第2話 新作発売日はいつだって祭り

「帰ろうぜ」


「うん」


 一緒の部屋に住んでいるカナと会社を出る。私たちが働いている会社はエレベーターを運営しているだけでなくAI産業と言った分野など幅広く展開している、所謂いわゆる大企業。その為実入りは良い。だけどやってくる客が酷いと言ったらもう何とやら。


 旅行前くらい心を広く持って欲しいなあ。マジでめんどくさい。


 それよりも酷いのが会社の元上司─────あの気持ち悪いクソジジイ。朝からずっと私たちをいやらしい目で見てきて、その上彼が後ろに回った時に手を伸ばしてきて。


 殺してや─────おっと。


 もうあんな奴なんか忘れてSTⅠの事を考えよう。


 魂を自分の体から切り離し、電子空間内のゲーム世界に用意した自分のアバターに移して遊ぶ次世代型ゲーム機。それがSソウルTトランスに組み込まれた、最新鋭の技術。


 ゲーム機本体のサイズは約100年前に流行し伝説となっている“P〇5”とか“ス〇ッチ”程の大きさなので、家に設置して遊ぶことが出来る。


「どうする?買う?」


「うーん……予約開始時間って今から5時間後とかでしょ?だったら他のフレンドに聞いてみてから決めよっかな」


「確かにその方がいいかもしれないな。ってことは今日も潜るのか?」


「うん」


「おっけー。だったら帰ったらすぐに準備しよう」


 家に着いた私たちはすぐに着替えてVR機器“アーカム”を頭に装着して、電源を付けた。

 直後私の視界は色鮮やかな光と共にガラリと変化する。


「─────おう」


「やっほ」


 パーティルームに入った私とカナは他のメンバーがログインしているか確認するも、誰もいなかったので二人で適当なクエストをこなすことに。


まんまさんとかこの時間入ってるはずだったんだけど」


「流石に今日はいないでしょ。あの人だったら絶対にSTⅠ狙ってもうスタンバってるよ、画面の前で」


「あー確かにそうかもね」


 物流の概念が殆ど無くなり、買ったら即届くようになった今の社会。きっと今日中にSTⅠのプレビューが広がって、明日には新作ゲームの攻略動画が上がっているに違いない。


 さっき見つけたSFゲーム─────“スパイラル・スペース・フロンティア”の予約数もSTⅠの予約数と同じくらいになっていた。

 一昔前のゲームシステムに近代技術を取り込んだ全く新しいSFゲーム。それがこのゲーム、SSFスパイラル・スペース・フロンティア



「─────あ、どもです」



 と、カナと話しているとパーティルームにまた一人訪れる者が現れた。


QaQaクァクァさんじゃないですか。どうもです」


「どもどもQaQaさん。STⅠはいいんすか?」


「里カナさん。私は予約勢なのでその心配は無いんですよ」


「え!?予約できたんすか!?確かあれって倍率80倍超えてたって……」


「そうなの?カナ」


「ナラナラはニュース見てなさすぎ!」


 私のアカウント名は“ナラナラ”、カナのは“里カナ”になっている。

 そして今ログインしてきたこの人はQaQaさん。私たちが所属しているパーティのリーダー。


 彼はさっき名前が挙がった飯さん以上のゲーマーで、噂ではプロゲーマーとも言われている。このゲーム─────“SSサークル・バスティオン”はeスポーツ競技に認定されていないため、プライベートで遊んでいるプロゲーマーも多い。


 このゲームについて簡単に言うと、宇宙船レーシングゲーム。妨害アリ、殺人アリ、何でもありの無法ゲームとして有名であるため、eスポーツにはあまり向いていない。


 逆に言えば日頃の鬱憤を晴らすためにログインしてくる疲れた社会人がプレイヤーの大半を占めているので、いろんな愚痴を言える場となっている。


 因みにこのゲームには意外にもやりこみ要素があり、作る宇宙船に拘り始めるともう止まらなくなる。それがこのゲームの醍醐味のはずなんだけど、皆納得してくれない。

 なので私はこのパーティの宇宙船整備担当になっている。


「ナラナラさんは買いますか?」


「そうですね……今結構悩んでて」


「ってことは里カナさんも?」


「そうっすね。買うってなると食費とか削らないとって」


「まあ会社勤めの人はそうですよね。昨今給料増額増額とか言っておきながら社会保障額もどんどん増やすぜーってなってますからね。私も税金でガクッと取られちゃいまして」


「QaQaさんも大変なんですね。でも買っちゃったんでしょ?」


「勿論」


 QaQaさんのゲームに対する情熱は毎回のプレーからも本物だと分かる。だからこそこのパーティを上位にまで押し進められたのだから。


「─────こんちくわ」


「あ、筑和さん」


「こんちくわ」


 するとまた一人ログインする者が現れた。彼女は筑和さん。このパーティの爆破隊長。彼女は戦闘が始まると真っ先に敵の宇宙船に向かって爆弾とか砲弾をぶっ放したりすることからそう言った風に呼ばれるようになった。


 因みに爆破隊は彼女一人だけ。ほかにしたい人がいない。


「んで、みんな揃って……って飯だけいないわね」


「ああ、彼はSTⅠ狙いで待ってるからいないですよ」


「まあ予想ですけど」


「あー彼だったらやりそう……」


「筑和さんは買わないんですか?」


「買いませんよ?」


 珍しいこともあるもんだね。私は彼女だったら買うと思っていたのに。

 でも今のところ買うのは飯さんとQaQaさんの二人だけか。

このパーティ─────霊厶れいでござる全員がSTⅠのゲームに揃う事は無くなってしまった。その事に少しだけ残念に思ってしまう。


「ナラナラは買わないの?一応ここからでも買えるけど」


「まだ悩んでるんですよ。面白そうなゲームは見つけられたんですけど、他にもどういうゲームが出るのか気になってて」


「まあそうよね。私もその未知のゲームが面白かったらSTⅠを買うつもりよ」


 私は興味本位で今どれほど待機している人がいるのか調べてみることに。

 すると─────


「ヴぇ」


 想像以上に待機している人がいて、思わず気持ち悪い声を出してしまった。私は精々100万人ぐらいだろうと思っていたのに─────


「どうしたの?」


「……今STⅠ待機人数が、500万人を超えててビックリしただけです」


「500万!?」


 聞いた筑和さんもその数に驚いたようで、滅多に大声を出さないのに出していた。それほどまでにこの人数に驚いたんだろう。

 周囲にいた他の人も目を見開かせていた。


「よ、よかったぁ……予約当選してて」


「……飯さん、哀れ」


 そうしていると発売まで残り2時間を切った。それと比例して待機人数もどんどん増えて行っていく。

 こうして数が増えていくのを見ていると、私の中で買う気がどんどん失せていくのを感じ取っていた。


 そんな私にQaQaさんが声をかけてくる。


「今日このゲームにログインしているのも私たちともうひとパーティだけですし、気になるのでしたら参加されてはどうでしょう─────この祭りに」


「祭り、ですか?」


 一体どういう事なんだろう。祭り、とは?

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