初めての友達と入学式

「万桜ってときどき男の子っぽくなるわよね」


 美夜のなにげない一言に、万桜は手にしたフォークをウインナーへ刺し損ねた。

 皿からこぼれ落ちる前に確保することには成功したものの、胸はまだどきどきしている。


 寮に来て三日目の朝のことである。

 あれから美夜とはほとんど食事のたびに顔を合わせている。

 他の新入生も少しずつ増えていて、何人かと話をしたものの、最初に会ったせいかお互いなんとなく「一緒にいるのが自然」という空気になった。


 今朝はデバイスで連絡を取り合って一緒に朝食を摂っている。

 朝食のメニューは和食セットと洋食セット、それから朝はあまり食べられない生徒向けのおかゆセットの三種類。

 内容は日によって変わる。

 今日は万桜、奏音、美夜ともに洋食セット。

 トーストとスクランブルエッグ、ウインナーにサラダ、デザートにフルーツゼリーだった。


 寮の食堂は管理人であるななせ──ではなく専門のスタッフが担当しており、その味は下手なシェフよりもずっと上。

 美味しさにはなんの問題もないものの、量は少し物足りない。

 育ち盛り男子の記憶を引きずる万桜はつい、


『なにか部屋に用意しておこうかな。コーンフレークとか』


 とこぼしたのだが、それがいけなかったかもしれない。

 隣にいる奏音が「気づく人は気づきますよ」という顔をしていることになおさら微妙な気分になりつつ、


「そう?」


 首を傾げれば「そうよ」と返ってきた。


「なんかぎこちないのよね。スカートも穿き慣れてない感じだし、リップ塗ってるのに気にしないでドリンク飲んでたり」


 ──そんな細かいところ取り繕えるか!?


 万桜は内心で悲鳴を上げた。

 少なくともスカートを撫でつけて座るのは忘れていない。リップクリームだって塗ってるだけ気を遣ってるほうだと思う。

 というか「リップ」じゃリップクリームなのか口紅なのかわかりづらくね?


「やっぱり入院してたせいなのかしら?」


 そう言う美夜は見るからに女子力高そうである。

 私服もそのへんの量販店ではなくお高めのブランドだし、練習中らしく今も軽く化粧をしている。

 口をつけたグラスを軽く指でぬぐう仕草とかめちゃくちゃ女の子っぽくて、なんで自分がこんな子と名前で呼びあえるんだ? と思ってしまう。

 ともあれここはこくこくと頷いて。


「うん。小学校の頃はそういうのあんまり気にしなくて良かったし」

「確かにそのくらいの頃は男子ともわりと遊んでたもんね。正直アホばっかりだったけど」


 誰がアホだ誰が。

 言い返したくなるのを堪えて「そうかも」と曖昧に相槌。

 万桜が入院がちだったことは初めて会った時に軽く話していた。そのほうが世間知らずなことや準備不足をごまかしやすいからだ。

 実際、美夜も特に気にした様子はなく、


「万桜の場合、栄養も足りてなさそうよね。もうちょっとお肉つけなさい」


 自分の分のウインナーを一本くれた。

 二本しかない貴重な肉を分けてくれるとか女神か?

