがブロック。

 万桜はありがたくシェアの話題に乗ることにした。


「そう言うわりに美夜、楽しそうだった」

「な、なによ。いいじゃない。あたしも考えを改めたの!」


 本当に丸くなったというか、素直になった。

 これには奏音も微笑を浮かべて「良いことです」と呟いた。

 すると周りにいた一年生たちが驚いたように、


「ほんと変わったよね、松蔭しょういんさん」

「万桜ちゃんが落としたんだ、さすが」

「落としたって、わたしはそんなんじゃ」

「そうよ。……別に、友達と仲良くするのは当たり前でしょ?」


 美少女にそういうこと言われると本当にどきっとするんだが。

 みんなも美夜の可愛さにきゃあ、と声を上げて。


「ね、じゃあ今度、一緒にスイーツとかどう?」

「たまには息抜きも必要だよ」


 美夜は「なんであたしが」と言いかけたものの、万桜たちがにこにこしながら見守っているのを横目で見て、ため息。

 ものすごく恥ずかしそうにしながら髪をくるくるして、


「……うん、じゃあ、少しくらいなら」

「やった! 松蔭さんがデレた!」

「だから、そういうんじゃないって言ってるでしょうが!」


 本当、一年生の雰囲気もだんだん良くなってきた気がする。



    ◇    ◇    ◇



「次は期末試験ね。万桜はなにか対策とかするわけ?」

「ん……わたしは基礎向上かな。授業をみっちりやって、放課後は少し緩めるつもり」

「? なんか用事でもあるわけ?」

「部の先輩に助けてもらったから、そのぶん、活動にも協力しないとね」


 通学路を歩きながら美夜とそんな話をした。


「ああ、あのSM研究会」

「できればソーシャルメディア研究会って言ってほしい」

「どっちでも同じじゃない。……でもま、そういうことならユニットは今のままのほうがいいかもね」


 今のままというと、美夜&ミア、万桜&奏音の体制か。

 奏音がああ、と声を上げて、


「四人で組むことも考えていらしたのですか?」

「一応ね。同じパターンばっかだと飽きられるでしょ。あんたたちもそこは気をつけなさいよ」

「万桜ちゃんたちは双子だもんね。変えないと『同じことしてる』って思われちゃうかも」

「そういうのもあるんだ」


 確かに、次のライブも双子アニメのOPというわけにはいかない。

 試験に関しては完成度も重要だろうし、それはそれでアリだろうが。

 ……いや、レパートリーを見せる意味では別の曲のほうがいいのか?


