38撃目.助手と探偵と依頼人

 よれよれのスーツのまま、俺は探偵の対面に座った。


「辰弥くん、豪華客船に乗ろう」

「行ってらっしゃい」


 探偵は、俺の顔面に灰皿を投げつけた。




 灰皿が空中でキャッチされる。

 キャッチしたのは、俺の手ではなかった。




 一月末日。

 東京、朝のファミレス。

 万年筆事件から一か月。俺と探偵は、喫煙席側のいつものボックス席に座っていた。


 探偵が俺の顔面に灰皿を投げつけるのは、いつものことである。

 しかし、灰皿がキャッチされたことは一度もない。

 灰皿ロボットを右手の平で弄ぶ人物は、俺の知らない少女だった。


「ねぇ、シャル。探偵って、助手に怪我をさせるのが仕事なのかしら?」


 外見だけなら、十四歳のあどけない少女。

 妖精の羽根のように穢れない、銀色のツインテール。

 碧色の大きな瞳が細められる様は、まるで子猫が不満を訴えているかのよう。

 睫毛は瑞々しく長く、肌は白人種の少女らしい健康的で美しい白さ。

 灰皿ロボットを握る細指は誘惑する小悪魔の如く蠱惑的で、小柄な身体は庇護欲を掻き立てられるようなか細さで、小動物めいた放っておけない空気を纏っている。


 絶世の美少女。

 あるいは、絵画の中の妖精。


 ……顔だけだろう。

 彼女は口端に、葉巻を咥えている。

 外見に似合わないのは葉巻だけではない。

 軍人のような黒い外套まで羽織っていた。


 外套は上半身をすっぽり覆い隠す大きいものだが、灰皿を空中で難なくキャッチしてみせた動きからして、完璧に着こなしていると判断できる。


 コスプレではない。


 見るからに年代物で、使い込まれた黒い外套。咥えている葉巻は素人が見ても高級だと分かる品……とても、外見どおりの年齢とは思えない出で立ちだ。


 『少女』よりも、『軍人』といった雰囲気の女。



「人の教育方針に口を出すなよ、シモンズ」

「昔とは違うのよ? シャル。体罰はほどほどにしなくっちゃ」



 親し気に言葉を交わす、探偵と、銀髪の少女。

 俺は思わず尋ねた。


「お知り合いですか?」


 探偵が何か言うより先に、その銀髪の少女が口を開く。




「ボクはモリア。『モリア・シモンズ』――――――今回の依頼人よ。よろしくね?」




 かわいい笑顔が、探偵に似ていると思った。

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