 万桜は素直に「ありがとう」とお礼を言って。


「美夜さん。ひょっとしてお姉様を太らせる計画を練っていらっしゃいますか?」


 なかなか「ぶっ込んだ」奏音の問いかけ。

 ただし敵意は特にない。


「ないわよ。そりゃ、歌姫科の生徒はみんなライバルだけど」


 広く清潔で、テーブルにもチェアにも凝っていて、緑のインテリアまで配置されている食堂内。

 思い思いの私服で友人たちと談笑する新入生、先輩がたで賑わっている。

 容姿のレベルが高いこと、ついでに声もよく通る上に綺麗だったりすることを除けばごくごく普通の光景、むしろ和やかな良い光景なのだが。


 アイドル的な女性はえてしてスタイルの良さを求められる。

 なので、ウエストは細ければ細いほど良い、みたいな風潮はわりとある。

 中途半端なウエストになるくらいならいっそ異性受けの良さを狙ったほうがいいみたいな別ベクトルの解答もあるが。


 トップ層の『歌姫ディーヴァ』も日々ランキングをつけられ人気を争っているわけで、女同士のパイの取り合いは熾烈だ。

 ライバルが落ちてくれればラッキー、みたいな考えも当然生まれる。


「あたしはあたしの力で一番になる。こんな小さな意地悪で邪魔しようなんて思わないわ」


 言った美夜の目には強い意志の光が宿っていた。

 金髪碧眼。人目を惹く容姿の持ち主がそういう顔をするとけっこうな迫力がある。

 一方で、どこか気負っているような雰囲気もどこかにあった。



    ◇    ◇    ◇



「美夜ってわりと気が強いよな」


 奏音との二人部屋、二つあるベッドの窓側に腰掛けて。

 万桜が呟くと、妹は歯ブラシを手に洗面所から顔を出して「そうですね」と答えた。


「お姉様の好みですか?」

「ああ。踏みながら『うっわー、こんなのがいいんだ?』とか嘲笑して欲しい」

「すみません、あまり生々しい願望を口に出さないでいただけると」

「普段のお前も大概だからな!?」


 しかし、一番になるか。


 それはそうだ。

 誰だって、やるからには一番になりたい。

 ゲームだって、仲間と遊ぶのは楽しいが、どうせなら勝ちたいに決まっている。

 心奏学院このがっこうを受験する者はその時点で過酷な競争に見舞われるわけで。


「なあ、奏音。お前もやっぱり目標とかあるのか?」


 歯磨きを終えた奏音は「お姉様の番ですよ」とこちらに戻ってきながら、


「もちろん、わたくしの望みは世界平和ですが」

「でかいな目標!?」


 食べた後は眠くなるのでわりと億劫なのだが、奏音が早く早くと急かすので万桜は洗面所で歯磨きを始めた。



    ◇    ◇    ◇



 あっという間に数日が経ち、万桜たちは入学式当日を迎えた。


「よし、と」


 国立心奏学院の通常制服はシックな黒を基調としている。

 厚手の生地に上等な仕立て。

 胸元の校章をはじめとしてあちこちに刺繍が施されており、ボタンも凝った装飾つき。

 スカートは裏地が白く、端にレース編みのフリルが施された可愛らしい仕様。


 首にはリボンかネクタイ、あるいはリボンタイ。

 万桜はネクタイ──にしようとしたら奏音に反対されたため黒主体のリボンタイを選んだ。


 準備のために早起きして良かった。

 制服は届き次第試着し、何度か着る練習もしてみたものの、女子制服なんて初めて着る万桜には慣れないことばかり。

 というか、中一で昏睡したので男子制服のネクタイだって慣れたと言えるほど締めてはいない。


 苦戦しつつどうにかこうにか完成させると、既に着替えを終えていた奏音が「はい」と立ち上がって、


「お姉様、タイが曲がっています」


 妹は首の装飾にえんじ色のリボンを選んだ。

 黒髪黒目。

 和のお姫様を思わせる色合いに、西洋の血が混じったことで古臭さの抜けた顔立ちが、黒主体の女子制服ととても良くマッチしている。


「まるで奏音のためにあるみたいな制服だよな」

「お姉様、いくらなんでも褒めすぎです」


 ふふん、と胸を張るのではなく頬を染めて照れながら、奏音はリボンタイだけでなく制服の襟やブラウスの裾、スカートの角度まで丁寧に直して、


「できました。世界一可愛いです、お姉様」

「お前こそ褒めすぎだろ」

「ふふん。ほんのお返しです」