「四人だとコンビネーションも大幅に変わるし、いつかの機会にとっておきましょ」

「うん。でも、なにか手伝えることがあったらいつでも言って」


 言うと、美夜は「なに言ってんのよ」と笑って、


「こっちの台詞よ。あんたこそ、悩み事があったらいつでも言いなさい」

「おおー。こうしてると美夜ちゃんが頼りになるお姉ちゃんみたい」

「少なくともあたしはあんたよりお姉ちゃんよ」


 美夜とミアのコンビもいい感じである。






「いらっしゃい、万桜ちゃん、奏音ちゃん。ライブお疲れ様」

三枝さえぐさ先輩もお疲れ様でした。水着作戦は大胆でしたね」


 SM研究会の部室にはやはり部長(正確には会長)の三枝蛍一人だった。

 彼女は控えめな「ありがとう」を返しつつ、万桜たちにインスタントの紅茶を振る舞ってくれる。


「それで……来てくれたってことは、万桜ちゃんも自撮りするきになったってことで、いい?」

「はい。あの、お手柔らかに」


 SM研究会の主な活動内容は自撮り&SNSへの投稿である。

 『歌姫ディーヴァ』として活動するうえで知名度は重要。

 特に学生のうちはセルフプロデュースになるのでSNSは重要な宣伝材料である。そういう意味ではなかなかに実用的な活動。


「ふふ、嬉しい。これで万桜ちゃんが自撮りの快感にハマってくれたら、もっと嬉しい」


 問題は、部長の蛍が『視られること自体』を重視していることくらいか。


「先輩、えっちなのは控えめで」

「大丈夫。露骨にえっちにするより、むしろ隠したほうがえっちだったりするから」

「駄目じゃないですか」

「……いや、なかなか興味深い」

「お姉様」


 中一で成長を止められた男子目線からすると「女子の服なんて面積が少なくなればなるほどエロい」のが常識だ。

 ジャージ→制服→体操着→水着→下着→全裸、といった具合い。

 しかし、女子になって数ヶ月、女の子の魅力というものを間近で感じさせられた今なら「敢えて隠す」醍醐味もわかる。


「万桜ちゃんのコスプレも露出は少ないけどえっちだったよね」

「……そういう言い方をされると恥ずかしいんですけど」


 けっこうきわどいレオタード。

 普通にセパレートの水着だった蛍に比べれば全然だが、コスプレ特有の恥ずかしさもあった。

 まあ、アイドル衣装自体がコスプレみたいなものだが。


「万桜ちゃんたちはまだアカウントも持ってないんだよね? とりあえず開設するところから始めよっか」

「はい、よろしくお願いします」

「三枝先輩の性癖には懐疑的なところがありますが……お姉様がSNSデビューするというのは少々興奮いたしますね?」

「奏音ちゃんも作ろうよ。楽しいよ」

「わたくしは特に書くこともありませんし……」

「今日の万桜ちゃんの様子、とかでもいいと思うけど」

「その手がありましたか」


 それじゃ奏音のSNSじゃなくて万桜の観察日記じゃないか? まあ、本人が良ければいいけど。



    ◇    ◇    ◇



「使い方がわかりやすいのはつぶやいたーかな。静止画メインだから動画苦手な子でも大丈夫だし」


 アカウント作成自体は数分で終わった。

 プロフィール編集とかはそのうえでしないといけないが。


「それでね。SNSを使う時に注意しないといけないことがあるの。なにかわかる?」

「えっと……個人情報を出さないようにする、とか?」

「正解。あと、特定に繋がるような情報もね」

「どう違うんですか?」

「後ろに制服が映ってたとか、選挙カーがうるさいとか、道端で撮ったら電柱に住所が映ってたとかよくあるんだよ」


 そこまでして調べるか? と思ってしまうがやる奴はいるらしい。


「と言っても、万桜ちゃんたちは本名でやったほうがいいし、住所も実質バレてるんだけどね」

「心奏の生徒って宣伝するんですから、寮に住んでるに決まってますよね」

「うん。このへんは不審者がいたらすぐわかるし、寮は関係者以外入れない、外から撮影もできないからそういうのは安心だよ」


 アイドル的な活動に使うので一般人用のセオリーは当てはまらない。


「でも、実家の住所とかはバレないように注意してね?」

「わかりました」


 とりあえずアカウント名は『小鳥遊万桜』に。

 それから、国立心奏学院一年生であることを明記。


「こうしておくと心奏の生徒を検索する時に引っかかるからフォロワーさんが増えるよ」

「って言っても個人のアカウントですよね?」


 とか言っていたら新着フォロワーの通知が来た。


「『小鳥遊奏音』……って、なんだ奏音。わ、今度は本当に来た!?」


 なんだ、常時監視でもされているのか?


