第39話 レイヴン視点

Side レイヴン


「あ、レイヴンだ!」


『こんにちは、お嬢さん』


 私は、ずっと人間良き隣人を守り続けてきた。

 私を作った当初の理由とはかけ離れているけれども、私は心の奥底に刻まれた“人間を守り続ける”という使命の元、ずっと動き続けてきた。


「レイヴン!」


「レイヴンさん!」


「俺の体を診てくれよ、レイヴン!」


「一緒に遊ぼう!レイヴン!」


「レイヴン!」


「レイヴン!」


「レイヴ─────」




 私は最初殺戮兵器として製造されたが、完成した直後にプログラムが書き換えられ、人のヘルスケアのためのロボットとなった。


 私の思考回路は殺戮兵器としてのそれではなく、人を診るそれに変わった。

 自分でもかなり歪な存在だと思う。体は人を殺すためのそれなのに、心は人を守るためのものなのだ。マスターはどうかしている。だったら最初から人を救うための体を作ればよかったものを、何をとち狂ったのか。


 今となってはそのマスターもいないのだから知りようなどない。

 あの時の私はとにかく、人と話し、人と笑い、人を診ることが全てだった。


「お前はこれからヘルスケアロボットとして私たち人間を助ける、良き隣人となるのだ」


『良き、隣人……』


「そうだ」


 良き隣人。その言葉は私の胸の奥でずっと残っている言葉。最初それについてあまりよく理解していなかったが、次第に分かり始めた。


 ……そうだ。私は人間じゃない。たとえ人間のような思考と感情を得たとしても、人間じゃない。だからこその隣人。

 私はあくまで人の隣を歩く、サポートAIに過ぎないのだ。


 でもそれでもいいと思った。だってそれは私の喜びそのものだったから。


「レイヴン!」


「レイヴン!」


「こっち来てよレイヴン!」


『分かりましたよ』


 幸せな日々。私はこれがずっと続けばいいと思っていた。





 ─────だがある日、そんな日々は唐突に崩れ去った。




 ─────殺戮兵器としての出動が命じられた。私を二度と戦争で使うことはない、人の平和のために尽力してくれと言っていたその口で、私に戦争で敵を排除しろと私のマスターは言った。


 すでにこの時の私にはロボットには有り余る、“バグ”があったのだが、きっとマスターはそれがあっても私に同様の命令を下しただろう。

 あの時の彼の目は最初私を作った時とは違い、黒く濁っていたからだ。


 何があったのかは知らない。それを知ろうとする前に私は戦場に出ていたから。


 その日から私は毎日毎日守るべき存在のはずの人間を殺し続けた。それはとても悲しく、苦しかった。それでも私のこの心とは関係なく私の体は人を殺すために動き続けた。


『……マスター』


「終わったな。では─────」


『……まだ、続くんですか』


「口答えか?ロボット風情のお前が……この俺に口答えか!?もう一回言ってみろッ……!!!」


『そうですか……精神パラメータが大きく乱れています。一度寝て落ち着いたら─────』


「落ち着いたらッッッ!?答えろ─────レイヴン!!!」


『っ……』


 もう、彼の精神が安定しないと無情にも診察結果が出てしまった。彼は既に私の後輩とも呼べる“レイヴンMark2”の製造を押し進めており、私のいない戦場に順次投下されているらしい。


 私と同じ顔の、殺戮兵器としてのレイヴン。もう、ヘルスケアとしてのレイヴンは私だけになってしまった。


「私の愛する家族を殺した奴を殺すまで、この行進を止めるつもりなどない!いいかレイヴン、これは既に決定事項なんだッ!」


『っ……!?』




『─────お前はこれから、人を救う希望のロボットになるんだ!いいかレイヴン、これは既に決定事項なんだ!』




 私の、あるはずのない脳の裏側に過去のマスターの言葉が蘇った。


(……そうか、もう、あの頃のマスターはいないんですね)


 そう分かった途端、私に課せられていた命令という鎖が少しだけ緩んだ気がした。今ならいける。


 そう思った私は─────


「レイヴン!次はこの国だ!すぐにMark2の奴らを連れて」



『─────マスター』



「出撃──────────は?」




 ─────愛すべきマスターをこの手で殺めた。




 鋭い片手の突き。こんな時に殺戮兵器としての性能を使いたくなかった。


「レイヴン、き、貴様……っ!?」


『もう、見てられませんマスター。これ以上、あなたのその手を血で汚さないで。その手は人を助けるためのものだったはずです』


「だ、黙れ……!私はこの手で……この手で家族を……救うことができなかった……ッ!だったらこんな手なぞ……ッ!」


『……私にマスターの家族がどのような目に遭ったのか、情報が受理されていないのでわかりません。確かに家族の復讐を望むのは人として当然と考えます。しかし、やりすぎだ』


「……じゃあ、じゃあ私の娘は……妻は……報われないではないか……ッ!?」


『……あなたと共にいた時間。それはきっとお二人の心にずっと残っていたはずです。そして、それはあなたにも。それを、否定しないでください』


「─────っ!?」


『これ以上、マスターと家族の思い出を壊すのだけは……それだけは、止めてください。自分で自分の心を壊すようなことは、もうしないで』


 そう言うとマスターは初めて私の顔を見た。そして静かにその目から涙が頬をつたい始める。


「……レイ、ヴン……お前は、しっかり……ヘルスケア、ロボットとして、頑張っていた、んだな」


『他でもない、マスターの命令でしたから』


「……そう、か……私はお前が……誇らしい……よ……」


『……』


 最後にマスターは私の手をぎゅっと握って、離した。


 それが、マスターの最期だった。


 私の心には言い知れない虚しさだけが残った。これで、これで戦争は、人がこれ以上死ぬ必要は無くなったはずだ。


 そう思って、思って、思い続けて─────だけどこの体は一度止まったはずなのに、別の誰かの手によって私たちはまた動き始めた。


 そしてそれを止めるための誰かもいなくなり─────いつの間にか私たちを破壊するために人々は団結して、あの樹海に街を造った。


 争いが消えた。私という人の良き隣人を代償にして。




 命令を遂行できない限り止まらないこの体を恨んだこともあった。少しでも早くマスターを止めれれば、と何度考えたかもしれない。

 でもこの体がないと私は生きていけない。いや、私の存在を維持し続けることなんてできない。

 この体は入れ物であると同時に私そのもの。私の“心”はこの体から取り除くことはできない。


 それは人と同じだ。この体が機能停止したと同時に私の死は確定する。全てがリセットされ、また真っ新な別の私が目を覚ますだろう。



 だけどそれでもいいかもしれない。





 ─────この手はもう、永遠に消えることのない真っ赤な血に染まっているのだから。

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