番外編 1-Aの恋バナ

「ね、万桜ちゃんたちは好きな人とかいないの?」


 体育祭の打ち上げ中のこと。

 久しぶりののんびりとした時間。

 周りに女子ばかりしかいないのは未だに落ち着かないが……なるほど、クラスルームっていうのはこうやって使うこともできるんだなと感心していると、クラスメートからそんなふうに尋ねられた。


 好きな人と言われても。

 瞬きをしつつ見返すと、彼女は興味津々といった様子でさらに見つめてくる。

 さらに、話を聞きつけた他の子まで振り返って「なになに?」「私も聞きたい」と群がってきた。

 これだから女子の連帯感は。


 とはいえ答えはひとつしかない。


「いない」


 彼女たちの言う好きな人とは「気になっている男子」という意味のはず。

 元男である万桜にそんなものいるはずがない……とはさすがに言えないが、いないものはいない。

 しかし、きっぱりと答えすぎたのか、


「奏音ちゃん、本当?」


 なぜ妹に確認を取るのか。

 尋ねられた奏音は漆黒の瞳を悪戯っぽく輝かせつつ「そうですね」と頷く。


「お姉様は入院期間が長かったので、異性関係が子供同然なのです」

「奏音、言い方」

「え、じゃあ初恋もまだってこと?」

「勿体ないよ、小鳥遊さん!」

「……わたしは別に困ってないんだけど」


 恋バナか。脈絡もなく恋バナなのか。

 女子はこの手の話が大好きである。

 親しいのが双子の妹である奏音と、歌姫バカである美夜であるおかげでまだマシだが、寮の食堂などで他の生徒が話しているのはよく耳にする。

 好きな男性アーティストがどうとか、普通科の男子がこうとか、遠距離恋愛の彼氏とこんな話をしたとか。

 たまにすごく込み入った話まで聞こえてきて困る。


 万桜が役に立たないことを察したクラスメートは代わりに奏音に視線を向けて、


「じゃあ、奏音ちゃんは誰かいないの?」


 こいつにそんな相手いるのか……?

 入院中もめちゃくちゃ頻繁に見舞いに来てくれていたし、寮でも一緒だが、そんな話は聞いたことがない。

 案の定、妹は「そうですね」と首を傾けて、


「強いて言えばお姉様でしょうか?」

「奏音」

「え、もしかしてそれって、そういうこと?」

「まさかとは思ってたけど、万桜ちゃんたちってそういう関係だったの!?」


 なんでそこで『万桜ちゃんたち』になるのか。『奏音ちゃんたち』でいいだろ。

 きゃあきゃあと騒ぐ少女たちを前に、万桜は妹を見て、


「奏音、なんとかして」

「別にみなさんも本気で言っているわけではありませんよ。……そうですよね?」

「え、半分くらい本気だったけど?」


 だいぶ本気だったな!?

 奏音はこれに「あら」と口に手を当てた。

 困ったように眉をひそめ、少し考えるようにしてから──腕をのばして万桜を抱き寄せた。


「では、本気ということで」


 きゃー! と、さらに騒ぎが大きくなった。

 だめだこの妹、早くなんとかしないと。

 放っておいたあら収拾がつかないと理解した万桜はもがくようにして妹を引き離し、


「奏音はともかく、わたしはノーマルだから」


 中身男なので、恋愛するならそりゃ女の子のほうがいい。よって嘘は言っていない。

 ……が。


「じゃあ奏音ちゃんは本気なんだ」

「ええ、まあ。お姉様がお相手を見つけられず、最終的にわたくしの元へ戻ってくるのであれば歓迎する用意はできております」

「だから、そういうことばっかり言わないで」


 頬をつねって抗議しようとすると、奏音はくすくすと笑いながら、逆に万桜の頬をいじろうとしてきた。

 姉妹で揉み合う格好になっていると、美夜が「あんたたち本当仲いいわよね」と睨んできて、


「どうせ奏音のことだから適当言ってるだけじゃない。万桜もあんまり動揺するんじゃないわよ」

「あら、半分くらいは本気でしたが」


 だいぶ本気だったな!?