「私もフォローしておくね。……それから、万桜ちゃんたちの場合は自撮りもばんばん使って大丈夫。むしろ使ったほうがみんな喜ぶよ」

「愚民にお姉様の美貌を晒すのはあまり良い気分ではありませんが」

「奏音、見てくれるのは男子だけじゃないから」


 それにしても自撮り、自撮りか。


「自撮りをSNSに上げるとか、わたし女子高生みたい」

「万桜ちゃんはどこからどう見ても女子高生だけど……?」


 そうだけどそうじゃないというか、まさかこんな日が来るとは。

 と、蛍はくすりと笑って、


「でも、万桜ちゃんも視られるの好きだよね?」

「……はい、まあ」


 ステージの上で味わった、多くの人に見つめられる快感。

 あれはもう一生、忘れられそうにない。

 立てるなら今すぐにでももう一度立ちたいとさえ思ってしまう。


「承認欲求高すぎな気がしますけど」

「いいと思う。自意識過剰なくらいのほうが、『歌姫』としては得だよ?」


 というわけで、プロフィール用の自撮りを用意することに。


「そういえば、万桜ちゃんのデバイスってカメラ機能はどうなってるの?」

「すごいのが付いてたはずです。たしか、身につけたままで自撮りができるとか……」

「半径1m以内であればどの視点にも仮想カメラを構築して撮影が可能、だったかと」


 要するにピアスを身に着けたまま、周りにカメラが「あるものとして」自分を撮れる。

 試してみると、撮影結果のイメージ画面に自分の顔が鮮明に表示される。

 スマホを構えるどころか、当のデバイスは耳についているのに、だ。


「ハイテクすぎてわけがわからない」

「でも、すごいすごい。……ね? 半径1m以内ならスカートの中も撮影できるのかな?」


 自分のスカートの中を自分で撮ってどうするというのか。


「……お姉様、盗撮は犯罪ですからね?」

「やらないから。っていうか、1m以内じゃ相当近づかないと無理だし」


 前を向いたまま後頭部や背中を確認したりもできる。

 カメラは自分じゃなく外側を向けることもできるので、


「尾行されてもさりげなく後ろをチェックできる。……これは便利」

「万桜ちゃんたちって頻繁に尾行されてるの……?」

「お姉様がマンガにかぶれているだけですのでご安心を」


 と、今まで使っていなかったデバイスの機能をおもちゃにしつつ、何枚か撮影してみて、


「……自撮りって、以外に難しいですね?」


 デバイスがハイスペックなおかげで画面は馬鹿みたいにクリアだが、なんというか「素人が適当に撮りました」感が強い。


「先輩の自撮りはもっと格好良かったのに」

「ふふっ。角度とか光の当たり方とか、いろいろコツがあるんだよ。万桜ちゃんのデバイスなら容量は心配ないだろうし、どんどん撮っていいのを選ぶのもありかも」


 なんなら動画から一番良い瞬間を切り出すこともできる。

 なるほど、と思った万桜は、さらに蛍からアドバイスをもらいつつ連射しまくり、百枚以上にもわたって自分を撮って、


「なんか、自分の顔がずらっと並んでるのって不気味」

「でしたらわたくしに譲っていただければ」

「万桜ちゃん、視られるの好きなのに自撮りは苦手?」

「視てるのが自分なので気持ちが入らないのかもしれません」

「そっか。……なら、とりあえず、それなりに納得したのを投稿して反響をみてみるのもいいかも?」


 他人から反応がもらえれば視られている実感で気分が上がるかもしれない、か。


「それなら──奏音、ちょっといい?」

「なんですか、お姉様?」

「どうせなら二人一緒に撮れば恥ずかしさが半分かなって」


 近づいてきた妹と身を寄せ合って画角に収まり──待て、これはさっきまでよりも女子高生感が強いと言うか、兄のやることではないのでは?

 美少女二人が至近で映るなんて、ゲーセンとかにある写真プリント機のノリと変わらない。

 男子だけでは入ることのできないあの聖域は、彼女持ちの特権として男子中学生の胸に深く刻まれている。


 やっぱやめるか、と、身を離そうとしたところ、


「……お姉様と一緒の写真なんて、とても素敵です♪」


 どこかとろんとした声に囁かれて、腕を取られた。

 高校生にもなって妹といちゃいちゃするとか、どうなんだ。

 しかし、撮れた写真は今までで一番良いと思える出来で。


「奏音のおかげでものすごく恥ずかしい目に遭った」

「お姉様から誘ってきたのではありませんか。それより、わたくしにもその画像、いただけますか?」

「うん」


 万桜と奏音は、同じ画像から自分の部分を切り取ってプロフィールに設定した。

 二人のアカウントを両方見ればすぐ、元の画像を想像できる。


「なにこの仲良し姉妹感」

「素晴らしいですよね?」


 なお、せっかくなので全体画像も投稿してみたところ──数分のうちにだだだだだ、と雪崩のように「いいね」がつき、万桜はSNSの威力を痛感した。


 さらに、お仕事の依頼やスカウトのDMまでその日のうちに送られてきたので、プロフィール欄には「依頼等は学院を通してください」と書き加えた。

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