初めて?のお買い物
「お姉様はデバイスについてどの程度ご存知ですか?」
「『歌姫』専用のスマホみたいなやつ、でしょ? 超高性能の」
「ええ。所有者のエナジーで動くので一般人には使えません。その代わり性能は抜群です」
『歌姫』という単語は「職業」を指す場合と「その素質を持つ者」を指す場合がある。
ややこしいが、ここでは後者だ。
「自動でエナジーを補充するので充電はいりません。電話などの一般的機能のほか、追加で様々な機能があるそうです」
「楽しみ」
デバイスショップは携帯ショップと似たような外見をしていた。
いろんな端末が展示され、店員が控えているのも同じ。
違うのはすべての端末が防弾ガラスのケースに入れられていること。
万桜たちが入店するとすぐ女性店員が寄ってきて、
「予約していた小鳥遊ですが」
「小鳥遊さまですね。お待ちしておりました。どうぞご自由にご覧くださいませ」
ケースは希望に応じて開けてもらえるらしい。
店員が鍵を手についてきてくれる。
万桜はとりあえず近くにあったケースを覗いて、
「やっぱり防犯のため?」
「そうですね。スマートフォンに比べてかなり高額ですから」
「……うん。ゼロがひとつ多い」
「万桜さまの端末代金は学院に請求いたしますので、どうぞご自由にお選びくださいませ」
マジか、ゼロがひとつ多いのにか?
万桜は思わず妹の袖を引いた。
「車買える値段のもあるぞ?」
「先方のご厚意ですので、甘えれば良いかと。この時期ならば在庫も豊富でしょうし」
「はい。この日のために特別な品も取り寄せております」
さらりと言う奏音はまあいいとして、店員の目が「儲けるチャンス」とばかりに輝いていて怖い。
新入生が入ってくる前だからか。
入寮までにはまだ数日あるのでこれから購入ラッシュが始まるわけだ。
せっかくなら良いのを選びたいが……。
万桜はうーん、と唸って。
「スマホ以上にいろいろあって困る」
「そうですね。性能、形、色──さまざまな要素がございますので、どれを重視なさるかによっても最適の品は変わってまいります」
「回線の使用料とかはかかる……ん、ですか?」
「いいえ。専用回線を無料でお使いいただけます」
太っ腹なのか、そのぶん端末代が高くなっているのか。
デバイスは「スマホのようなもの」と言いつつ、本当に多様な形態を取っていた。
ほぼスマホと変わらないシンプルなもの。
一回りほぼ小さい端末を腕に装着するタイプ。
もっと小さな腕時計タイプ。
さらに、ペンダント型やチョーカー型なんていう変わり種まで。
当然、ひとつひとつに性能表が付属しており、そのうえ色の問題もあるわけで。
「……画面さえついてないやつはなんなの」
「上位機種にはホロウィンドウの表示機能、または思考による直接操作が標準搭載です」
「夢のハイテク機器」
高性能メカは男のロマンである。
中一で感性が止まっている万桜も当然、大好きだ。
……まあ、デザインはきらきらしてアクセサリーめいているが。
「小さいほうが性能は悪いかと思ったらそうでもない」
「相応の処理能力がなければ機能を実現できませんので」
当然、値段も跳ね上がる。
「おすすめはやはり今年のハイエンドモデルですね! よろしければ奥でご覧になりますか? いいえ! ぜひご覧になってください!」
「は、はい」
ここぞとばかりに店員に押されて。
お店の奥──ふかふかのソファとテーブルのある応接間のようなところに通された。
なにも言っていないのに高そうな紅茶とお茶菓子まで出されて。
「わたしたちが払うわけじゃないのに」
「お姉様の決断でお店に入ってくるお金が変わりますからね」
微笑む奏音はいつの間にか自分のデバイスを決めたらしく、商品の箱と契約用の書類を手にしていた。
ハイエンドとやらを取りに行った店員を待つ間、万桜は妹のチョイスをじっと眺めて、
「腕につけるやつにしたんだ?」
「はい。ロボットは呼べませんけれど」
「どっちかというと、ロボットより精霊とか出てきそう」
