41撃目.プールの客①

 ライヘンバッハ号、デッキ。

 プールサイドで、探偵はマイクロビキニを着用した。

 …………?


「仕方ないだろ。船内で爆弾が見つからなかったんだから」


 探偵は純金色のマイクロビキニをぱっつーん! としながら、

 口でむー、と言った。

 歳を考えてほしいと思った。

 色々な意味で。



 爆弾捜索開始から三時間。

 現在時刻は午後一時。


 昼の太陽が、船上に設けられた人工のリゾート地を照らしている。

 きらきら輝いて見えるプールの水面。日光を反射する、白いリゾートっぽいベンチの数々。酒を飲むためのスペースやら、泡のプールまである。金持ちプールだ。


 飛び込み台まである。すごい。海に飛び込んじまえば良いのに。


 真冬なので、客の姿は少なかった。

 探偵の姿が衆目にさらされていない分、多少マシ……と、思うことにする。


 とにかく、俺たちは探偵の指示と迅速な判断と俺の重労働の結果、船内の確認を終了。

 そのままの勢いで、船外での調査を開始しようとしていたところだった。

 で。


「……なぜ、それがマイクロビキニを着用する理由に?」


 真冬の太陽に水着姿を晒しながら、探偵は当然だと言いたげな顔で答えた。


「泳ぐから」

「プールを?」

「海だよ、海。船底や海中に設置してるかもしれないだろ? 爆弾」


 納得できるようなできないような。


「豪華客船ってのはすごいね、冬でも水着をレンタルできるとは」


 すごいのは、探偵の思考回路の方だと思った。

 探偵は、すごかった。


 顔だけなら十四歳のあどけない美少女なのだから、水着姿は、もう、うん。

 詳細は避ける。


 俺は心臓を落ち着かせるため、タバコに火を点けた。

 探偵の、可憐な白い肢体だとか、水面のゆらめく明かりを受ける瑞々しい肌だとか、ストレッチする健康的な美しさとか、そんなことを気にするのは俺の仕事ではなかった。

 気になったのは、一点だけ。


「……その腕で、泳げるんですか?」

「あぁ、問題ないよ?」


 探偵はがしゃん、と右手を動かした。


 義手である。


 鋼鉄製。

 磨かれた銃身を思わせる鈍色。無骨なデザインで、細かい傷が無数に入っている。指も腕も小柄な身体に全く似合わない不格好な太さで、その指も三本しかない。

 見るからに、重い。その鋼鉄は、右の鎖骨までを覆っている。

 義手というよりも、義肢といった方が近い重武装。

 右腕全体が、鋼なのだ。


「首から下オール金属製のキミよりは泳げるさ」


 探偵はふふんと口で言った。


「……泳げるなら、俺をサメのエサにしなくても良かったのでは?」

「ははは」


 探偵は笑って誤魔化した。睨んだ。目を逸らされた。


「まぁ。問題はないとも!」


 自信満々に薄い胸を張る、探偵。

 怪しい気はするが、すごい自信だ。怪しい気はするが。


「……睨むなよ辰弥くん……それじゃあ、私は船底と、海上からの侵入・爆弾設置ルートを漁ってみる。辰弥くんはオークション会場の方をもう一度念入りに……」


 探偵がストレッチを終えた、その時である。


「ひゃっほー!!!!!」


 プールに、水柱があがった。

 ばっしゃーんと激しい水しぶき。

 探偵は俺の影に隠れ、水しぶきを逃れた。

 俺はもろに被った。よれよれのスーツがずぶぬれのスーツに進化した。


 水着なんだから濡れてもいいだろ。人を盾にするな。

 ……といった文句より先に、探偵が呟く。


「飛び込み客だね」


 突然やって来た客、という意味ではない。

 水柱の原因は、飛び込み台からプールに着弾した客だった。


 女の子に見える。

 冬の日差しに濡れるのは、長く綺麗な黒髪。

 ピンクの水着で、少女らしいフリフリがいっぱいついている。

 俺たちに向けられた背中は白く、手足は細く、まるで苦労を知らなさそうな幼さ。

 振り向いたその黒い目は、将来は美人に成長すると確信させた。


 十歳くらいに見える、子供。


「あ……おつかいさま!」


 そいつは、俺のことを知っていた。

 

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