「うん、まあ知ってたけど」

「別に万桜ちゃんもそんなに過剰反応しなくても。女の子が好きでも私は気にしないよ?」

「だから、わたしはノーマル」

「じゃあじゃあ、松蔭しょういんさんは誰か好きな人とかいないの?」

「以外と彼氏いたりして?」


 万桜の抗議はさらっとスルーされたが。

 ここぞとばかりに美夜に突撃するクラスメートもなかなかチャレンジャーである。

 勝負の一件、それから体育祭で活躍したことで若干みんなとの距離が縮まったことでこの堅物少女にも機会が巡ってきたのだろう。

 それ自体はそんなに悪いことではなくて、


「いないわよ、そんなの」


 返答自体はきっぱりはっきりでありながら、表情はどこか恥ずかしそうな美夜の返答もなかなか可愛らしい。

 これはもう少し攻めても平気と見たか「怪しいなー?」と追求が始まって、


「いないってば。だって男子ってアホばっかりじゃない」


 前も言ってたなそんなこと。


「別に男子だっていいところあると思うんだけど」

「ないわよ。恋愛なんかに時間使ってたら自分のことがおろそかになるだけじゃない。ねえ奏音?」

「そうですね、あの愚民どもはもう少し身の程をわきまえるべきかと」

「……あー、なるほど」

「松蔭さんも『そっち側』なんだ」


 なにやら変な誤解(?)が始まった。

 これどうするんだ、と思っていると、左右からクラスメートに腕を抱かれて、


「小鳥遊さんは男の子好きでもいいんだからね?」

「高校生活は一回しかないんだから、恋愛も楽しまくちゃ損だよ?」

「わ、わたしも別に恋愛に興味があるわけじゃ」


 というか胸があたってるのをどうにかしてくれ。

 みんなシャワーを浴びているので汗のにおいはほとんどしない。

 自室ではなく学園施設内のシャワールームを使った子が多いからか、備え付けのシンプルなシャンプーのにおいが万桜の鼻をくすぐった。


「むう、三人ともそんなんじゃつまんない」

「成績の良い子は恋愛興味ないってこと?」

「別に万桜は成績良くないじゃない」

「美夜、言い方」


 成績良くないのは事実なのでそこは文句言えないが。


「松蔭さんとかめちゃくちゃモテそうなのに」

「それはわたしも思う」


 金髪かつ、外国ナイズされすぎていない親しみやすい顔立ち。

 日本語ぺらぺらなのでコミュニケーションの心配もないし、成績的にも優秀な美少女。

 こんな子に首輪とリードをつけられて散歩させてもらえたらきっと幸せに違いない──じゃなくて。


「そりゃまあ、中学時代とかいっぱい告白はされたけど」

「え、美夜がそういう話するの意外」

「なによ万桜。そういうこと言うなら止めるわよ!?」

「そう言わずにもうちょっと」


 やっぱりこの子、なんだかんだ友達欲しいのでは。

 思いつつ後押しすると、美夜は「しょうがないわね」とため息をついた。


「呼び出されて告白されたり、手紙が机とか下駄箱に入ってたり、誕生日にプレゼントもらったり、まあそういうの。全部断ったけど」

「えー、もったいない」

「いちいち受けてたらきりないじゃない。奏音もそういうのあったでしょ?」

「それは、まあ。多い時ですと週に一度程度は」


 ……こいつらラブコメのヒロインかなにかか?


 まあ、奏音が可愛いのも万桜としては文句ない。

 むしろ、中一の、万桜が事故に遭う前でさえ可愛かったのだから、今の黒髪美少女へと進化していく過程でモテないはずがない。


「誰かと付き合わなかったの?」


 ないだろうな、と思いつつ尋ねると案の定「すべてお断りしました」との返答。


「週末の時間は貴重でしたから。デートをしてくれ、などと言われても困りますし」


 中三になってからは自由な時間が増えたものの、さすがの奏音も二年生まではわりと真面目に授業を受けていたらしい。

 その期間、お見舞いは基本週末で、学院のある島までは『歌姫』のエナジーを利用した超高速便で行き来していたらしい。

 ちなみにその超高速便のパスは事故を起こした『歌姫』持ち。

 つまり、みんなには言えないが真昼が払ってくれていたわけで、なんとも太っ腹である。


 と、そんな裏事情までは知らないクラスメートたちはこれに「……と、いうことは」と万桜を見て、


「奏音ちゃんは男子の告白より万桜ちゃんのほうが大事だったんだ」

「……? それは当然のことでは?」


 当然のような顔で首を傾げる奏音。

 結果、クラスメートたちの間で「奏音ちゃんは素で喋ってる時のほうがガチっぽい」という共通認識が出来上がることになった。


 巻き込まれた万桜としては正直、勘弁してくれとしか言いようがない。





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※番外編を出し尽くしましたので通常更新に戻ります

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