 制服の袖はゆったりしたつくりになっているため、腕に装着するタイプのデバイスも問題なく携帯できる。

 心奏ではデバイスが必需品のため、携帯端末の持ち込みが云々といっためんどくさい校則はない。


 同様に、万桜のピアス型デバイスも問題なく着けていける。


 可愛さ重視か、あまり多くは物が入らない小さめの通学鞄を手にして、


「それにしてもすごいよな。入学式だけで一日使うなんて」

「心奏の入学式は一大イベントですからね。きっと楽しめると思いますよ」


 イベントって、パレードでもあるのかって話だが──。



    ◇    ◇    ◇



「ほら、これが心奏名物の野外ステージよ」

「……映像では見たことあるけど、学校の設備とはとても思えない」


 入学式が行われるのは講堂でも体育館でもなく、学校施設のひとつである「野外メインステージ」だった。

 収容人数は座席数だけで1000人超え。

 歌姫科と普通科の新入生、在校生に教員、来賓を含めても十分な規模だ。


 周囲には立ち見が可能なスペースがあり、保護者、OBOG、さらには雑誌記者やテレビの撮影まで詰めかけている。


 学院について詳しいらしい美夜がドヤ顔するのも頷けるというか、もはやこれだけで「ライブに来たんだっけ?」と錯覚しそうになるレベルだ。

 奏音、美夜に挟まれるようにして座った万桜はそのまま開会を迎えて。


 突然、辺りが暗闇に包まれた。


 新入生を中心にざわめきが生まれる中、ステージに証明が集まって。

 臨場感あふれるサウンドと共に、きらびやかな衣装姿の少女たちが現れた。

 歌、そしてダンス。

 手にも首もマイクはない。彼女たちの持つデバイスが拡声機能を提供しているからだ。


 いや、ライブじゃん。


 受付で手渡されたペンライトを思わず振ってしまう。

 これも歌姫のエナジーに反応する仕様、かつ、いまのライブにふさわしい色に勝手に変わる仕組みらしく、会場の一体感がすごい。

 あっという間に一曲が終わったかと思うと、少女たちと入れ替わりに、まだ三十代と思われる学院長がセンターへ。


『まずはこの良き日を、快晴で迎えられたことを嬉しく思います』


 ちなみに心奏の入学式は開校以来、一度も悪天候に見舞われたことがないらしい。

 予報が雨だろうとなんだろうと、歌姫が晴れに変えてしまうからだ。


『みなさん、入学おめでとう。あなたたちの門出を祝うと共に、その成長を心から願っています』


 各種挨拶自体は中学で経験したのと大して変わらなかったものの、その印象は堅苦しい式とは真逆だった。

 いきなりライブで始まったこと。

 学院長が若く綺麗な女性で、かつ挨拶も簡潔だったこと。

 来賓の中に大手音楽会社の重役など、興味を惹かれる人物が含まれていたことなどなどが理由だ。


 そして、新入生代表挨拶では、


「じゃ、ちょっと行ってくるわね」


 得意げに微笑んだ美夜が壇上で堂々としたスピーチを披露。

 形式めいたプログラムが終了すると、再び在校生によるライブが開始されて。


「コネでもない限り、どんなにお金を積んでも観られない、心奏の入学式限定ライブ」

「このライブを観るためだけに娘を心奏へ入れようとする保護者さえいるそうです」


 美夜と奏音がそう言うのも誇張とは思えない。


 本格的に始まったライブで、美少女たちは空を舞った。

 機械もワイヤーもなにもつけていない。

 自身の力だけで空を飛び、暗闇から解放された空間に色とりどりの光を撒き。


 立体的な空中パフォーマンス。

 飛びながら宙返りをすることさえ序の口。

 交差し、高速で接近して手をつなぎ、一糸乱れぬ隊形で輝線を描き。

 時には離れた空間へと瞬間的に移動し。


 それは、歌姫にしかできないライブ。

 金を払えばプロのパフォーマンスをいくらでも見られるとはいえ、『歌姫』の数と熱意、若い輝きならここが一番。


「すごい」


 もともと歌姫に憧れていた万桜は一瞬で虜になった。

 かつて抱いていたそれは、見上げることを前提とした憧れだったけれど。


「……あんなふうに」


 なれるだろうか。

 いや、なりたい。

 確かにそう、思いを抱いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る