39撃目.爆破予告

 真昼。

 横浜港に、豪華客船が浮かんでいる。


「でかいですね」

「大きいよねぇ」

「そうでしょう、そうでしょうとも」


 俺と探偵は自動運転の車に乗せられ、依頼人に運ばれている。

 依頼人であるモリア・シモンズは、運転席で、自信満々な声を出した。


「あれこそは『ライヘンバッハ号』! ボクの、モリア・シモンズの船だもの!」


 黒い外套の下で腕を組み、モリアはふふんと口で言う。

 彼女が自慢げになるのも理解できるほど、車窓から見える豪華客船は立派だった。


 日光を受けて輝く、豪華客船ライヘンバッハ号。

 海上に出ている分だけで下手なビルより背が高く、かといって無骨なデザインではない。どこか優美さを感じさせる曲線が目立つ、白い船体。日光を金色の装飾が弾いている。


 金持ちっぽいなぁ、と思った。

「多分、価値は見た目以上だよ。辰弥くん」


 探偵はまるで芸術品を語るように、その船について語る。


「かなり古い船体だ。大戦時下に将校のために造られた豪華客船だね。なのにしっかり整備されていて全く古さを感じない……整備費用も歴史的価値も、とてつもない額になるだろう」


 意地の悪い声で、探偵は運転席のモリアに話しかけた。


「ずいぶん偉くなったもんだね? シモンズ」

「そりゃまぁ、美術品貿易でン十年も飛び回ってたら、偉くもなるわよ」

「あんな泣き虫だったキミがぁ?」

「部隊での話は無しよね、シャル。じゃなけりゃ、ボクはシベリアの収容所でアナタのおねしょが再発した話を……」

「辰弥くん! さぁ、依頼の話に移ろうじゃあないか!」


 探偵は必死で誤魔化した。

 俺はがぜん話の続きが気になったが、モリアは本題に入ることにしたらしい。


 バックミラーに映るモリアは、腕を組んだまま。

 しかし、その声は真剣そのものだった。


「あの船に、『爆破予告』が出てるの」

「爆破予告」


 爆破予告とは、爆破するぞ、という予告である。


「え、俺たち爆破する豪華客船に乗せられるんですか?」


 そういう話になっていた。

 探偵は『豪華客船に乗ろう』と俺を誘ったのである。

 残念ながら、それは変えられない運命だ。


「大丈夫よ、助手くん」


 モリアは安心させる声で告げた。


「アナタ達が阻止してくれれば、ライヘンバッハ号は爆破しないわ」


 つまり、今回の仕事はそれらしい。


 モリアの車が港に入る。

 港では、豪華客船ライヘンバッハ号へと、荷物の搬入作業が行われていた。

 積み込まれるのは、普通のトラックやコンテナではなかった。


「船上ではオークションが行われる予定よ」


 搬入されるのは仰々しい木箱や、古い洋画で見るような革製のトランクケース、宝箱みたいななにかの群れ。巨大な人型や、逆に小さな少女の人形まである。俺に審美眼はないが、その全てが、ケースだけで俺が一か月は暮らせる額だろうと確信させる雰囲気。


「あれの中ね、ぜんぶロボットよ」

「全部ですか」

「ぜんぶ。大戦時下のコレクター品ね。日本はそういうのが多いから楽しいわ」


 モリアは嬉しそうだった。

 俺は訝しんだ。


「オークション、やるんですか? 爆破予告出てるのに?」

「世界中の金持ちが集まるのよ。こんな土壇場でやめたら、ボクの首が飛んじゃうわ」


 物理的に、とモリアは口だけで言った。

 こわい。


「……爆破予告はその土壇場に来やがったのよ。だから……」

「近場、東京の知り合いである私を頼ったんだね?」

「相変わらず冴えてるわね、シャル。名推理よ」


 モリアは嬉しそうに葉巻の煙を吐いた。

 探偵は後部座席に流れてくる煙に眉をしかめた。


「こんなの推理の内にも入らないよ……しかし、シモンズ。警察は頼らなかったのかい?」

「頼れなかったのよ」


 バックミラーに、口をへの字に曲げたモリアが映った。


「船上オークションよ」

「船上オークションですね」

「お客さんの八割が、マフィアかヤクザか悪徳政治家なのよね」

「あぁ……」


 いわゆる、悪い金持ちというやつである。

 船上オークションという世俗から離れた場は、そういった方々に人気があるようだ。


 悪い金持ちを客にするのに、善良な日本の警察を呼ぶ訳にはいかないらしい。

 本当にこんな依頼を受けても良いのだろうか?


「爆破予告も、多分その客に恨みがあるとかそんな感じよ。予告上には、『オークション開始と同時に全部ぶっ壊す』って書いてたわ」


「オークション開始はいつ?」

「今夜。外洋で」

「あまり時間がないねぇ」


 現在時刻は午前十時。

 オークション開始は、夜八時だった。

 予告された爆破まで、もう十時間ほどしかない。


「まだパイルバンカーは錆びついてないでしょ?

 シャーロット・ポラーレ・シュテルン」


「……あまり期待はしてくれるなよ?」

「するわ」

 モリアは即答した。


 探偵が薄く微笑んで、困ったように頭を掻く。

 依頼人の信頼に報いるために残された時間は、十時間。

 車が入っていく豪華客船は、一周するだけで一日はかかりそうなサイズ。

 俺はタバコに火を点けた。

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