「わたくしの分は自費ですので、性能とデザイン、価格のバランスを考えました」
「……わたしだけタダとか。わたしたちのデバイス、交換する?」
「そんなことしたら最悪捕まりますよ、お姉様?」
しばらくするといくつかの箱を手に店員が戻ってきた。
並べられた箱はもはや、宝石でも入っていそうなそれで。
「これとか、いくらなんでも小さすぎるような」
「! そちらはハイエンドモデルの中でも特におすすめです!」
圧がすごい。
とにかく、万桜はそっと箱を開けてみた。
中に入っていたのは、
「……ピアス?」
透明な石をあしらった一対の装飾品だった。
金属部分は銀製。
さりげなく彫り込まれた模様は雪の結晶を表しており、その精緻なつくりに思わず「……綺麗」と漏らしてしまった。
貴重品用の手袋を受け取ってからそっとつまみ上げると、白かった色がほんのりと輝きを放って、
「わっ」
薄いピンクへとその色を変化させる。
「身につけた方のエナジーに反応して色が変わります。万桜さまの場合は桜色になるようですね」
「すごい」
ピアスを箱に戻してから性能表に目をやる。
ハイエンドの名に恥じない、文句なしの最高級品だ。
仮にゲーム機として使う場合、どんなゲームを遊んでもマシンスペックが原因で処理落ちすることはないだろう。
ほう、と、口から感嘆の息が漏れた。
仮に壊して弁償するとなったら「命をもって償います」と言いたくなるような値段をしているが──。
蓋を戻して他の品を一通りチェックしてもなお、万桜はちらちらと最初のピアスに視線を送ってしまった。
奏音は「なにもかもお見通しです」とでも言うかのように微笑んで、
「お姉様、気持ちは固まっているようですね?」
「……うん、でも」
さすがに高すぎやしないか。
という、庶民根性丸出しの感想を差し置いても、
「わたしには可愛すぎるような」
「なにを言っているのですか!」
「え」
心からの懸念は、妹の力説で吹き飛ばされた。
両の拳を握った奏音はキスできそうな距離まで顔を近づけながら「大丈夫です」と言い切った。
「お姉様には絶対に似合います!」
「そ、そこまで言う?」
「言います! それに、高性能の品を購入することで学校生活の不安も多少払拭できるはずですよ」
「というと?」
「万桜さま。デバイスは『歌姫』の活動を補助するものでもあります。歌い、踊る際にも身につけている必要がありますので……」
「あっ」
装飾品的なデザインが多かったのにも、奏音が腕に着けるタイプを選んだのにも理由があったのだ。
一線級の『歌姫』を思い返しても、一目でデバイスとわかる持ち物はほとんどなかった。
「少しでも軽くて、可愛いほうが有利ってこと、か」
「その通りです。もちろん、金具にも特殊技術が用いられておりますので、簡単に外れることはありません」
動きと共に揺れるピアスはきっと、目に映えるだろう。
──これを着けて踊る自分の姿を想像して。
なおも恥ずかしさはあるものの、同時に、運命の出会いを果たしたような奇妙な感覚をも覚えた。
もう一度、蓋を開けて。
指で石をそっと撫でながら、頷く。
「わたし、これにします」
金具を取り替えることでイヤリングとしても使える、ということなので、契約を済ませた後、ひとまずそれで身につけることにした。
髪を手で押さえながら、取り付けは奏音に頼む。
細い指が万桜の耳に軽く触れ、
「んっ」
左右に、小さな重みが加わる。
鏡に向かって確認すると、薄いピンクに染まったピアスが、どこか日本人離れした美少女の耳で小さく揺れていた。
「よくお似合いですよ、お姉様」
「……うん」
この時ばかりは、妹の囁き声に軽口で返す気にもならなかった。
◇ ◇ ◇
「うお、寝てる間にめちゃくちゃアニメ増えてるな。戦隊とライダーの新しいのもあるし、全然チェックできてないぞ俺」
「……お姉様? 病室に帰ってきた途端にそれですか?」
「だって、リハビリと勉強でろくに息抜きもできてなかったんだぞ」
