40撃目.抱っこ要求ポーズ

 モリアと別れ、乗船の手続きを終えた瞬間に、探偵は呟いた。


「爆弾があるなら、もう仕掛けられていると見て良いね」


 物騒だった。



 ライヘンバッハ号の警備体制は完璧といってよい。

 乗船者全員に厳重なセキュリティチェックが行われ、たとえ従業員でも経歴が確認できない者は乗船拒否。武器の所持や身体改造者も許可が必要で、大量破壊兵器や爆弾は持ち込めない。


 搬入されるロボットも全てが動作チェックを受けることになっており、リストにない品は即座に廃棄、危険なロボットは無力化のためのセーフティ作業が行われる。


 不法な侵入も不可能。

 凶器の搬入も不可能。


 そんな場所を爆破する方法は、事前に爆弾を仕掛けることだけ。



「……このでかい船の中から、爆弾を探せってことですか?」



 無駄に高価そうな花瓶やら絵画やらが飾られたゴージャスな豪華客船らしい長い廊下を歩きながら、俺と探偵は爆弾の捜索をはじめていた。


「そゆこと。まぁ、船全体と言ってもそう難しいことじゃあない」

「制限時間もあるんですが」

「それでも、だよ」


 探偵はふふんと口で言った。歳を考えてほしい。


「キミ、私に歳の話をしたかい?」

「時間勿体ないんで」


 探偵は渋々解説した。


「爆破予告には目的があるものさ」

「……つまり?」

「大量殺人が目的なら、大量に人を殺せる場所に設置する。建造物の破壊が目的なら、力学的にドカーンとできる場所に設置する……目的ごとに絞れば、捜索箇所も絞れるのさ」


 俺は納得した。

 下手なビルよりも広大な船内を二人だけで丸洗いすることになると思っていたのだが、探偵の言う通りであれば、どうにか制限時間内に調査できそうである。


「まぁ『全部ぶっ壊す』とかいうあやふやすぎる予告だから、大変だけどね」


 怪しくなってきた。


「……ということで、だ」


 廊下の真ん中で、探偵が立ち止まる。


「辰弥くん」

「もう爆弾見つけたんですか?」


 追い越してしまった探偵の方に振り返る。

 探偵は満面の笑みで俺の方に両腕を突き出し……

 ……謎のポーズをしていた。


「抱っこ要求ポーズだよ」


 抱っこ要求ポーズだった。


「私は足が遅い。全身サイボーグのキミは足が速い。分かりやすいだろう?」

「……探偵さん?」

「船内は広い。時間は有限だ。さぁ」


 最もらしい理由である。

 そして、困惑する俺を押し切るには十分な理由であった。

 俺は無言で、探偵を米俵のように担いだ。



「…………お姫様抱っこでは、駄目だったのかい?」



 歳を考えてほしい。

 探偵のトレンチコートからは、俺のタバコの臭いがした。


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