使い方の確認がてらアニメと特撮をチェックするくらいは許して欲しい。
が、奏音は完全にジト目になって、
「せっかく美少女になったのに、中身は中一男子のままではありませんか」
「当たり前だろ!?」
むしろ、急に「コスメとスイーツとイケメン大好き♪」とかなったら怖い。
毅然として言い返すと、はあ、とため息をつかれた。
「どうせなら変身ヒロインのほうのアニメをチェックしてくださいませ」
「いや、俺が見るのは変……でもないのか?」
「お姉様は今は女性ですので。大好きと公言すると『良い年して』と笑われるかもしれませんが、視聴する分にはなんの問題もないかと」
「そうか。『歌姫』ってある意味魔法少女よりメルヘンしてるもんな」
歌って踊って奇跡を起こす存在。
それを目指す少女たちはある意味、高校生になっても夢を追いかけ続ける若い感性を持っているわけで。
万桜は「考えとく」と答えながらワンピースに手をかけて、
「っていうかさ。スカートだと椅子に直接下着がつくのな。あれなんとかなんないのか?」
ファミレスで休憩した時、それからショップで相談している時を思い出しながら言う。
肌触りのいいショーツ一枚しか守るもののない尻は、それはもう心細かった。
構造的欠陥だろうと思いつつ、その場ではなにも言えなかったのだが。
「座る時はスカートを間に敷いてから座るものなのですよ、お姉様?」
何気ないぼやきは「あー、あるあるー!」では済まされなかった。
さっきまでは不満そうながら軽いノリだった妹が若干怖い笑顔を浮かべて。
ファスナーを下ろそうとしていた万桜の手を制止した。
「二ヶ月にもわたってわたくしの仕草を目にしていて気づかなかったのですか?」
「いや、女子の動きとかそんなじろじろ見たら失礼だろ」
「別に同性に見られる分にはそこまで気にしません! といいますか、お姉様ならたとえ異性でも──」
「今なんて言った?」
聞こえなかったというよりは聞き間違いを願った。
「なんでもありません」
一言で一蹴した奏音は笑顔のまま、
「せっかくスカートを穿いているのですから、今のうちに練習いたしましょう。スカートを撫でつけて座る練習です」
「え、いいよまた今度で」
「そんなことを言って、恥をかくのはお姉様なのですよ? さあ、立ってください!」
「ええ……」
女性特有の仕草は、あらためて意識させられるとすごくぞわぞわした。
耳で揺れるデバイスの感覚も相まって、主観と客観の違いにむず痒くなったのだ。
それでも、何度か練習させられれば座る時に「あ、やらなきゃな」と思い出す程度には身体に染み付いて。
手取り足取り指導してくれた奏音はいつの間にやら機嫌を直し、にこにこしながら、
「寮に入ったら二人部屋ですから、女子の身体に慣れる特訓もいたしましょう。一緒に寝たり、お風呂に入ったりいたしましょうね、お姉様♡」
やっぱりこいつ危険なんじゃないか。
むしろ自分の身体を心配しつつも、万桜は、はあ、と息を吐いて。
「まあ、そうだな。お前とそういうことするのも久しぶりだもんな」
いくら兄妹とはいえ、一緒に風呂に入ったのなんて小学校低学年くらいまでだ。
奏音自身はなんでも一緒にしたがっていたが、周りの声もあって、徐々に二人の行動には交わらない部分が増えていった。
男と女は違う生きものなのだ、と。
幼い頃から『歌姫』に憧れていた万桜は軽い絶望と共に理解し、少しずつ、自分が妹の引き立て役に回ることに納得していった。
苦い思い出に苦笑しながら、黒く艷やかな髪に手を置いて、
「せっかく女同士になったんだし、そういうのも悪くないかもな」
ぐへへ、とか返されたらどうしようかと思ったが。
随分と大人になったはずの妹は、涙目で万桜の手に触れて。
「約束、ですからね?」
「……はいはい」
まったく。
そうやってたまに素直になるから、困る。
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